お時間終了5分前のコール音が大きくてビクッてなる25
中央神殿の裏側から馬車ごと入って、フィデジアさんに先導されながら歩いていく。あまり人通りは多くなかったけれど、通りすがった神官や神殿騎士の人たちはみんなおかえりなさいと声を掛けてくれた。
「リオさま!」
「リオさま、おかえりなさいませ!」
「ご無事でようございました」
「シュイさんミムさんリーリールイさんー!!」
くるくると通路を歩いて階段を上っていくと、赤、青、白の花飾りをつけた三つ子の三姉妹が駆けてきた。わーいと手を挙げて近付くと、3人にぎゅうぎゅうに囲まれる。みんな背が高いのでなんか子供になった気分である。
華やか。そしていいニオイ。
旅続きでどことなく埃っぽい私はなんか気が引ける空気だ。でも嬉しい。
「気配がいきなり消えたときは、どれほど恐ろしかったか……!!」
「シーリースへ行ってしまったのではと気が気でありませんでしたわ」
「少しお痩せになった気がします。ご苦労なさいましたね」
「いや、ルルさんと会ってからはむしろ贅沢祭りだったけど。ねえルルさん」
よかったよかったと口々に言う三姉妹の間からルルさんを振り向くと、ルルさんは微笑みながらやさしく引っ張り出してくれた。
「リオは長旅で疲れています。まずは茶と湯の用意を」
「はい、今手配していますわ……あら、リオさまそのお飾り」
「あ、これアマンダさんに貰ったの。もしかして3人が糸とか用意してくれた」
「ええ、一生懸命身振りでお伝えくださいまして」
「あんなお別れでしたから、お渡しできたのかと心配でしたがよろしゅうございましたね」
「うん、シュイさんたちもありがとう」
私が胸元につけているブローチを見て、3人は嬉しそうに顔を見合わせた。
アマンダさんがレースの飾りをつけてくれたそれは、3人の手伝いがあってこそできあがったものだ。この世界でできた、私にとってすごく大事な宝物のひとつである。
お茶の準備をお茶菓子の用意をと先に行ってしまった三姉妹を見つつ、階段を上る。数段先を上っていたルルさんが手を差し出してくれた。見上げると、いつものように目を細めて私を見つめる青い目がある。
「リオ、おかえりなさい」
「……ただいま! ルルさんもおかえり!」
「はい、ただいま戻りました」
手を重ねてぎゅっと握ると、ルルさんも握り返してくれる。
「へへへへへー」
「なーにが『へへへー』だバカ!!」
「あっルイドーくん」
若干息切れをして体力低下を感じながら階段を登りきると、廊下の向こうから大きな声が聞こえた。腕を組んで仁王立ちしていたルイドーくんがツカツカと大股でやってくる。
「久しぶりだねー」
「久しぶりじゃない!」
「えっ結構久しぶりじゃない? ねえ?」
「何クソ能天気にほっつき歩いてんだ!! 帰ってくるのが遅い!! あれだけ心配させるような消え方しておいて、無事なら無事でさっさと帰ってこいバカ!!」
「あ、心配してくれてたんだ、ごめん」
「誰がお前のことなんか心配するか!!」
ルイドーくん、相変わらずツンデレである。
しかし少し見ない間に彼は進化していた。
「フィアルルー様もあのような無謀なことをなさるなんて!! あなたならもっと安全な道も選べたはずだ! あの判断は騎士としてどうかと思います!!」
「ル……ルイドーくんがルルさんに怒ってる……」
ルルさんに対してはおめめキラキラの子犬のような懐きっぷりだったというのに、渡り廊下の構造がどうの、水が危険だのとビシバシ意見しているではないか。いつもはルイドーくんが怒ると威嚇するニャニもその気迫に圧されたのか、シャ……シャー……? と控えめだった。ルルさんも目を瞬いている。
きっと、尊敬する相手でも怒りたいくらいに心配しまくっていたのだろう。特にルイドーくんはあのとき、人質になっていて私なんかに助けられたというのもあるだろうし。
「まあまあその辺で。リオ様、残りの旅路もつつがなく終えられたようで何よりです」
「ジュシスカさん、ただいまー」
「ごぼうは黙ってろ!!」
「えっごぼう?」
なぜごぼう。
ルイドーくんにとってごぼうは悪口なのか。というかこの世界ごぼうあるのか。
謎が深まりつつも、ごぼうと罵られたジュシスカさんのとりなしによって私たちは廊下から移動することになった。
部屋の前にはピスクさんがまっすぐ立っていて、近付くとピシッと私に頭を下げた。
「無事のお戻りをお待ちしておりました、リオ様」
「ピスクさん、ただいま。元気そうでよかった」
「リオ様も」
「ニャニもヌーちゃんも元気だよ。ニャニは埃だらけだから、また暇なとき磨いてあげたら喜ぶと思う」
「ぜひに」
私たちの後ろをついてきていたニャニがピスクさんに対して片手を上げていた。ニャニも移動続きで細かい埃がついているけれど、動物好きのピスクさんはよくニャニを磨いていたのできっとまたピカピカにしてくれるだろう。
久しぶりの再会となったニャニに対して、ピスクさんはさっそく抱っこをしていた。ニャニはニタァ……と口を開け、空を掻くように片手を動かしていた。こちらへ手を振っているようだ。
そういえば落書きしたままだけど、まあ、いいか。
「リオさま、お茶の用意ができましたわ」
「まだ説教は終わってねーからな!!」
「リオ、それよりもまず湯を浴びては?」
「リオ様、食事の用意もさせましょうか」
ミムさんが微笑み、ルイドーくんが怒り、ルルさんがそれをやんわり遮って、フィデジアさんはその騒ぎを聞こえてないかのように質問してくる。
見慣れた白い石の壁、高い位置から差し込む日の光、進むにつれてしんと静かになる空気。そしてそれを乱す賑やかな人たち。
ここに来てまだ一年も経っていないのに、その風景が懐かしくて嬉しい。
ああ、帰ってきたんだなあ。




