お時間終了5分前のコール音が大きくてビクッてなる11
「お世話になりましたー」
「こっちこそ古代語たくさん教えてくれてありがとねー! また来てね! 気を付けて大陸渡るんだよー! 何か忘れ物したらすぐ戻ってきていいからねー! 何かあったら飛んでいくからー! 文字通りー!」「あ、はーい、ありがとうございましたー!」
ハキハキとお別れの言葉を叫び続けるキイロさん(ラーラーの民、名前が直接的すぎやしないだろうか)に手を振りつつ、私とルルさん、そしてニャニは川辺の村を出発し、しばしの間の徒歩の旅を始めたのだった。
森の間に切り開かれた道はあまり使われていないのか、草が多い。ルルさんがそれを踏みならしながら先導し、私がその後ろについていって、鍋を背負ったニャニが一番最後。
道は平坦だったり、ちょっと斜面だったりと色々だったけれど、ルルさんがゆっくり歩いてくれているのでそれほど疲れるものでもなかった。
「湧き水がありましたね。今日はここで野宿をしましょう」
「まだお昼食べてそんな時間経ってないのに?」
「初日ですから」
ゴツゴツした岩の間に細く流れる湧き水が見えたところで足を止める。岩のひとつにマントを被せると、ルルさんは私にそこへ座らせた。
そしていきなり靴を脱がせ始めた。
「いきなりどうしたのルルさん?! あと言ってくれれば自分で脱ぐからね?」
「じっとしていてください。痛むかもしれませんから」
今私が履いている靴は、ルルさんプロデュースの旅仕様になっていた。
ハチさんの家で縫ってもらったものは柔らかくて旅向きではないので、と作り直した頑丈なものである。そして、脚には膝下まで布を巻いていた。しっかり巻くと歩きやすいらしい。結構きちっと巻いているので最初はちょっときつく感じたけれど、こうして歩いてみるとむくみ防止になっているようだ。
「少し靴擦れができていますね」
「ほんと? 気付かなかった」
「水ぶくれになっているところもあります。明日は痛むかもしれません」
昼休憩以外は歩き続けたためか、足がジンジンしていて痛みは感じなかった。けれどルルさんが痛ましそうな顔をしているので見てみると、足裏のあたりに小さい水ぶくれができている。
ルルさんが鍋に汲んだ湧き水を少しずつ掛けて私の足を洗い始めた。
「いやルルさん、自分でやるからね。それ私の足だから」
「そこから屈むと転びますよ。ほら、足を下に付けないでください」
「なんかごめんね、打たれ弱い足で」
「そんな顔しないでください。恋人を気遣うなんて喜ばしいことですから」
「こ……こいびと……」
「私とリオは恋人でしょう? それとも、将来を誓い合ったのですから婚約者でしょうか?」
「こ……こんにゃく……」
ルルさんは片膝をついてしゃがみつつ、私のかかとを持ってそっと布で拭いながらしれっと見上げてきた。青い目が嬉しそうに細められたので、なんか頬が熱くなる。奇声をあげて逃げ出したいほど恥ずかしくなったけれど、ルルさんの背後でニャニが体を持ち上げたり伏せたりを繰り返していたのでなんとか冷静さを保てた。
「違いますか?」
「ち……ガワなイ……」
「どうぞ恋人に尽くす喜びを私に享受させてください」
微笑んだルルさんが顔を伏せると、なんか柔らかいものが私のスネに当たった。
ルルさんが、持っていた私の足に口付けしたのである。
いや何してんのこの人。
そしてその背後で激しくおすわりを繰り返すニャニも何してんの。
「ルルさん……」
「何ですか、リオ?」
「人のアシにくち……そ、そんなことをしてはいけない……」
「恋人の足です」
「そこじゃない。気にしてほしいのそこじゃない」
恥ずかしすぎてもはや悟りが開けそうである。
私がホトケの境地に行かなかったのは、ルルさんが悶絶必至の足ツボマッサージをし始めたからだった。「少しほぐしておきましょう」と言ったルルさんがなんか親指で足裏を押した瞬間、呆然とするほどの痛みが襲った。
「え……なに……痛い……」
「よく歩きましたからね」
「いや痛い!!! すごく痛い!! そこも痛い!!!」
「少し我慢してくださいね。私の肩に掴まってもかまいませんよ」
「いっっってえ!!」
歩き通しになる旅では、足のメンテナンスができるということも重要らしい。私はゴッドハンドによって足裏を揉まれ悶絶し、ふくらはぎをほぐされてもがき苦しんだ。膝裏もやばかった。太ももも痛かった。手を上げてもしがみついてもタップしてもグーで叩いても手を止めないルルさんに、一瞬「やっぱ結婚やめたい」という言葉がよぎったほどである。
「大丈夫ですか?」
「逆に訊きたいんだけどさあルルさんは大丈夫だと思う?!」
「すみません、舟に乗りっぱなしだったこともあってあちこち凝っていたので……」
確かに、確かに凝っていたのだろう。足だけでなく身体中がポカポカしているし、なんだか色々ほぐれた感じもする。それはありがたい。ありがたいけど、絶対途中から楽しんでただろ。涙で滲む視界でも見えてたぞ、楽しそうな顔が。
それでも足が心なしか細くなった気がしたので、お水の入った水筒を渡しながら申し訳なさそうにするルルさんにデコピン一発をお見舞いしておいた。なぜかルルさんは嬉しそうに微笑んだ。この人SなのかMなのかはっきりしてほしい。いやしてほしくないけども。
「では寝床の準備をしましょう。湧き水は飲めるそうですが、一応沸かしておいたほうがいいですね。疲れたでしょうから、リオはそこで休んでいてください。もし手伝えるようなら粉物の準備をしていただけますか?」
「うん……」
悶絶したせいで体力を消耗したので、大人しく頷いておいた。
フコ粉に水を少しずつ加えながら、テキパキテントを張るルルさんを眺める。岩に座ったまま足首を回すと、足裏も足も随分軽く感じた。
私は、自分で思っていた以上に疲労がたまっていたのかもしれない。ルルさんはそれに気付いていたから、早めに野宿の準備を始めた。今まで私がそれに気付かなかったのは、ルルさんの気遣いがさりげなかったからだ。今思うと、きっと歩くスピードも少しずつ遅くしたりしていたのだろう。
もしこの旅がルルさん一人で行くものだったら、もうマキルカのある大陸まで着いていたのかもしれない。早く帰りたいとか言っていたのに、ルルさんは結局私が無理しないことを優先してくれる。私が申し出る手伝いにも、簡単でやりやすいものを勧めてくれる。
ルルさん、やっぱり優しいなあ。
……いい恋人だなあ。
ちゃっかり足の下にいるニャニを軽くなったつま先でツンツンしつつ、そう思った。
その気持ちは、夜、地獄のマッサージ〜上半身編〜を受けさせられた気持ちでちょっと霧散した。
やっぱりルルさんはSかもしれない。




