お時間終了5分前のコール音が大きくてビクッてなる8
モモ肉の炙り焼き、野菜たっぷりスープ、そして穀物粉で作ったおやき(蒸してもどした干し肉入り)。
「美味しいー! ルルさんすごい。いつでも美味しい。野宿でこんなに贅沢な食事してるの、私たちくらいじゃない?」
「お気に召していただけてよかった」
「どれも美味しいけれど、おやきが特に好き」
素朴な甘さの皮に包まれた、干し肉や野菜やキノコを刻んだ具材。ちょっと濃いめの味付けの具とあっさり柔らかな皮が絶妙に美味しい。こんがり黄金の焼き色もイイ。
炙り焼きも最初は付いている蹄が私を躊躇させたけれど、切り分けられたものを食べるとやっぱり美味しかった。あっさり赤身のお肉にシソみたいなハーブの風味が合う。
ちなみに蹄部分は骨ごとニャニが食べていた。バク、バクと顎を動かして口の中に飲み込まれていく蹄、そして人相の悪いニャニ。完全にアマゾンで見られる光景そのままだった。
「天候が悪かったので見つかったのは鹿だけでしたが、雨が長引くようなら熊も探してみましょうか」
「ングッ」
「鞣しの時間は取れませんが、毛皮を下に敷くだけでも随分寒さがマシになりますし」
スープを上品に飲みつつ微笑むルルさんに向かって、私はムチウチになりそうなほど頭を左右に振りまくった。
「いいいいから!! そんな心配しなくていい!! 寒くナイ!!」
「熊肉は体が温まりますよ」
「何それ待って……ほら……ルルさん、ハチさんのことを思い出して。私あんな可愛い姿の生き物を食べるなんて考えられないなー……って……」
ついこないだまでハチさんと仲良く狩りとか行ってたくせに、同じ姿をした生き物をナチュラルに食べようとするなんてもしやこの人サイコパスなのでは。
こわい。採れたての毛皮で得る暖も怖い。
「ハチと野生の熊は随分見た目が違うと思いますが」
「私は似てると思う! きっとハチさんのことが思い浮かんで食べられないから!! 熊はムリ!!」
「そうですか……ではしばらくは熊はやめておいたほうがいいかもしれませんね」
「うん。しばらくね。数年くらいね」
できたら一生食べなくても全然いいんだけども。ルルさんの好物というならお一人で食べていただいて全然構わないのだけども。
ルルさんがとても残念そうな顔をしていたけれど、そこは私もあんまり譲りたくなかった。美味しいものを食べさせてやろうという気持ちはありがたい。気持ちだけ頂きたい。
「あっ、そう、そうだー、私ルルさんにほら、タマシイのことについてもっと教えてもらおうと思ってたんだったー」
「魂についてですか?」
「そうそう。おやきおかわりしていい?」
「いくらでもどうぞ」
私はおかわりをねだることによって話題を変える。不自然でもいい。熊さんお逃げなさい、ルルさんの脳内から。
「昨日教えてもらったけど、難しくてあんまりわからなかった」
「リオは半分寝てましたからね」
「あそうですごめんなさい」
バレていた。
川からここまで地味な坂道を登ってきた疲れ、ルルさん超年上だったという衝撃の事実などで感情の乱高下などによってクタクタになっていた。そこにブランケットとルルさんの体温であったかく包まれ、優しい声でよくわからないことを説明されたらそりゃ寝落ちもする。ルルさんが癒し系の波動を出しているのが悪い。
とはいえ申し訳なく思っていると、ルルさんがわかっていたので気にしないでいいと言った。説明し始めてすぐに私の目が虚ろになっていたことに気付いていたらしい。恥ずかしい。
ルルさんは怒ることなく、もう一度丁寧に説明してくれた。
「えーっと……つまり……タマシイがあって、それをこう……混ぜると」
「わからなかったんですね」
「すみません」
説明は丁寧だったけれどちんぷんかんぷんだった。これは多分私側の問題である。
「いやなんかどうもタマシイとかよくわからないし……本当にあるのかなって。寿命も変わるっていうのもいまいち実感できないというか」
「今まで全く知らずに生きてきたのですから、わからなくても当然かもしれませんね。こちらにある人間の国でも、儀式が廃れ魂についてもぼんやりとしか実感していないというところがあるようですし」
実際に見聞きすれば信じるけれど、ずっと神殿で引きこもっていたので仕方ない。ルルさんはそう言って私の理解力のなさを慰めてくれた。
「ルルさんあのさ」
「はい」
「私にもタマシイ……ある?」
恐る恐る訊くと、ルルさんはちょっとおかしそうに「もちろん」と頷いた。
「あらゆるものに魂はありますから。リオにも魂がありますよ。感じることができます」
「そうなの? 私全然わかんないけど? 霊感とかもないし幽霊みたことないけど?」
「霊とはまた違うかと」
見えないけどあるという点では同じっぽいけれど、違うらしい。ルルさんは私の発想が面白いらしくて笑っているけれど、こちとら真剣だ。
「そのお酒交わす儀式、異世界人でもできるの? 失敗したりしない?」
「しませんよ。実際、古い文献に異世界人がエルフと酒を交わしたという記述が残っていますから」
「そうなんだ」
私の前に異世界人がこの世界に召喚されたのは千年以上前のことだけれど、当時の記録がまだ残っているらしい。日本でいうと国宝レベルの資料になりそうだけれど、エルフの人たちは寿命がとても長いからせいぜい二代か三代前の記録的な感じだろうか。スケールがでかい。
「その人もタマシイわからなかったかな」
「さあ、どうでしょうか」
「儀式って失敗したりしないの? タマシイが関係してるなら、変になって両方死んじゃったりしない?」
何しろ見えないしわからないのである。そんなものを混ぜられるのだろうか。いわば空気中の二酸化炭素を混ぜろといわれているようなものでは。
難しすぎてできる気がしない。不安になっていると、ルルさんが私の背中をそっと撫でた。
「古いですがかなり原始的な儀式ですから、まず失敗することはありません」
「そうなの? 失敗した文献は残ってないの?」
「私が知る限りありませんね。古くは片方だけが儀式を行うこともあったようですが、それも失敗などなかったようです」
「片方だけってどゆこと? ルルさんだけでもできるってこと?」
お酒を交わす儀式では、お互いにタマシイを差し出すことによってそれが混ざるらしい。
片方だけがタマシイを差し出すと、それは混ざらない。その儀式で死ぬことはないけれど、タマシイを捧げた側は、捧げられた側が死ぬと一緒に死んでしまうらしい。
「なので、私だけが儀式をするとリオが数十年後に死んだときに私も死にます」
「何それ実質失敗じゃん!! 怖ッ!! なんでそんなやばい儀式あったの?」
「おもに主従間で忠誠を誓うときなどに使われていたとか。タマシイを捧げれば相手の気配が探りやすくなるので、悪いことばかりではありませんが」
「デメリットでかすぎるよお……」
エルフ同士、人間同士であればそれほど寿命の差がないからとルルさんは言ったけれど、そういう問題だろうか。
しかも、もしルルさんが一方的に私にタマシイをあげてしまえば、ルルさんの寿命は実質十分の一に大幅カットである。
「人間とエルフの結婚でも、エルフだけが魂を捧げることはあったようですよ」
「怖っ。なんで?」
「本来の寿命以上に生きるというのは恐ろしいことでしょうから。リオはそう思いませんか? あなた方からすると、数百年も生きるというのは途方もないことです。エルフと人間が恋をしても実らないことが多いのは、そこでの擦り合わせが上手くいきにくいからですし」
ニャニの口におやきを投げ入れながらそう言ったルルさんは、なんか心細そうな顔をしていた。
寿命の差についての問題が、エルフと人間の破局原因ナンバーワンらしい。
ルルさんは、私がエルフの寿命について既に知っていると思っていて、そうじゃないと分かったらびっくりするほど血の気が引いていた。それはやっぱり別れの原因になりかねないことだったからなのだろう。
あらかじめ知っていて好きになったのであれば覚悟の上かもしれないけれど、そうじゃないなら大きなわだかまりになりそうだ。実際、私も一度は別れたほうがいいと思ったわけだし。
だからなのか、ルルさんは不安そうにこちらを窺っている。
「いやでもさ……本来の寿命縮めるほうが怖くない? 生きてればいつでも死ねるけど、死んだら生き返れないわけだし」
「人間の知り合いは全てあなたを置いて先に死ぬことになりますよ。そうなってもさらに生き続けることに恐れを感じませんか?」
「うーん、あんまり想像できないよね……この世界に人間の知り合いいないし……」
私が知っている人間といえば、シーリースのおじさんとかそれくらいである。割と迷惑を掛けられたので、特に別れを惜しみたい気持ちはない。
家族とももう何年も会っていなかったし、アマンダさんと別れるのは寂しいけれど、そもそももう会えない人だ。連絡取れる状態が儲けものなだけで。
「ルルさんと長生きするほうがいいかな」
「リオ……」
ルルさんが顔を歪めて、それから私を抱きしめた。ありがとう、と囁いたルルさんの声が嬉しそうだったので、私もルルさんに抱きついておく。
「それにルルさん、私が長生きイヤって言ったら一方的にタマシイ渡して、私が死ぬとき一緒に死ぬとか言いそうだし」
「そうですね」
「そうですねじゃないわ!! ヤンデレか! 人の寿命縮めるとか罪悪感ハンパない人生になるからやめて!!」
ルルさんのことだしガチでやりそうで怖い。
これはどうあっても儀式を失敗させるわけにはいかない。
しっかり成功させて長生きせねば、と私は年不相応の決意を固めた。




