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大体お店出てから歌いたい曲を思い出す4

「あ、やっぱり電源切れてる」


 前に入ったときと少しも変わっていない祈りの間は、相変わらず快適なカラオケルームだった。フカフカソファに大画面テレビ。大きなスピーカーとミラーボール。お菓子やジュースが入っている冷蔵庫や棚。

 久々のポテチを期待してペットボトルロケットみたいな勢いでテーブルに飛び乗ったヌーちゃんの隣には、うんともすんともいわないスマホが置いてあった。


 ケーブルに繋いでから、鼻息の荒いヌーちゃんにミニサイズのポテチを開けてあげる。かつてないほど目を輝かせたヌーちゃんは、キッキキッと鳴きながらポテチをパリパリしていた。


「ヌーちゃんもなんだかんだ一緒に旅してくれたもんね。全然歩いてないけど」


 道中で聞いたことだけれど、ルルさんが私と時間差で川辺に出現するまでの間、どうやらヌーちゃんがルルさんと一緒にいてくれたらしい。寝るときにも姿を見ないと思ったらヌーちゃんは仕事をしていたようだ。

 ルルさんによると、夢のような現実のような意識の中でヌーちゃんがぐいぐい引っ張って歩いていたような気がするとかなんとか。バクのヌーちゃんは夢にも出没するので、そうやってルルさんを誘導していたとしても不思議じゃないなと思った。


「ルルさんと無事に会えたのもヌーちゃんの頑張りがあってこそだったのかな。ありがとうね」


 ふわふわ丸っこいお尻を撫でると、サクサクと咀嚼しながら顔を上げたヌーちゃんが「キィッ」と鳴いてからまた袋の中に顔を突っ込んだ。

 今、絶対「今忙しいから邪魔しないで」って言ってたな。


 旅についてきてくれていたのは、ポテチをくれる人が私以外にいなかったから説がにわかに湧き上がってきた。いや、一応ヌーちゃんも、ルルさんとか私を心配して……くれてたかな。食事時か寝るときぐらいしか見てなかったけど。


 若干の寂しさを覚えつつ、スマホの電源を入れる。

 しばらく待ってみると、アプリの通知が見たことない数字になっていた。


「あ、アマンダさんだ」


 アマンダさんとは、あらかじめ連絡先を交換していた。

 神パワーでこの部屋だとネットが使えるので、スマホで連絡取ろうねと約束していたのである。

 なのに私が全く返事をしないので、アマンダさんはとっても心配してくれていたようだ。


 最初はお礼の言葉を、あれから大丈夫だったか、心配なので落ち着いたら連絡ちょうだいね的なメッセージ。

 それからほんとに大丈夫なのか、このメッセージがちゃんと届いてるのか、なんでもいいからとりあえず連絡して的なものに変わり、その他メールとか着信とかが毎日あったようだ。今までの人生、これだけ熱心に連絡してもらったことないな。私のスマホがモテ期を迎えている。


 別れ際がちょっと唐突だったというのもあるし、若干物騒だったというのもあるし、アマンダさんも気にしてくれていたのだろう。いきなり異世界行っていきなり帰ってきたというだけでも大変だっただろうに、自分のことだけでなく私のことも心配してくれるとかアマンダさんマジ天使。


 メッセージは沢山あるので、読むのは後にしてとりあえず無事だけでも、とメールを打っている途中、タイミングよくアマンダさんから着信があった。


「うわ、えっと……ハロー? アマンダさん?」


 出てみると、テンション高いアマンダさんの声が聞こえてきた。ちょっと泣いてそうな雰囲気である。本当に心配してくれてたんだと思うと、ちょっと申し訳なくていっぱい嬉しかった。


 だがしかし、英語が聞き取れない。

 英語ってこんなに難しかったっけ、と焦るくらい聞き取れない。

 私のヒアリング能力が旅の間に低下したのか、そもそもジェスチャーに頼って理解していたせいでヒアリング能力は上がっていなかったのか、アマンダさんのテンションを差し引いても会話が難しかった。オマイガーオマイガーくらいしか聞き取れていなかった。


「アマンダさん、ソーリー。アイ……アイワズ……ノットヒア。バットアイムファインセンキュー」


 アマンダさんがほんとに大丈夫なの?! と(たぶん)聞いてきたので、オーケーオーケーと繰り返しておく。


「エブリワンオーケー。えーっと、ハプニング……ゴーアウェイ。アンド、アマンダさん、プリーズ、スピークスローリー。アイムノットグッドリスナー」


 アマンダさんも私が繰り出す驚異の英語力を思い出したのか、ちょっと冷静になってくれた。ほんとにオッケーなのね? とゆっくり何度も聞いて、ようやく無事だとわかってくれたようだ。

 反対に私もアマンダさんが大丈夫だったか訊くと、彼女も無事に還ることができたらしい。行方不明だったのでちょっと周囲の混乱はあったけれど、なんとかやっていけているようだ。こっちへ来たときに立っていた場所に戻れたので、すぐに家族や恋人と会えたと言っていた。よかったよかった。


「アイ……アイワズ……えーっと、ロング……そうそう、ロングストーリー。ディフィカルト、トゥー、テルユーなう」


 長い話になるって、英語でもロングストーリーなんだな。うける。

 私が説明していると日が暮れるので、連絡が遅れた事情については後でメールすると約束し、アマンダさんも今外らしいので、また今度ゆっくり話そうと言い合ってから私たちは電話を切った。

 突然の英会話を乗り切った私と、既にポテチを食べ終えたヌーちゃんのため息がシンクロする。


「あ、そうだ」


 ソファから起き上がって出入り口の扉を開け、首を傾げたルルさんの隣に立つ。


「リオ?」

「ルルさん、ここ見て笑って、はいチーズ」


 パシャーと音が鳴る。

 自撮りのカメラ、初めて使った。でもぎこちない笑いの私ときょとんとしたルルさんがちゃんと収まってたのでまあまあ上出来だ。

 それからルルさんの隣で片手を上げていたニャニを撮り、「じゃあまた、へへ」とルルさんに手を振ってから部屋に戻る。ヌーちゃんをポテチで釣って可愛い角度で撮り、それからまとめてアマンダさんに送信した。

 めっちゃ可愛いスタンプがすぐに返信され、それからしばらくしてから画像が届く。


「……アマンダさん、めっちゃアメリカン!! イギリスだけど!」


 微笑むアマンダさんと、そのアマンダさんの頬にキスをするアマンダさんの彼氏のツーショットである。アマンダさんの胸元には、チェーンに通されネックレスとして首から下げられた、酔いどれおっさんブローチが見えている。


 アマンダさん、本当に帰ったんだ。ちゃんと無事に暮らしてるんだ。


 よかった。私が返したスタンプがデフォルトのものなのでイマイチ気持ちは伝わってないかもしれないけど、本当によかった。

 ホロッときていると、ヌーちゃんがつんつんと袖を引っ張ってきた。

 慰めてくれて……いるのではなくて新しいポテチを開けろという要望だった。


「……あと一袋だけだよ」


 ヌーちゃんにポテチをあげ、それからアマンダさんの画像を保存してから、私はとりあえずお茶を飲む。

 それからやや上を向いて声を上げた。


「神様ー!! ただいまー!!」






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