お時間終了5分前のコール音が大きくてビクッてなる4
そーですか、としか言えなかった私に、ルルさんがお茶のおかわりくれた。雨でビタビタに濡れたヌーちゃんが、ゴロンと寝返りを打ってお腹に雨を受けている。
「リオ、まさかこの期に及んで私と酒を交わしたくないなどと仰るんですか?」
「いや仰ってないから。何も仰ってないからね。やっぱ急だよなと思っただけでね」
ルルさんは腰にヘリウムでも詰め込んでいるのかと思うくらいフットワークが軽い。何しろ会ってすぐに酒を交わす、つまり結婚しようぜ的なことを言っていたくらいである。何も知らず頷いた私がその意味を知ると強要するつもりはないと言っていたけれど、それから押しが強くなったし、今となってはもはや酒を交わす気しかない。本当に強要するつもりはなかったのか疑わしいほどである。まあ、いいけども。
「でも私、多分まだ誕生日来てないよ。しっかり計算してないけども」
「大丈夫ですよ、帰るやいなや酒を交わせるというわけでもありませんから」
「……さっき早く酒を交わしたいから帰りたいって言わなかった?」
憂い顔まで見せていたというのに、どういうことなの。
私が訊くと、ルルさんは微笑んだ。
「まだ酒を仕込んでもいませんから。準備は進めていましたが、帰ってから仕込むことになります」
「えっ……自家製……?」
「もちろんです。一生に一度のことですから」
当然だと言わんばかりに頷かれた。
当然なのだろうか。酒造。私全然作り方とか知らないけど、エルフから見るとかなりの世間知らずなのだろうか。いやむしろ、逆にルルさんに作れないものを教えてほしい。ないんじゃない? できないの子供産むくらいじゃない?
「そっか……」
「熟成にも時間がかかりますから、実際に行えるのは来年でしょうか。本当はもう少し寝かせた方がいいのですが、リオは人間ですから。それでもせめて一年ほどは」
「それ人間関係ある?」
「あるでしょう?」
ルルさんが首を傾げる。
「エルフ同士であれば10年20年熟成させることもありますが……」
「そんなに? 出会いが遅いとおじいちゃんおばあちゃんになっちゃわない?」
「なぜ?」
「えっ?」
なんだか会話が噛み合ってない気がする。
お互いによくわからず黙って見つめ合うことしばし、目の前のルルさんの顔がサーっと青くなった。雨雲が周囲を暗くしているけれど、それでもわかるほどに血の気が引いている。
「ルルさん、顔色悪いよ? 大丈夫?」
「…………」
ゆっくりお粥の器を置いたルルさんが、片手で顔の下半分を覆ってしまう。けれど青い目が明らかに泳いでいるし、口元を覆った手も白い。心なしか体もフラフラしていて、私は俯いたルルさんに思わずにじり寄った。
「ルルさん、気持ち悪い? 横になる?」
急に具合が悪くなったのかと心配していると、ルルさんはゆっくりと首を横に振る。
そっと額に触れてみたけれど、熱はない。低すぎるということもないと思う。雨で冷え過ぎたのかと腕にも触れたけれどそんな感じもなかった。
貧血なら倒れないうちに横になった方がいいけれど、ルルさんはそうするつもりはないようだ。空いている手で私の手を握って、しばらく沈黙が続く。
「リオ」
「なに?」
「リオはエルフを知っているのだと思っていました」
「え、大体知ってると思うけど」
目の前にいるルルさんがそもそもエルフだし、ルイドー君やフィデジアさんたちだってそうだ。流石に地球で出会ったことはないけれども。
「……では、エルフと人間の違いは?」
「エルフの人は耳がとんがってる」
ルルさんは黙ったまま、私を見つめている。それだけでは足りないのだろうか。
「えーっと、エルフの人は金髪で目も青いよね。あとものすごい良識的な判断をする人たちな感じ。その他は……ちょっと背が高い?」
「他に大きな違いは?」
「えっ大きな……? 耳がいい? 目もいいよね? 違う?」
私が答えていくたびに、ルルさんの顔が段々と暗くなっていく。なぜ。
他にも力が強いとか、信心深いとか色々言ってみたけれど、ルルさんは頭を振るだけだった。
「えっわかんないごめん。何? なんか大事なこと」
「……私は、リオも当然知っているものだと思っていました。エルフのことを知っていると言っていたので」
ルルさんの声にいつもの覇気がない。そして語尾に深く長い溜息が付属していた。
「何?! 大事なことだったら教えて?!」
「……知っても今と変わらず私を想ってくれると誓っていただけますか?」
「えっ、うん……たぶん……?」
ルルさんは多分、と繰り返すように呟いてから、一度目を伏せ、それから私を見た。
「リオ、エルフと人間の一番の違いは、寿命です」
「寿命」
「エルフは、人間のおよそ10倍ほど長生きします」
じっとこちらを窺うルルさんと、またしばらく無言で見つめ合う。
10倍。
「……ええええええー!!!」
絶え間ない雨音をかき消すほどの驚きが、稲妻のように私を駆け抜けた。




