お時間終了5分前のコール音が大きくてビクッてなる10
ラーラーの民は人口こそあまり多くないけれど、村が大陸中に点在しているらしく、これまでの旅路でもいろんな姿をした人と会うことがあった。
それでも、これほど多くのラーラーの民と出会ったのは、ハチさんたちの村以来である。
「舟を買い取って貰えませんか? 対価は食糧でもかまいません。それと、一晩宿を借りたいのですが」
カモに似た黒色の鳥っぽい人は、着ているベストと同じオレンジ色のくちばしでルルさんにこっくりと頷いた。尻尾をぷりぷりと揺らしながら川岸に集まっている仲間の方へと歩いていく。
この村は川を挟むように作られている。住民の多くが鳥の姿をしているからなのかもしれない。
「今日はここで休みましょう。ここからは歩きになりますから」
「うん」
食べ物の匂いがするのか、珍しくヌーちゃんがトコトコと先を歩いていた。その後ろにスカーフを巻いたコガモが一列に並んでついて歩いていて、ものすごく可愛い風景だった。コガモ、鳴き声がピヨピヨだ。いつグワグワになるんだろう。そしていつ言葉をマスターするんだろう。
動画に収めたい光景をじっと眺めていると、靴にたむと何かが乗った。見ると足元でニャニがニタァ……と見上げている。
「……」
ニャニの周囲にもコガモたちが集まっていたので、鼻先から尻尾まで並べて乗せておいた。5羽のコガモを乗せたためそれぞれ可愛さが10パーセントずつ上乗せされ、計3パーセント可愛いニャニになった。
荷物を背負い、川から案内されるままに村を歩く。先導してくれるのはさっき川岸にいた人で、ルルさんはあれこれと質問していた。
この村の家も、ハチさんたちのところとあまり変わらない造りのようだ。ただ、屋根や外壁を羽根で飾り付けしている家が多いので、とてもカラフルで村全体が明るく見える。赤い羽を円状に並べた模様の家から赤い鳥の人が出てきたので、住んでいる人が自分の羽で飾っているのかもしれない。表札よりもわかりやすいかもしれないなと思った。
「ねーねーフィアルルーってあなたのこと?」
「うわっ」
「フィアルルーってさ、古代語だよね。ラーラーの民は古代語を名前に付けるってほとんどないんだけど、他の大陸だと多いの? テテの文献によると古代語から現代の大陸言語が変わったのは大きな戦争があったからだって言うけどほんとかな? 単語の類似性がないっていわれてたけど最近共通点が発見されたって知ってた? 言語学ってどうやって学んでるの?」
急ににゅっと隣に現れた、カーブした黒いくちばしを持つ鮮やかな黄色い鳥がいきなり怒涛の勢いで話しかけてきた。ふわふわの羽が当たって気持ちいいけれど、勢いがすごい。グイグイ押されていると、ルルさんが私の肩を寄せて自分の反対側に誘導した。
「フィアルルーは私です。何か用が?」
「あっそうなんだーごめんね。手紙が届いてるから届けにきたよー。川沿いに旅してるって言ってたけど、貴方たちくらいしかラーラーの客人が見つけられなかったからさ。すぐ見つかってよかったー。だって川を上ると下りが面倒でしょ。私水に乗れないから。乗れたら便利だけど、そのかわり木登りが得意なんだよね。木簡とか作るの好きなの」
今まで出会った人の中で一番おしゃべりな人だ。
最古の木簡に記されたメッセージについて語っているその人に私は圧倒されたけれど、ルルさんは「手紙をありがとう」と手を出して受け取り、しれっと歩きながら読み始めている。そんな無視してるみたいな態度はよくないのでは、と黄色い人を見ると、そっちはそっちで気にせず喋り続けていた。
「ねー今日はこの村に泊まるの? よかったら知ってる古代語を書いてくれない? そのかわり私がもてなすから。こう見えても料理上手なんだよー。木の実だけじゃなくお肉も手に入るし、私の家のひとつを貸してあげる。今使ってないところなんだけど、とても綺麗に飾り付けしてあるし中も汚れてないよ。村にいるときは毎日掃除してるからね。そうそう、神殿の人たちが持ってる箒は柄に何か彫られてるけど、あれって何てかいてあるのかな?」
「え、さあ……」
「名前かなって思ったけど、同じ文章を彫ってあるよね? 神殿の人たちとあまり話す機会がないってのもあるけど、今まで訊いてみても誰も知らなかったんだよね。古代語って知らない人は知らないんだなーって。私は大伯母がそういう研究してたからそれを受け継いだんだけどさ、この村だとまったく知らない人も多いよ。だから人間とかエルフの人が来たら質問することにしてるんだ。流石に大陸を渡るのはちょっと勇気がいるもんね」
「そうですね……」
立て板に水どころか土砂降りである。
「あ、あそこが家だよ。あなた人間? 人間だよね。人間はエルフよりもっと珍しいけど、何度か見たことあるんだ。人間の古代語ってまた変わった文字だって本当? 何か知ってたら教えてくれない? 特に罵倒する意味の言葉が知りたいな。罵倒ってすごいよね。国や地方によって色々なんだよ。例えばこの辺りではね」
「案内ありがとうございます。古代語はいくつか知っているのでこれから書きまとめましょう。それでは舟の件よろしくお願いします。我々は休ませていただきますのでまた明日」
引き戸を開け私の背中を押して入らせると、ルルさんは黄色い鳥の人と黒い鳥の人にそれぞれお礼を言ってからあっさり戸を閉めてしまった。
「ルルさんいいの? 話の途中だったけど?」
「はい。この村の人の話はまともに聞いていれば夜明けが来ても終わりませんから」
「そ、そうなんだ……前に来たことあるの?」
「ええ、2度ほど。ここはもう大陸の端に近いですから」
鳥の姿をしている人たちは、ラーラーの民でも特におしゃべり好きが多いそうだ。
「人懐っこい住民が多いですから、あれこれと覗きにくるかもしれません。落ち着かなければ奥の部屋で休んでいてもかまいませんよ」
「びっくりしたけど大丈夫」
ルルさんが家のあちこちを点検してから焚き火をつけていると、言った通りに住民の何人かが食材を持って訪ねてきてはおしゃべりを始めた。ものすごく賑やかになったけれど、それぞれ会話が噛み合ってなかったりするのがちょっと面白い。
「みんな一気に帰ったね……」
「日暮れ前ですから。そのかわり日の出とともに起き出すので、寝坊しているとあのおしゃべりで起こされますよ」
「ひええ」
色々言われすぎて何を喋ったか全然覚えてない。
ルルさんが労わるようにお茶を入れてくれたので、それでようやく人心地ついた。
「すぐに食事もできますから、今日は早めに寝る支度をしましょう。おそらく数日歩くことになりますが、そこからは馬に乗るので」
「そうなの?」
「はい。ジュシスカが用意してくれるようです」
ルルさんが受け取った手紙はジュシスカさんからだったようだ。ハチさんの村でやりとりした手紙は、この大陸の神殿を通じて中央神殿まで届けられた。そこで私たちの居場所を知ったジュシスカさんが、移動のための馬を届けようと大陸を北上してくれているらしい。
「中央神殿は無事ですよ。多少の怪我人は出たようですが、リオの知っている人々はみな無傷で元気にしています」
「そうなんだ、よかったねえ! 街はどうなの? 薬草足りたかな?」
「充分のようですよ。まだまだアマンダ様の作ったサカサヒカゲソウが残っているそうです」
「そっかー!」
ホッとする。
みんな無事なら、私たちはのんびり帰っても大丈夫だ。微妙に感じていた焦りのようなものがなくなったので、私は笑顔でお茶を飲み干した。
「ん?」
ズルズルと聞こえたのでテーブルの下を覗くと、ニャニがいつもより緩慢な動きで出てきた。
ふわふわの綿毛みたいな羽根があちこちについていて、心なしかげっそりしているように見える。
ニャニもこの村の洗礼を受けたらしい。
ぐったりと動かなくなったので、そっと背中をタムタムしておいた。




