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お時間終了5分前のコール音が大きくてビクッてなる1

「大お母さんのクッキー美味し……美味……固っ」


 一口目は、いうなれば冷凍してしまった板チョコを三枚ほど重ねたような噛みごこち。大きめサイズなクッキーというのもあって最初のひと噛みがかなり大変である。しかし顎の筋肉をフル活用して食べていくと、ザクザクしたナッツの香ばしさとほんのり感じる甘さが絶妙に美味しかった。大お母さん、クッキー作り上手だったなあ。


「リオ、あまり食べ過ぎると食事が入らなくなります」

「あと一個だけ」


 だんだんこの固さも癖になってくるのがすごい。ルルさんに小学生にするような注意をされながらもクッキーを3つつまみ、袋の紐を締めた。ひとつはルルさんに、ひとつはつい10分ほど前いきなり鮭のように跳ねて舟に乗ってきたニャニにあげた。あの時は心臓が止まるかと思ったけれど、ニャニは仰向けで反省していたので許した。

 ちなみにヌーちゃんは先ほどあげたものを抱えてカリカリ食べている。


「はいニャニ。固いから気をつけてね」


 ゆっくり開けた口の中にクッキーを放り込むと、ニャニはゆっくり閉じた。牙と牙が噛み合うと、ゴリゴリとクッキーの砕ける音がする。なんとなく見ていると、ニャニがそのまままた口を大きく開けた。3つに砕けた欠片が、薄ピンク色の健康そうな舌の上に転がっている。


「え、何で近寄ってくるの? いや、いらないから。自分で食べて」


 口を開けたままジリジリと寄ってきたので、思わず手で上顎を押えてゴミ箱のフタを閉じるようにバタンとニャニの口を閉めてしまった。

 口を閉じられたまましばらく動きが止まってしまったニャニは、数分後ゆっくりとクッキーを飲み込むと、これまたゆっくりした動きで向きを変える。そして舟の横側に短い手足を掛けたかと思うと、ズル……ボチャ……とそのまま川へ落ちてしまった。


「あ、なんかごめん。でもクッキーは砕いてくれなくていいから。クッキーじゃなくても砕いてくれなくていいからねー」


 プクプクと小さい泡を出しつつ沈んでいくニャニに声を掛けておいた。

 川の流れに乗る舟から、青い体が遠ざかっていく。

 まあ、水温も冷たくはなさそうだし、そのうち戻ってくるだろう。神獣だし、ニャニだし。


「リオ、あまり身を乗り出さないでください」

「うん」


 水面に指を入れた私を、ルルさんが目ざとく咎めた。また勝手にどっかに流されないように、ルルさんは私にくれぐれも水に落ちないようにと厳命しているのである。

 どっちかというと泳げないルルさんの方が落ちたときに危険だと思うので、私はルルさんにも充分に注意してほしかった。


 さほど大きくはない舟の上で、私は前の方に座り、ルルさんは後ろの方で立っている。物干し竿のような長い棒を持って、川の流れで舟が斜めになったりしないように舵をとってくれていた。


 時折日差しはあるものの、川があるせいか涼しくて過ごしやすい。酔ったらどうしようと心配もしていたけれど、流れが緩やかでそんな心配もなさそうだった。


「舟が留められそうなところがあれば、今日は早めに降りましょうか」

「うん、いよいよ野宿だね!」

「それほど喜んで貰えるようなものではないかもしれませんが、初日ですから準備も念入りにしましょう」


 準備っていっても、テント用の革布もあるし、ブランケットもあるし、みんなで作ったフコの保存食やハチさんの干し肉もあるのでそれほど大変ではない気がする。

 気軽に考えている私とは反対に、ルルさんはあれこれ心配しているようだ。私が「野宿したことないから楽しみ」と言ったせいかもしれない。

 私としてはルルさんがいるし何とかなるだろ的な気分で言ったのだけれど、ルルさんは私が野宿をあなどっているように見えたのだろうか。別に野宿に夢を見ているわけではないのでそれほど心配はしないでいただきたい。


 川縁に生えた丈夫そうな木に舟を結び、ルルさんが私を抱っこするように下ろした。そしてテキパキと石と木を集めて川から数メートルの場所で焚き火をはじめ、鍋を置いてその前に私を座らせる。


「リオは湯を見張っていてください。沸いてきたら、大匙でこっちに少しずつ混ぜて粉を捏ねます。お湯は熱いですから火傷しないように。薪は足さないで。吹きこぼれそうになったり、火加減がおかしくなったら呼んでください。水辺には行かないように」


 ルルさんが頼んでくれる仕事のお膳立てしてます感がすごい。ルルさんはクッキーを抱えるヌーちゃんにも「リオを頼みます」と真面目な顔をして頼んでから、テントの組み立てに取り掛かっていた。

 まあ、私は焚き火のやり方もテントの組み立て方もわからないので、とりあえずルルさんの言う通りにしようと頷いた。これから少しずつ手伝えるようになろう。


 パチパチ鳴る火を見つめながらお湯が沸くのを待ち、沸いたら木のスプーンで少しずつ掬ってボウルに入れた粉にお湯を落とす。火傷しないようにそっと捏ねては、ルルさんの掛ける心配の声に大丈夫だと返した。


 なんか、平和だな。


 旅というから、割と波乱万丈だったりするのかと思ったけれど、そうでもない。まだ初日だし、ルルさんの準備もぬかりないのでそう思うだけかもしれないけれど。

 こう平和だと、なんだかただの旅行のように感じる。ルルさんとあれこれあった後なので、二人きりでいるのもなんだかちょっと照れくさい。


 沈黙が気まずくなったりしたらどうしようと思っていると、目の前の川から勢いよくワニが飛び出してきた。


「わー!!!」


 ワニ、いやニャニである。舟に乗ってきたときといい、人を驚かさないと登場できなくなってしまったのだろうか。それはかなり深刻な問題である。


「もーニャニ、静かに来ればナニソレ」


 ダバダバと走ってきたニャニは、ビタンビタンと暴れる魚を咥えていた。

 シャケ。いや、ブリ。ブリみたいなのを咥えている。


「いや……ほんと何それ……うわなんでこっちに置くの?!」


 ドン引きしていると、歩いてきたニャニが私の足元にそれを転がした。まだビッタンビッタン跳ねているので、慌てて逃げる。


「ああ、神獣ニャニが夕食を獲ってきてくれましたね。リオ、今日は魚にしましょう」

「この状況見て言うこと、魚にしましょうじゃなくない?」


 テントを張り終えたルルさんが、朗らかな笑顔でニャニを褒めた。ニャニ本人もニタァ……と口を開け得意げに見える。

 これが野宿か……。


 ちなみに魚はルルさんにサクサク捌かれ、無事焼き魚に変身した。

 美味しかった。






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