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ノリノリで歌いたいのにドア窓が気になってしまう2

「今日は風がありますから」


 そう言ってルルさんが差し出したのは、柿っぽいオレンジ色のマントだった。羽織って前のリボンを結ぶと、ちょっと重いけど暖かい。裾が私の膝くらいなので、ルルさんの私物ではなさそうだった。前部の内側左右それぞれに深めのポケットが付いていて、寒い時には前にリボンを増やしてしっかり閉め、そこに手を入れて歩いたりするらしい。転んだら手が付けないので鼻にケガをしそうである。


 そしてさらに、ルルさんは私に木靴を用意してくれた。内側に柔らかい革を貼り付けた特注品らしい。可愛い赤色の靴は、覗き込むと内側がフサフサして見えた。

 左右の靴を持ったルルさんが、私の前に跪く。そして片膝を低めに立てて、そこを手で叩く。


「どうぞ、足を」

「えっ? いやいや、一人で履けるから!」

「転ぶと痛いですよ」

「そりゃ痛かろう、石の床だもの。でも私にも体幹というものがあってですね」


 早くしないと厩舎の者が待っていると急かされた結果、私はルルさんの肩を借りて靴を履き替えることになった。今のやわらか靴を脱ぐと、ルルさんが踵を掴まえて爪先を靴に入れる。私はすかさず足を引いて踵を中に入れ込んだ。コンと床を爪先で叩いて具合を確かめてから、反対側も履き替える。


「具合はどうです?」

「わりとぴったり」


 キツすぎず、ユルすぎず。フサフサした革がクッションになっていて爪先も踵も靴に当たる感じはしなかった。

 ルルさんは私が脱いだ靴を拾って底面同士を合わせると懐に入れてしまう。


「足が痛くなったらすぐに言ってください。念のためにこの靴も持って行きますから」

「秀吉システム……」

「リオ、聞いていますか? 前のように血が出るまで我慢しないように。その時点で抱き上げて部屋に戻りますので」

「わかった。すぐ言う。すぐ脱ぐ」


 赤く塗られた木靴はなんかかわいい。ぐるりと囲むようになにか小さな生き物が描かれているのも可愛い。靴擦れをするとまたボッシュートされそうなので、私は丁寧に歩くことを決心した。

 木を彫って作られた靴なのに、フォルムが可愛い。ほんの少しヒールが高くなっているのもオシャレだった。床を踏むとコツコツ控えめに音がするのもいい。今までは私だけやわらか靴だったので、廊下を歩くとルルさんの足音しか聞こえなかったのだ。


「お気に召しましたか?」

「うん、すごくかわいい」

「歩いても足が痛まないようでしたらいくつか作らせましょう」

「靴っていくらくらい? お給料貰ってないけど、足りるかな」


 そもそもここで買い物に行く必要がないので明確にはしていなかったけど、私、ちゃんとお給料貰えるのだろうか。契約書にサインしていないけど大丈夫かな。

 奥神殿に行くための服は制服で支給としても、今着ているカラフルな服や靴は私服ではないだろうか。食費は天引きかな。

 通貨は円ではなさそうだけど、今度買い物にも行ってみたい。


 ルルさんはちょっと片眉を上げたあと、にこりと笑った。


「リオの生活費は私が賄っていますからお気になさらず」

「なんですと?!」

「というのは冗談ですが、神殿から十分な予算が下りていますのでお気遣いなく。買い物の際は私が同行します」

「冗談か……ビックリした……」


 経験からいうと、社員のポケットマネーを開かせる企業はロクなところがない。ルルさんもその毒牙にかかっているのかと思ったら冗談だった。ホッとしたけど、一瞬日本の生活を思い出して心臓がビクッとなったので仕返しとしてルルさんの脇をくすぐっておいた。全然反応しない。あと脇らへんも固い。ルルさんって樹脂かなにかで作られてるのだろうか。

 3分くらい粘ってくすぐってみたけど全く反応を得られないどころか、やんわり部屋から出るように促された。悔しい。


「現状では予算をかなり下回っていますから、もう少し欲しいものを仰っていただいて構いませんよ」

「特にないしなぁ……」


 神殿が国でどういう位置にあるのかまだわかっていないけれど、異世界人(わたし)がこうして来たことは少なくともこの国の人たちにとっては予想外なことだったろうし、急遽作られた予算のはずだ。ならあんまり使わないほうがいい気がする。使わなさすぎて来年度から大幅削減とかされても困るけども。


「じゃあ、この靴の色違いをひとつ欲しいかな。緑とか青とか寒色系で」

「お望みのままに」


 木製の靴は固くて歩くのに少しコツがいる。でも、階段を降りるたびにコツンコツンなる音はなんだかいい音だ。この靴があれば神殿の中だろうが中庭だろうが走り放題なわけだし。例えばまたニャニが追いかけてきたときとかに。

 例えば今現在背後からノタノタと音を立てながら一定間隔を空けて付いてきているニャニとかが走って追いかけてきたときとかに。


「ルルさんルルさん、またアレが付いてきてますけども」

「撫でて欲しいのかもしれませんね」

「いやだよ?! 大体あの固そうな鱗だと撫でてもわからないんじゃないかな?!」

「そんなことはありませんよ。ニャニは撫でると気持ちよさそうにしますから」


 あの厳つい見た目に怖気付くことなく撫でようと思えるルルさんの胆力がすごい。ズルズル尻尾を引きずる音を立てながら階段を下りてきているだけでも怖いのに。

 私はルルさんの手を借りながら、なるべく急いで階段を下りきることに集中した。走るとしても階段は不利だ。でもニャニの方が上に位置している今の状態はかなり落ち着かない。飛びかかってきたら私の繊細な心臓はそれだけで止まりそうである。


 あと5段ほどで1階に到達するというところで、ルルさんがいきなり歩みを止めた。手を借りている私も必然的に止まることになる。

 後ろがつまってるんで早く下りたいんですけど。

 そう言おうと顔を上げると、ルルさんはいつになく厳しい表情をしていた。





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