お時間終了5分前のコール音が大きくてビクッてなる23
ガラガラと音を立てて馬車は進む。
旅の必需品で不足していたものは神殿の人たちが揃えてくれていたので、市場での買い物は本当にウィンドウショッピング的な、気軽に見て回れるものだった。
この地方でよく使われる香辛料を買ったり、古くなっていた革製品の買い替えをしたり、馬車で食べる昼食やおやつを選んだり、そして洋服を買ったり。
「洋服は別にいらなかったんじゃないかな、ルルさん」
「何故ですか? とてもお似合いですよ」
布が沢山並んでいるお店にはいったルルさんは、あれこれ店員さんと話すと私を試着室へと追いやり、あれよあれよと何着か購入していた。
フェルト地の生地は鮮やかな青や紫で染め上げられ、ビーズが縫い付けられていて可愛い。可愛いのは可愛いけれど、ルルさんがあれこれと買う服を積み上げているのを見るうちに、いや今そんな気軽な買い物デートじゃないんだからそんなに買ってる暇はないのでは、と思ってしまったのだ。
「買った服の生地は少し厚いでしょう? 冬に重宝するので、一揃えは持っておいたほうがいいですよ」
「その気遣いはありがたいんだけどねルルさん、ほら……あのさ……言いにくいけどお金大丈夫なの? こんなに買っちゃって」
服の他にも色々買ったので、ルルさんは結構お財布を出していた。
前にルルさんが私のお給料的なものはあると言ってくれたけれど、この世界のお金については全く触れたことがないので、もちろん私は無一文である。
前に買い物に行ったときは準備をしていったのでそれなりの金額を持っていっていただろうけど、今回は中央神殿内から急に長距離移動を果たしてしまったのである。
まず財布を持ち歩いていた時点ですごいし、それを川に落とさなかったのも流石ルルさんだとは思うけれど、さすがに大金を持ち歩いてはいないはずだ。
初っ端から豪遊してしまっては、後からまた野宿生活で中央神殿までしのいでいくことになるのでは。
私が心配していると、ルルさんは頼もしい笑顔を見せた。
「大丈夫ですよ。ジュシスカがまとまった金を置いていってくれましたから」
「あ、そうなんだ。よかった」
私が寝ている間にそういうやりとりもしていたらしい。流石ジュシスカさん。
「万が一それが足りなくなったとしても、少し時間がかかりますが銀行に寄れば私の財産を引き出すこともできますし」
「あ、銀行あるんだね」
「はい。給金はこの数百年ほど貯めるばかりだったので、リオが思い切り贅沢をしても大丈夫ですよ」
「いえそれはいいです」
数百年の貯金ってとてつもないのでは。金庫に入れてたら、お札がボロボロになりそうな期間である。この世界の通貨ってどうなってるのだろう。
それにしても。例えば月1万だけ貯金していたとしても、年12万。百年で1200万円である。3万貯金したら3600万。ちょっと都心から離れたら立派に家を買える。数百年といっていたから、百年以上だろうし。
もしかしたらルルさんって実はめちゃくちゃ金持ちなのでは。
そう眺めていると、ルルさんはにっこりと微笑んだ。
「特に使う用もなかったので貯めていただけでしたが、おかげで何の懸念もなく酒も家も一流のものを用意できます。まるであなたに会うために準備をしていたようで、過去の自分を褒めてやりたいですね」
「いやふつうに貯金してただけでしょ。純粋に堅実なルルさんを褒めてあげて。あとそんな立派なものじゃなくていいんじゃないかな。ほら何があるかわからないし。あとそんなにお金をかけられると心苦しいし」
「安心してください、これでもそこそこ貰っていたほうですから」
「神殿騎士ってお給料たかそうだもんね……」
ぶっちゃけカラオケしやすいので、家は中央神殿でいい気がする。お酒はよくわからないけど、高いといってもそんな、家よりも高いとかそんなのではない……と思うし。
日本では薄給でギリギリの生活をしていたからか、必要のない出費はなんだか心が痛む。大金を前にして自分が宝石コレクターとかに変身したら怖いし。
「その辺りの話はまたゆっくりしましょう。リオ、これもどうぞ」
「ナニコレ」
「車上の暇つぶしにいいかと買ってきました」
ルルさんがそう言って座席に置いていた袋からとり出したのは、用途不明の謎の物体だった。
木製で30センチくらいの幅のある平たい棒に、等間隔で細く短い杭みたいなのが一列に生えている。そしてそれと共に渡されたのは毛糸だった。ルルさんも同じセットを持っている。
「ここに糸を掛けて編んでいくんですよ。やったことありませんか?」
「ないない。えっ、ルルさん編み物できるの? すごくない?」
「あまり複雑なものはできませんが。自分のものは大体自分で用意するので、神殿騎士は誰でも一通り習いますから」
あの神殿にいる人たちの誰よりも女子力が低いことが判明した。絶望。
「簡単ですし、これからの季節にもちょうどいいですから。暇なときに一緒にやりましょう」
「う……うん……ヘタクソかもしれないけど……」
「私の金を使うのが心苦しいなら、代わりに冬服を編んでください」
「ルルさんが急にハードル上げてきた!! 無理!!」
「はい、まず糸の先をこうやって結んで」
荷馬車が急に編み物教室に変身した。怖い。
その後、ルルさんの言った通り確かに暇つぶしとしては最適だったけれど、今日1日で編んだ20センチほどの物体は、なんか幅がガタガタだった。
ルルさんの服を編むとか、無理な気がする。
宿で謎の物体を眺めながらそう思っていると、ニャニがたむと手を私の足の甲に置いて慰めてきた。




