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歌ってる途中でドリンクは勘弁してください9

「ルルさんや」

「はい」

「ワニじゃないニャニの他に危険な……いや、生き物はこの神殿にいないでしょうな」


 夕食時の団欒に何食わぬ顔で参加しようとしたニャニをルルさんに追い払ってもらってから、ちっちゃい器で食後のお茶を飲みながら尋ねる。いつも最後に出るこのお茶、プーアル茶っぽい味でおいしい。色は黄色だけど。


「生き物は他にもいますが、神殿内を行き来するものはニャニと、あとはバクくらいでしょうか」

「それはどういう感じの獰猛な見た目なの?」


 ルルさんが少し可笑しそうに片目を細めた。


「私の知る限り、バクはとても女性に人気ですよ」

「そうなの? もこもこしてるの?」

「もこもこ……というよりは、ふわふわでしょうか。小さくて丸っこい神獣ですね」

「それも神獣なんだ」

「ええ、神獣ではない生き物でしたら、厩舎に繋がれています。主に移動用に使う動物ですね」

「移動用って馬とか?」

「馬もいますよ。見たいですか?」

「見たい見たい」


 繋がれているのであれば安全なはずだ。神獣バクはかわいいっぽいし、ニャニより見た目がアレな生き物はいなさそうでよかった。

 動物園でぼーっと生き物を見るのが好きだったので、馬を見れるのは嬉しい。撫でさせてくれるだろうか。人参とかあげたい。異世界の馬が人参食べるかわかんないけど。てか人参あるのかな。根菜は料理にあったけど。


「では明日は厩舎を見に行きましょう。他にどこか見たいところは?」

「えーっと……他に何があるかわかんないからなぁ……」

「やりたいことや、欲しいことでもいいですよ。何でも言ってみてください」


 小さくて白いお茶の器を大きい手の中で揺らしながら、ルルさんが私の向かいで微笑んだ。イケメン超イケメン。乙女ゲーのスチルである場面やこれ。見つめていると、ルルさんがポットを手にとってお茶を注いでくれた。おかわりをねだっているように見えたようだ。


「そういえばルルさん、なんで急に案内してくれるようになったの?」

「ご迷惑でしたか?」

「ううん全然。楽しかったけども」


 今まで朝起きてご飯食べて奥神殿行ってお昼食べに戻って奥神殿行って夕食食べて風呂入って寝るというスケジュールで過ごしてきたので、今日はそのルーティーンを崩した初めての日なのだ。

 昨日もルルさんに特に変わった様子はなかったので、今日も同じように過ごすものだと思っていた。


「そうですね、まず昼に説明した通り、リオによる日々の祈りでかなり国が潤ったため、少しお休みいただきたいと思った理由がひとつ」

「この国基準だとちょっと働き過ぎてたみたいだもんね」

「ちょっと、という形容詞はどうかと思いますが」


 ルルさんが上司だと会社がホワイトになりそう。まあ私の働いていた会社はホワイトを飛び越して透明度100%になっちゃったみたいですけども。


「リオに、もっとここのことを知ってもらいたいと思ったのです」


 器のフチを親指でなぞりながら、ルルさんがそう続けた。


「あなたが救ってくれたこの世界や、美しい姿を取り戻したこの国を見ていただきたくて」

「なるほど」

「リオは歌うことが好きなのですね」

「え?! う、うん、結構好きかな」


 唐突に私の方を向いたルルさんが、唐突に質問した。

 結構というか、かなり好きだ。上手かどうかと言われるとかなり自信がないけど、歌うのは好き。好きなだけ歌って暮らしたいと思っていたので、今の生活はほぼほぼ夢が叶っている状態である。まあ、3ヶ月毎日歌っても歌い足りないほど好きとは流石に自分でも思ってなかったけど。


 祈りとか歌についてルルさんと話したことはないのに、ルルさんにもそれは伝わっていたらしい。そりゃそうか。ルルさんは私が散歩行く犬みたいな顔で奥神殿行くのを見ていたのだものな。


「歌うことと同じくらい、ここのことも好きになってくれたらいいなと思いました。だから、神殿やこの国や、もちろん私のことも知ってほしいのです」

「そ、そうですか」


 ルルさんが青い目を細めて笑う。私は不覚にも照れて顔を俯けてしまった。

 今なんで「私のことも」って付け足したし。このイケメン、もしかして女たらしなのでは……? それとも普通なの? 異世界はどちらかというとイタリア系なの?

 疑念とともにお茶を喉に流し込む。おかわりは流石に断った。


「ですから、リオの好きなことも教えてください。やりたいことも」

「私の好きなことかー」

「歌以外で」

「歌以外でかー……」


 会社と家の往復生活の後遺症のせいか、好きなこととかとっさに浮かばないな。美味しいご飯をお腹いっぱい食べるは既に達成してるし、毎晩しっかり睡眠を摂るも実践している。


「あ、お風呂」

「もうすぐ準備ができると思いますが」

「いやそうじゃなくて、お風呂にゆっくり入りたい。昼間に」

「昼間にですか」


 夕食からしばらくするとお風呂に入るのは毎日の習慣だけど、せっかく会社勤めを卒業したのだから昼間っから風呂に入るという贅沢を楽しみたい。ここのお風呂広いのである。


「あのお風呂場、天井から日光入るよね? 夜だから暗いけど」

「ええ、おそらくは」


 お風呂場、壁はここと同じような大理石っぽい壁だけど、天井はドーム型のガラスで覆われているのだ。掃除が大変そうだけどどうやってるのか結構綺麗なので、昼間入ると気持ち良さそうだなと思っていた。

 朝っぱらから思いっきり歌って風呂。天国かな。


「ダメかな? 夜はお風呂なしでいいから」

「何度入っても構いませんよ。準備に時間がかかりますから、前日までにおっしゃっていただければ用意するよう申し付けておきます」

「やった。じゃあ明日はお風呂行ってから動物見に行く……いや動物見てからお風呂の方がいいかな。汚れたらアレですしね」

「ではそのように」


 予定が入ると急に日常にハリが出る気がする。

 今日は色々知らなかったことを知れて驚いたり落ち込んだりしたけど、楽しかった。ニャニはちょっと好きそうにはなれないけど、巫女さんや厨房のみなさんのことはもう好きになった。もちろんルルさんも。いや、人として。他意はなく。

 ちょっと世界が広くなったような感じだ。明日もちょっと広くなって、この世界のことをもっと知っていけるといい。


「そろそろご入浴に向かわれますか」

「そうだね。用意してくる」

「終わったら喉を診せてください。今日は早めにお休みになるといいかと」

「今日は喉全然元気だから何もしなくて大丈夫だと思う! 全然歌ってないも同然だし! すんごい元気だから!」

「しかし、痛めていたら」

「平気ッス! ほんとに!」


 ルルさんは疑わしげにしていたが、私は押し切った。

 毎日の酷使で喉が痛まないようにしてくれるのは助かるけれど、アレ、かなり恥ずかしいのである。避けられるなら避けたいくらいである。


「……では、明日にしましょうか」

「うん……明日もし喉痛かったらお願いします」

「痛くなくても診ます」

「うっ」


 まあ、1日だけでも回避できたことを喜ぼう。

 返事を避けて、私はそそくさと着替えを取りに行くことにした。

 明日のことは、きっと明日の私がどうにかしてくれるはずだ。






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