大体お店出てから歌いたい曲を思い出す3
歩き慣れた通路を通って、白い扉を開ける。
陽の光を浴びて光るように白い渡り廊下がまっすぐに伸びていた。屋根も柱も向こう側の扉も白く、影だけがそこに灰色の区切りを作っていた。
ここは、あのとき沢山の人が入り込み、怪我したルイドーくんの血が落ちて、緊張と怒りと恐怖でいっぱいになった私がいた場所だ。ナイフを奪って、自分の首にあてた。
でも、今は何もない。
前と何も変わっていない光景にホッとした。
「リオ」
「うおおおおなにルルさん?!」
手を繋いでいたルルさんがいきなり屈んだかと思うと、膝裏と背中に腕を当てて私を持ち上げた。ルルさんはしがみついた私が落ち着くのを待ってから体勢を整えて歩き出す。いわゆるお姫様抱っこである。
「いやなんか言ってせめて?! いきなりやるとビックリするから!」
「すみません。またリオが飛び込まないか心配でいてもたってもいられず」
「めっちゃ落ち着いた顔で言うことなのかな、それ」
相変わらずルルさんはマイペース過ぎる。しっかりと私を抱えて、何か線でも見えてるのかというくらいに廊下の真ん中を歩いていた。警備力がすごい。
「あのねルルさん、もう飛び込んだりしないから大丈夫だよ」
「してもかまいませんよ」
「えっ」
「ただし私もリオを追いかけていきます。何度でもね。リオは神に愛されてるのでまた無事に流れ着くでしょうが、私はただの騎士ですからそのうち水死体になって上がるかもしれません。夏場など悲惨ですよ、放置された死体は」
「脅しの方向からのアプローチやめて! やらないって言ってるでしょ!」
淡々と言われるのが逆に怖い。怖いのにルルさんにしがみつくしかないというこの状況。ここが地獄か。
「冗談です」
「ルルさん真面目な顔して冗談言うのやめよう」
「追いかけるのは本当ですが」
「わかったから!!」
ペンと肩を叩くとルルさんが私に微笑んで、それからふっと手すりの方を向いた。
「リオが首元に刃をあてたとき、あそこから飛び降りたとき、胸が潰れるかと思うほど苦しかった」
「ごめんなさい」
「あのときも謝っていましたね。謝って、離れていくくらいなら連れていってほしかった。そう思える位置に自分がいないというのが不甲斐なく、寂しかった」
「でも、ルルさんが溺れたらイヤだし……あのときは普通に泳いで戻れると思ってたし……すいませんでした……」
ただ事実を並べただけみたいな喋り方だけど、だからこそルルさんの気持ちが伝わる気がして胸が痛む。だんだん小さくなっていく声で謝ると、ルルさんの目が私に戻ってきて少し細められる。
「いえ、だからこそ、ハチの家でリオが私を好きだと言ってくれて嬉しかった。あなたの心の中に私の居場所がきちんとあったのだと思って」
「あるよ。全然あるよ。結構広いよ」
「それは有難いことですね。これからも占領地を広げていきたいものです」
ルルさんが嬉しそうに微笑んでくれたので、私の胸の痛みも消えた。
謎の努力をしなくても、ルルさんは十分私の中に広々と居座っている。ずっとそばにいてくれたからだと思うけれど、私がこの世界を考えるときにルルさんは欠かせない存在だ。
ちょっと過保護が過ぎるので困ったときもあったけれど、よくよく考えればルルさんの言動にはまず私を大事にしたいという気持ちがあって、しかも、自分の手で幸せにするんだという強い意思がそこにはある。
強いというか屋久杉レベルで野太い意思だけども、そういう揺るぎない意思があるルルさんにあれこれしてもらえるほうが、割と流されやすくあんまり芯もない私には合ってる気がした。少なくともルルさんと一緒にいれば私は毎日嬉しいし、日本にいた頃のようにクソな職場に行き当たることもないだろうし。
「ルルさんに会えてよかったなー」
「そんなことを言われると離しがたくなりますね」
「いや下ろしてくれていいからね? もう渡り廊下終わったけど?」
「ああ、また毎日リオと離れる時間ができると思うと寂しくて寂しくて」
「離れるっていっても数時間じゃん!! てか階段怖いから!!」
大袈裟に嘆きながらも私を抱っこしたままルルさんは階段を登り、祈りの間の前でようやく下ろしてくれた。しかし下ろすやいなや抱きしめられた。
「いってらっしゃい。ここで寂しく待ってますから、早く戻ってきてくださいね」
「いってきます。……いってきますって言ってるんですけども」
「もう少しだけ抱きしめていても構いませんか?」
「構います」
ルルさんのベタベタ具合がすごい。
照れるけど、まあここは誰も入ってこないしいいか。抱きしめられるのは恥ずかしいけどやっぱり嬉しいし。
と思ったら、ニャニがニタァしていた。
私は油性ペンを取ってくるためにも、ルルさんをひっぺがして祈りの間に入った。




