時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる20
「ルルさん待ってこのクマさんはねハチさんっていってクマなんだけどハチさんはいい人で助けてくれたクマさんはハチだけどクマさん優しい食べちゃダメ」
「リオ、落ち着いてください」
説明しようとして混乱した私を、ルルさんが慰める。いやだってルルさん、今完全にハンターの目してたもん。ちょっとお腹鳴ってるの聞こえたもん。
「あのほら、ハチさんはラーラーの民なの」
「ラーラー? ああ、なるほど」
ルルさんは状況を把握したらしく、鞘を掴む手の力を緩めた。よかった。
ハチさんの勧めで、私たちは家の中へと入る。消えてしまった暖炉の火を再び熾し、ハチさんは水の残りを鍋に入れる。
「リオ、食べ物ある。ハチ、寝る。エルフ、村長のところで寝る」
「ありがとう、起こしちゃってごめんね。おやすみなさい」
つぶらなおめめをしょぼしょぼさせたハチさんは、適当に食べ物の棚を指してからのそのそと部屋に戻っていった。いつも早起きなので眠い時間なのだろう。
ルルさんに座るよう促してから、私は湧いたお湯をカップに入れてとりあえずクッキーとジャーキーと一緒に出す。
「固いの、食べないほうがいいかな? 村長さんのところに多分フコの実があるけど取ってくる?」
「いえ、夜歩きは危険ですから」
ルルさんはカップのお湯をゆっくり飲み干すと、ジャーキーを食べ始めた。固いけれどバキバキと噛む音が聞こえてくるので、胃はともかく顎の力は衰えていないようだ。
ルルさんはゆっくりだけれど食べる手を止めないところを見ると、やはりお腹が空いてるようだ。だったらちゃんとした食べ物のほうがいいかな、と私は棚を探し、ちょっと固いパンとものすごい固いチーズを発見した。あぶってトーストにできそうだ。
スライスしたチーズを乗せたパンをとりあえず2枚作って、フライパンに乗せて火の近くに置いておく。ついでにパンの端の固いところをニャニにあげていると、しゃっとヌーちゃんが袖から出てきた。ヌーちゃんには木の実をあげる。
さながら夜食大会だな、と思いながら木の実の殻を剥いていると、テーブルの向かいでルルさんがじっと私を見ていた。
「あ、ルルさんも食べる? トーストもうちょっとかかるかも」
「随分と慣れていますね」
「え、何が?」
明かりがロウソクひとつの中での夜食タイムなので、揺らめきに合わせてルルさんの顔が翳るように見える。
「ここの暮らしにです」
「ああ、うん。流れ着いてからずっとお世話になってるから、ちょっとは」
元々、日本ではアパートで一人暮らしをしていた。生活費を切り詰めるためにも自炊生活をしていたので、最低限の料理スキルは身に付いているのだ。この世界に来てからはずっと料理せず暮らしていた上に、流石に暖炉調理はしたことなかったこともあって最初は失敗もしたけども。
「ここで何日暮らしていたのですか?」
「えーっと……4日? 5日? くらい? 渡り廊下にいたのが夕方で、ここで気付いたのが夜だったから、当日に流れ着いたのかそうじゃないのかはわからないけど」
何せ神様パワーで大陸を渡ってしまったくらいである。私が溺れて気を失っている間に数日過ぎている可能性はあるけれど、それについては分からなかった。
「ルルさんは私がいなくなってから何日目に来たの?」
私が問うと、ルルさんは少し考えてから口を開いた。
「私は、リオが飛び込む姿を追いかけてそのままあの場で飛び降りました」
「えっ?! ていうかほんとに飛び込んだの?! 死ぬかもしれないのに!」
「もしリオがシーリースへと辿り着いてしまえば、かなり危険だからです」
いやいや、人の命の心配するよりも自分の命の心配をしてほしい。でもルルさんならやりかねないというか実際やったので、私の目論見が甘かったというべきか。
しかし、ルルさんが私のすぐあとに飛び込んだのであれば、もしかして数日水の中で彷徨っていたということだろうか。それはそれで怖いし、逆に生きている理由もかなり不思議だ。どうやって生き延びたのか訊くと、ルルさんは覚えていないと首を振った。
「リオが水に飛び込んですぐ、泉全体に不思議な力の揺らめきを感じました。そこへ目掛けて落ち強い衝撃があったような感じは覚えていますが、周囲がどういう状況なのかまではわかりませんでした」
「えええ……いやよく生きてたよね……てかよく流れ着いたね……」
「私の強い願いを神がお聞き届けくださったのかもしれませんね」
「私に付いていけますようにって?」
「はい。どうぞリオのお側に、それが叶わぬのならどんなことをしてもリオを取り戻します。たとえ我が命が尽きようとも、全ての命を屠ろうとも、と。そればかり願っていました」
それは願い事というか、もはや呪いでは……?
怖い。
多分神様も怖かったんだろうなあ。
「ま、まあ数日経っても無事だったのは良かったよね。会えたのも嬉しいし」
「はい」
焼き目のついたトーストをルルさんに差し出しながら、私は聞かなかったことにした。ルルさんがお礼を言って、サクサクと食べ始める。ヌーちゃんが物欲しそうにルルさんに縋り付いていた。
頬杖をつきながら、ルルさんがパンのかけらをヌーちゃんに分けるのを眺める。
意識がないところを見ているのは不安でしょうがなかったけれど、見たところ体調は悪くなさそうだ。やっぱり少し痩せたように見えるけれど食欲もあるようだし、受け答えもしっかりしている。
どんな念だったにしろ、ルルさんがこうして無事だったのだから良かった。
私は居酒屋好きの神様を思い出し、心から感謝した。




