時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる21
ルルさんの無事な姿を見たこともあってか、私はそのままウトウトしてしまったらしい。
寝てたら体がビクッとなるあれで起きたときには、いつの間にか私は暖炉のあるダイニングからいつも寝ているベッドの上へと移動していた。
「あれ……あれ?」
訂正。
ベッドの上に座るルルさんの上へと移動していた。
ちょっと待ってどういうこと。
壁際に置かれたベッド。その上でルルさんが壁を背にして、右足を立てて座っている。それを背凭れがわりにして、ルルさんの伸ばしている左足に腰掛けるようにして寝ていた。頭はもちろんルルさんの上半身に支えてもらっている状態である。
「起きてしまいましたか?」
「うん……いや、うん……」
そっと囁いたルルさんが当然のような顔をしているのでつい流されそうになったけれど、いやこの体勢明らかに普通ではないでしょ。
せめてルルさんの足が痺れないようにどこうと思ったら、ルルさんの腕がお腹のあたりに巻きついているので全然起き上がれなかった。踏ん張ろうとしてもがっちり固定されていて私の手足が負ける。もがいている私を何と勘違いしたのか、床にいるニャニが片手を上げてきた。いや挨拶じゃないから。
「ちょ……ルルさん、とりあえず離してくれる?」
「嫌です」
「イヤです?!」
「リオがまたどこかへ行ってしまわないか、不安なのです。どうか私を安心させていてくださいませんか?」
そう言われると、反論しにくい。
抵抗をやめると、ルルさんの腕が元の体勢に戻るように動き、それから私の頭を自分の鎖骨あたりに凭せ掛けた。振動が伝わってきて、ルルさんが大きく息を吐いたのがわかる。
「靴を」
「ん?」
「失くされたのですか? 変わったものをお召しでしたが」
「あ、そうそう。川原で片方だけ気付いたらなかったの。奥神殿のとこで浮いてたらいいけど」
「傷が」
「もうカサブタだけどね」
ルルさんは私の脛をそっと指でなぞった。そこにあるのは多分、森を歩いたときに草で切ったかなんかした切り傷である。どれも小さいものなのに、ルルさんはロウソクひとつの灯りで見えているようだ。
確かめるように触れるのはいいけど、あんまり足首辺りを引き寄せないでほしい。私のストレッチパワーはそんなにないので地味に痛い。
私はルルさんの手から自分の足をそっと取り上げつつ話題の矛先を変えた。
「ルルさんはケガない? ちょっと痩せたみたいだけど」
「何ともありません。私は元々丈夫ですから」
「よかったねえ」
流れ着くまでの数日、ルルさんがどういう状況だったのかはわからないけれど、仮に私みたいに体力が心もとなかったらもっと衰弱していたかもしれない。ルルさんが頑丈で強くてよかった。
まだ夜明けには遠いらしく、ルルさんと私はポツポツ話をする。
アメジスト色の崖がある川の話、ニャニがあったかバリアーを張った話、ハチさんに出会ったときの話、子ネコ三兄弟のお茶汲みが可愛い話。ニャニがブローチとルルさんを見つけた話に、フコを取りに行った話。
ルルさんは概ねにこやかに私の話を聞いていてくれたけれど、流れでオオカミのことも知られてしまったときにはこの上なく顰めっ面に変わった。
「リオ……。神獣ニャニがいるとはいえ、そのような無防備な状況に自ら身を投じるとは」
「いやだって、オオカミいるとか知らなかったし!」
「オオカミがいなくとも、森には獣がいるものでしょう」
冷静に考えたらそうかもしれないんだけど、いかんせん森に縁がない人生すぎた。
確かにニャニが追い払ってくれたからよかったものの、私はハチさんのように森での狩りに慣れているわけでもなく、子ネコたちのように速く走れもしない。持ち物は着替えとタオルだけというのは確かに森に入るにはよくなかったかもしれない。
「これから気をつけます」
「ええ、私がいるからには二度とそのような状況は許しません」
「ゆっ……」
私がいきなりビクーッとなったので、ルルさんが不審そうに「どうかしましたか」と尋ねてきた。
そういえば。
すっかり忘れていたけど、ルルさん、うわ言で「許さない」って言ってたんだよね……
ルルさんは川原で引っ張り上げられ咳き込んだことも、村長宅で私の手を握ってうわ言を呟いたことも、ついでに川原で私にしがみついたこともよく覚えていないらしい。
意識がはっきりしない状態だったのだろう。
だから、あの「ゆ……」発言も、特に意味のないことだった可能性だって充分ある。
神様に対して私のとこに連れて行かないと怒るぞ的なことを言っていたから、神様に対しての「許さない」だったかも。私の手首を掴んだのは、たまたまで。うん。そう。
私がそう言い聞かせていると、ルルさんが背中を撫でながら顔を覗き込んだ。
「リオ、何か思うことがあるなら、言ってみてください」
再会してからのルルさんは、まだ体力が万全ではないからかちょっとだけ普段よりも大人しい感じがするけれど、優しいところはいつもと同じである。
そのルルさんに心配そうにされると、何でもないと誤魔化すのも心苦しい。
もし私に怒っていたとしても、ちゃんと無意識に擦り込むように謝っておいたし。
私は勇気を持って、ルルさんの顔を見た。
「あの……ルルさん、怒ってる?」
「怒る? どうしてですか?」
「いや、怒ってないんだったら全然いいんだけどね、あのね」
怒ってないなら気にしないでオーラを最大限に出しつつ、私はルルさんが覚えていない出来事を話した。
黙って聞いていたルルさんは、私が話し終わると「ああ……」と相槌を打つ。
ああって何。ああって何ですか。
戦々恐々と様子を窺っていると、ルルさんが私をじっと見つめながら微笑む。
「ええ、怒っていましたね」
アカン、死ぬ。
助けを求めて視線をニャニに移すも、ニャニは片手を上げたのみで、いつのまにか移動したヌーちゃんを頭に乗せたままススススと後退しながら棚の影に消えていった。
う、う、う、裏切り者ー!!




