お時間終了5分前のコール音が大きくてビクッてなる15
それからまたしばらく、緩やかなカーブを描く道沿いに歩いていると、視線の先に村が見えてきた。木に囲まれた平らな土地に、一階建てのこじんまりとした家が不規則に散らばっている。
「やっとついたねえ……ん……? ルルさんルルさん」
「はい、リオ」
「あそこにいるのって、もしかしてジュシスカさん?」
「そうですね。シーリース人の影を見て急いで飛んできたのでしょう」
シーリース人という危機が去りいつもの平穏モードに戻ったルルさんは、私の手を握りながらのんびりと頷いた。
いやのんびりしてる場合じゃない。
村の手前にぽつんと立ってる人影、あれがジュシスカさんで間違いないのであれば、それはそれで大変なことになっている。
「ジュシスカさん……頭、食べられてない?」
「食べられてますね」
スラッとした長身の騎士姿。その首から上が、大きな鳥の大きなクチバシに挟まれて見えない。背伸びしてジュシスカさんの頭を咥えている鳥が、飲み込もうとしているかのようにアグアグとクチバシを動かしているのがここからでもわかった。
さらにもう一羽は、強靭そうな足で跳ねてジュシスカさんに飛び蹴りをしては、また距離を取って飛びかかっている。
ケェーッ!! と大きな鳴き声も聴こえていた。
「……ジュシスカさん、大丈夫なの?」
「大丈夫でしょう。リオ、足は痛くありませんか? もう少しですが、痛ければ我慢せず言ってください」
「いやそんなことよりジュシスカさんが」
なぜルルさんはあれを気にしないでいられるの。怖い。
ルルさんが私を気遣ってゆっくりと歩き、それをニャニがのんびりと追う。そうやって時間をかけて村に近付いたその間も、ジュシスカさんはずっと鳥に頭を食べられていた。
「ご無事で何よりです、リオ様」
「ジュシスカさんのほうがご無事でなによりだよね……。大丈夫? 頭痛くない?」
首から上を咥えているクチバシを両手で開けて脱出してから、ジュシスカさんは丁寧に私へお辞儀をした。獲物を逃した鳥はめげずに腕に噛み付いているし、もう一方も飛び蹴りを忘れない。自分と同じくらいの鳥に蹴られても一切動じないジュシスカさんの体幹、めっちゃ強い。
「心配ご無用ですよ。じゃれてるだけですから……ほら」
「どう見ても本気で攻撃されてるけどホントに色々と大丈夫?」
ジュシスカさんの腕に噛み付いている鳥、ググググと震えていて明らかに力を込めているように見える。もう一羽は耳を塞ぎたくなるようなケェーッ!! という鳴き声をあげているし。
「こう見えて可愛い鳥たちでしてね……よしよし」
ジュシスカさんが撫でようとすると、鳥がその手をクチバシでつーん!! とつついた。しかしジュシスカさんはそれを華麗に避け、逆にクチバシを掴んでワシワシと頭を撫でている。
私の目にはその鳥が嫌がって抜け出そうと羽をバタつかせ、もう一羽もカアァーッ!!! と激しく鳴いては襲いかかっているように見えるけれども、うん、まあ、ジュシスカさんが楽しそうならいいか。いいのかな。
「宿は確保しています。まずはどうぞ体をお休めください」
「う、うん、ありがとう」
バタバタ暴れる鳥や鉤爪鋭い脚で背中を掴む鳥をそのまま引きずって、ジュシスカさんは私たちの案内をしてくれた。うん、仲良しなのかもしれない。ルルさんが「リオ、危ないですからこちらへ」とさりげなく私を鳥から遠ざけていたけれども、きっと仲良しなのだろう。『仲良し 意味』で検索したい。
「大きい村だねルルさん。それにエルフの人も多いね」
「ええ、ここがもう大陸の端ですから。マキルカへ渡る橋が掛けられたほぼ唯一の場所なので、渡ってきた人間やエルフは必ずここを通ります」
人間が住む大陸とエルフが住む大陸の間には、いくつか橋が渡されている。しかしラーラーの民は滅多に村の外へ出ることがなく、また外からの客を特別歓迎しているわけでもないので、人間やエルフが通るための橋はここにしか設けられていないらしかった。
「物凄く深い崖なんだよね? すぐ見に行ける?」
「明日から嫌という程見ますから、まずは休憩しましょう。ニャニも埃まみれですし」
下草が生えていると柔らかくて足が痛みにくいけれど、地面だと靴擦れしやすい。私の足のひ弱さを知っているルルさんは、早く無事を確かめたいようだ。
私の足も連日歩いたお陰で随分と鍛えられたというのに相変わらず心配性である。
この村は客が多いので、泊まるための空き家がいくつか建てられている。
ジュシスカさんに案内されたのは、神殿の隣にある小さな宿だった。家の前にある井戸でニャニは水を掛けてもらい本来の濃い青色に戻り、私も手足を清めるとお風呂が恋しくなった。
「思えば川から離れてからずっと拭くだけだったもんね。ジュシスカさん、お風呂ある?」
「どうぞ。湯を用意していますよ。1人用の狭さですが……」
「なんで申し訳なさそうにそんなこと言ったの? 1人で入るから別に支障ないけども?」
ジュシスカさんにそういうと、彼の青い目がチラッと私の隣を見た。
何今の。セクハラか。というかジュシスカさん、何か勘付いているのか。何故ルルさんも無言で私を見ているのか。
非常に気まずい空気を感じながら、私は着替えを抱えて1人でお風呂へと向かった。
しれっとした顔で付いてきたニャニは締め出した。




