時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる29
よくおもちゃを買ってほしい子供とか、去りたくないニャニとかがビタンビタンしているけれど、実際やってみるとビタンビタンはかなり体力を使う。特に相手がそれをものともしない腕力の持ち主だと。
腕から抜け出せないか試みた私は早々に諦めた。
「ルルさん……忍者……?」
ゼーハーいいながらの私の言葉にも、ルルさんは反応しない。ただ私を抱きしめているだけだ。
「ルルさん、暑い。ちょっと離れて」
「……」
「いや聞いて。聞いて私の話。私の暑さ」
何これイジメ?
ルルさんは私の言葉に何も反応せず、バシバシと背中を叩いてみても反応せず、腕の中から抜け出そうとすると阻止するだけだった。
恥ずかしさ1と暴れた暑さ9でもはや汗が出ているので早急に解放してほしいのに。
「ルルさん、マジでちょっとどいて。暑い。離れて。忍者。死にそう」
ルルさん、鍛えているからかなんか体温が高いのである。
このままだと茹だりそうで必死な私の声が届いたのか、ルルさんはようやく腕を緩めてくれた。離れただけで若干涼しい。
「……なんでそんなすごい笑ってるの?」
人が汗だくになっていたというのに、ルルさんはかつてないほど満面の笑みだった。眩しい。イケメンの笑顔眩しい。眉尻が下がって緩んだ感じの笑顔眩しい。
至近距離で見るにはちょっと眩しすぎるので後退しようと思ったら、ルルさんに両手で頬を包まれた。ルルさん手がめっちゃ熱い。
「リオ」
「なんですかルルさん」
「もう一度私を好きだと言ってください」
「い、い、言えるかー!」
ここでスパーンと腕をはたき落とし、ドーンと本体も突き放して逃げられたらよかった。けれど私の腕力程度、ルルさんにとってはカナブンの突進と同じレベルである。私の物理的抗議は全く意識されず、ルルさんはキラキラ光る青い目を細めながら、そっと顔を近付けてきた。
「……ちょっと待ってちょっと待って!!」
渾身の抵抗のお陰で、ルルさんの唇が私の唇の右上に不時着する。
えっ待って。今そんな雰囲気だった? 今そういう状況だったの?
「なんで今それしようとした?!」
「すみません、浮かれて」
「なんで浮かれた?!」
「リオが私を好きと言ったので」
「なんで部屋出るって嘘言った?!?」
「言ってません」
落ち着いてくださいとルルさんは言ったけれど、無茶言わないでほしい。至近距離でニコニコ見つめられながら落ち着けるような肝があったら、私はもっと大成していた。
手を離してほしいと言ってもルルさんは微笑むだけなので、私はルルさんの目を自分の手で覆い、そして自分も目を瞑ることによって心を落ち着かせようと試みたのだった。
深呼吸大事。なんかこの部屋空気薄い気がする。
「ルルさん、ちょっと距離取らない?」
「リオがもう一度私を愛してると言ってくれるなら」
「言ってない、それは一度も言ってない」
無意識に五七五のリズムを踏んでしまったではないか。しかたない、動揺したら出たんだよ。捏造はやめてほしいの本当に。ルルさんのグイグイ具合はなんなのか。
「もう抱きしめてもいいですか?」
「この状況で良いっていうと思う? 逆に? どうしちゃったのルルさん、あなたに何が起こっているの」
暑いとパソコンの動作がおかしくなるように、ルルさんの挙動にも不具合が出てしまったのだろうか。
「すみません。浮かれてしまっていますね」
「う、浮かれてる……?」
「リオが好きと言ってくれたので」
それはもう忘れてほしい頼むから。一旦でいいから。しっかりルルさんの目を手で覆いつつ、私は平静を取り戻そうと再び深呼吸を繰り返した。
「ルルさん、浮かれるんだね……ていうか、どうせルルさんのことだから、リオの気持ちなど知ってましたよドッヤァ〜ってすると思ったのに」
「ドッヤーが何かはわかりませんが、リオは私の気持ちをあまり信用できていないようでしたので。好意でなく仕事の一環なのではと」
「うっ……」
「自分の気持ちについても『親切を勘違いしている』だとか『一番身近にいたから』とかの名目で無意識に否定するのではないかと」
一緒にいただけあってルルさんの考察が鋭すぎる。そして私の恋愛に対する逃げ腰が暴かれてもう今この瞬間に逃げ出したい。逃げ出して遠くへ行きたいどこへでも。
「それなのにきちんと自覚して、しかも口に出してくれたのが嬉しくて」
「そ、そうですか」
「どうかもう一度言ってくれませんか?」
「そ、それはちょっと」
「リオ」
ルルさんの片手が私の頬から離れて、そっと目を覆っている私の手を掴んだ。そのままゆっくりと腕を引っ張り、もう片方の手が私の背中に回る。
「リオ、私はあなたが好きです」
「うう……」
「リオ」
ルルさんの、色気攻撃、勝てないな。
好きな相手にこんな感じで懇願されて勝てる人間がいたら教えてほしい。私は惨敗した。




