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お時間終了5分前のコール音が大きくてビクッてなる7

 硬い床で寝るとあちこちが痛い。

 固まった体は、寝返りを打ちつつあちこちをストレッチするのが一番だ。転がりついでに体を捻り、足を伸ばし、ときに抱え、腰を労わりながら起き上がる。


「ルルさん?」


 雨は昨日と変わらずザーザー降り注いでいた。それでも四方に張った革布の隙間から明かりが漏れている。間接照明のように照らされた内側にいるのは私ひとり。いやフコフコ寝ているヌーちゃんとふたりだけだった。黒い毛と羽根はすっかり乾いてふわふわに戻っている。

 ブランケットの一枚は、いつのまにか畳んで下に敷かれていた。代わりにそこに敷いてあったマントが一着なくなっている。風除けに石を積んだ小さいかまどは炭がちらちらと赤く光っているだけで、近くには水を張った鍋が置かれている。昨日吊るして干していたはずの服は畳んで置かれていた。


「ルルさん」


 靴がない。どこかに出掛けたのだろうか。この雨の中。

 ヌーちゃんを抱き上げると、ゴロンと身を預けて小さい舌がペロペロと口周りを舐めていた。小刻みに呼吸する生き物の温かさが感じられて少しホッとする。

 絶え間なく雨音が響いているせいか、この小さな空間に取り残されているような気持ちになる。


 風除けに張ってある革布のうち、一面の片側がわずかに揺れていた。床板を降り、丸い石をごつごつと踏んでそこへ近付く。革布を捲ると、薄灰色のフィルターを掛けたような風景に絶え間なく雨が降っている。薄っすらと木々が見えるその光景のどこにも、ルルさんらしき人影はなかった。


「ルルさん」


 なんだか心細くなって、少し声を上げて革布の隙間から呼んでみる。

 すると返事があった。


「リオ!」

「ルルさん? どこ?」


 革布を張った屋根から顔を出すと、大きい雨粒が頭に垂れた。


「リオ、濡れますから中へ」


 私が向いていたのとは違う方向、左側の後方からルルさんが走ってきた。その姿を見ていると、急かされて中へと戻る。私が中へ入ったのを確認したルルさんは、もう一度外へと姿を消してしまった。

 またどこかへ行くのだろうか。

 覗いてみると、今度は右の方、2メートルほど離れた場所に置かれている鍋に手を伸ばしていた。水を溜めていたらしい。


 先程ルルさんが走ってきた方向からは、ニャニがダバダバと水を弾きながら走ってきていた。ビチャビチャに泥を弾いていて青と茶のまだら模様になっている。ニャニは私に気がついたのかますますダバダバと手足を動かしながら走ってきた。1メートルほどのところでビタッと止まり、こちらへ片手を上げる。


「こら」

「あ、ルルさん」

「風邪を引きますよ。靴も履いていないのですか?」


 目ざといルルさんが咎めるように言ったので、私はヌーちゃんを抱えたまま慌てて床板の上に戻った。ルルさんが腕を伸ばして内側に鍋を置き、それからマントを脱ぎつつ入ってくる。革で作られたマントは、テカテカに見えるほど水を吸っていた。外に向かって絞るように水を切っているその足元から、ズルズルとニャニも帰ってきた。


「すみません、リオが起きる前に戻ってこようと思ったのですが」

「どこ行ってたの?」

「舟の様子を見に川へ。それから森で少し食べ物を取っていました」


 紐で腰の辺りに結んでいた、枝付きの果実や葉物野菜を取って床へと置き、マントを端の方に吊るす。長いこと外を歩いていたらしいルルさんは、マントをかぶっていても顔や手足が濡れていた。

 タオルを渡すと、ルルさんが目を細めてお礼を言う。


「増水はそれほど酷くありませんでした。雨も弱まりそうですよ」

「うん」

「……寂しかったですか?」


 ルルさんが濡れた髪を拭きながら、顔を合わせるように屈んでそう言う。


「うん」


 青い目が瞬いて、それからまた細められる。雨でひんやりした両手で私の頬を挟み、ルルさんが私の額に口付けを落とした。目を開けると、やたらと嬉しそうな顔をしている。


「そんなに可愛いことを言わないでください」


 うんしか言ってない。

 そう反論しようと思ったら、ルルさんがもう一度、今度は鼻の上に唇を落とした。なんか恥ずかしい。


「すぐに朝食を用意しましょう。喉が乾きましたか? ちょうど湯が冷めてますよ」


 頷くと、ルルさんはかまどの隣に置かれていた鍋からカップに水を掬って渡してくれた。寝ている間、雨で冷えすぎないようにと沸かしていたお湯で、出かける前に火から下ろしておいたのだそうだ。

 新しく汲んだ水を火にかけ、テキパキと煮込んでいくルルさんはいつも通りで、ホッとした。


「……」


 たむ、と私の足の甲に手を置いたニャニもいつも通りだった。


「トイレ行ってくるね」


 ニャニをひっくり返してからルルさんに声を掛ける。するとルルさんが立ち上がってこちらを見た。


「一緒に行きましょう」

「えっ……嫌だよ……何イケメンの顔で変態的なこと言ってるの……?」

「外はかなりぬかるんでいますよ。それに、まだ食べ物を森に置いてきたので、少し作業したいですし」


 再びマントを着たルルさんによると、土砂降りのせいでこの周囲の開けた土地はかなりぬかるんでいるらしい。木々の間に入るとまだマシらしいので、そこまでは一緒に行くと言われた。そういうことか。焦った。急にルルさんが変態に目覚めたのかと思った。


「うわっ」

「滑るでしょう? しっかり掴まってください」


 スコップを手に進もうとした瞬間に転びかけた。トイレ前だというのに危ない。

 ルルさんの腕にしがみつく形で進み、木々の影に入った辺りでルルさんと別れる。


 それにしてもルルさん、さっきこのぬかるみの中で思いっきり走ってたな。体幹がやばい。

 私が呼んだから急いだのかな。

 なんか寝起きでぼーっとしたせいもあって寂しさから呼んじゃったけど、まだ森で食べ物を探してる最中だったならちょっと申し訳ないことしたな。


 私は反省しつつ雨の中で苦労してトイレを済ませ、雨でスコップと手を洗い、ルルさんがいる方向へと歩く。


「ルルさーん」

「リオ、今行きます」


 適当に呼びかけると、すぐに返事があった。ガサガサと木々をかき分けて出てきたルルさん……その手には、巨大なモモ肉が握られていた。


「お待たせしました。とりあえずこれだけ持っていきましょう」

「……うん……」


 転ばないように気を付けて、と手を伸ばすルルさんと、できるだけ距離を取りながら私は歩いた。


 モモ肉、蹄がついてるんですけど。


 この豪雨の中、私の想像を超える「食べ物を取る」をしていたらしいルルさん。

 森でどんな作業をしていたのかについては、考えないことにした。






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