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時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる19

 キッ、と小さく鳴く音で目が覚めた。

 早く寝過ぎたらしい。窓の隙間はまだ暗く、消し忘れていた太く大きいロウソクだけが明るい。

 丸っこい体をさらに丸めて身繕いをしていたヌーちゃんは、後ろ足で首のあたりをカカカカカと掻いたあと、ブルッと体を震わせてから私を見つめた。もう一度キッと鳴いてから、ポテッと枕の隣に横たわる。

 フコフコと寝息が聞こえてくるまでそれを撫でてから寝返りを打つと、部屋の中央に白っぽいものが横たわっていてウワッと声が出た。


「……ニャニ、何してんの?」


 水色のお腹を見えるように仰向けで横たわっているニャニ。濃い青色の姿を見慣れているので、なんか顔色悪そうに見える。

 私の声に反応して、片手がゆっくり空気を漕いだ。


「起きられないの?」


 ベッドから下りて、仰向けニャニに近付く。背中側のゴツゴツした鱗とは違って、お腹側は平べったく四角いタイルのように鱗が並んでいる。よく見ると前脚は指が長く人間の手に近い形をしていたけれど、後脚は指が短くてこれまた人間の足の裏みたいな形をしている。

 じっと動かないニャニを観察していると、カフーと息を吐く音が聞こえてきた。


「起きれないの? 一回どこかに移動してみたらいいんじゃない?」


 普段うつ伏せになって暮らしている生き物なので、頭に血が上ったりすると大変だ。仰向けになっただけで血が上るかわからないけれど。

 ちょっと迷ったもののこのままニャニ皮製品になっても困るので、手前側の背中に手を入れて転がそうとする。どっちかというと平たい生き物なのでその状態で若干床を滑ったものの、うまいこと反対側にある手足を縮めたニャニはくるんとひっくり返っていつもの状態に戻った。


 普段なら片手をあげてニタァするところなのに、伏せたままのニャニはじっと私を見上げている。


「ニャニ、もしかしてしょんぼりしてんの?」


 歌は聞かないでと言ったにもかかわらず聞いていたニャニを、私は昨日あのあと夕食の時も寝る前もスルーして寝てしまった。

 まあどっちかというと眠気に支配され過ぎて寝ること以外意識になかったというのが主な原因なんだけど、ニャニは私が怒っていると思っていたかもしれない。部屋に入るときもニャニを待たずにドア閉めちゃったしな。


「怒ってないよ。もう盗み聞きしてほしくないけども」


 ドアを閉めたのは、そもそもニャニは締め出されようが神獣の能力で入ってくるだろうと思っていたからである。実際ここにいるということはそうしたのだろうし。

 歌を聞いていたのもアレだけど、子ネコたちも聞いていたわけで。子ネコたちを許しちゃった手前、ニャニだけ許さないわけにはいかないし。


 ゴツゴツした背中を撫でると、ニャニがようやくニタァ……と口を開けた。

 しばらくその状態で撫でられていたニャニは、バクンと音を立てて口を閉じたかと思うとゆっくりと歩き出し、床に並べていた靴がわりの革袋を鼻先で私の足元へと押しやる。


「え、何?」


 片手を上げてから、ニャニはさらに方向転換をしてドアの方へと向かった。開けろというようにごすんごすんと鼻先をぶつけている。


「いやニャニ、夜だから静かに、わかったから」


 中敷きを入れて革袋を履き、ロウソクを持って戸を開ける。このロウソク、重くて持ち運びには向かないのだけれど、暗いので持っていかないと歩けないのだ。

 ニャニがズルズルと向かっているのは玄関である。時折顔を上げて私を見ているので、ただ外に出たいというよりも私をついて来させようとしているようだった。


 引き戸を開けて、外に出る。

 外は思っていたよりも暗くはなかった。月ほどの大きさではないけれど、その三分の一くらいのサイズの大きな星っぽいものが2つ煌々と光っていて、重いロウソクを地面に置いて離れてみてもぼんやりと物の輪郭がわかる。川原で目が覚めたときは真っ暗に感じたけれど、今夜はタイミングが良かったのかもしれない。


 寝間着がわりのインナー姿だけれど、風がないせいかニャニから離れてみても寒さは感じない。みんな寝静まっているのか、とても静かだった。


「ニャニ、あんまり遠くにはいかないよ」


 散歩したそうに歩いてはこちらを振り返っていたニャニにそう声を掛けると、立ち止まって数秒固まっていたニャニがダバダバと駆け出してしまった。


 追いかけるべきか。でもロウソク持っていくのは重くて腕がだるいし、ここにロウソクを置きっぱなしなのも火の用心的に良くなさそう。消すと家の中が暗くて歩けないし。


 先帰って寝ていいかな、と思いながらしばらくニャニが戻ってこないか待っていると、ジャリ、ジャリと土を踏みしめる音が聞こえた。

 えっ怖い。


 星明かりは真っ暗よりはマシくらいのレベルなので、何がいるのか判別できない。ニャニの尻尾を引きずる足音ではないし、オオカミでもなさそうだけども。

 ビビりながら音のする方を見ていると、「リオ」と声が聞こえた。


「ルルさん?」

「リオ」


 ルルさんがもう一度、しっかりと私の名前を呼ぶ。

 間違いなくルルさんだ。目が覚めたのか。

 喜びとともに音の方へ歩き出して、ルルさんの姿が見えたところで私はヒッと立ち止まってしまった。


「うわ怖っ」


 思わずそう漏らしてしまった私を誰が責められようか。


 白っぽい服のせいでぼんやりと浮かぶ姿は揺らめくように歩き、顔色が悪いせいか暗い中で変に陰影が付いているように見える。極め付けには左手に剣を下げているところだ。鞘を握っているのだろうけれど、それがまためっちゃ怖い。

 敵に殺された騎士の霊が怨みの一念で夜中に徘徊している感がこんなに出てる人、私はこの先の人生でも見ることはないだろう。


 裸足で逃げ出したいレベルだったけれど、その怨霊がどう見てもルルさんなので逃げ出すわけにもいかない。心の中で震え上がりつつ立って待っていると、ルルさんが私に近付いて、それからぎゅっと抱きしめた。

 くっつくと、普通のルルさんだという実感が湧いてきた。腕の強さも温かさも、ちゃんと生きている人のものだ。


「リオ……ようやく、見つけました」

「ルルさん」

「ご無事でしたか? 良かった……リオ、本当にリオですね」

「うん」


 私の背中をぎゅっと引き寄せている左手は、握った剣がかちゃかちゃ鳴っていて微妙に不穏だけれど、右手は私を確かめるように頭を撫で、肩を触り、腕を辿って指を握る。

 その手が温かくて私はホッとした。ルルさんがちゃんと起きている。


「ルルさん、起きられてよかった。具合は大丈夫?」

「私は何とも。リオは? 辛いことはありませんでしたか? 困っていることは?」

「ないよ、大丈夫」


 日中にオオカミに追いかけられて死に物狂いで川泳いだりしていた気がするけれど、ルルさんがいるだけでなんかもう過去のことのように思えた。ルルさんに抱きつくと、もっと温もりを感じる。

 薄い服越しに、ルルさんの背中の筋肉が感じられた。しっかり働いているそれは、もう倒れそうにないことを示しているようだ。


「ルルさん、会えて嬉しい」

「私もです。リオ」


 顔を見せてと囁かれて、しがみついていた状態から少し体を離した。

 ルルさんの大きな手が頬を包み、そっと私を上向かせる。ぼんやり見えるルルさんの顔の中で、目だけがきらめいているように見えた。

 優しく細められているそれを見ていると、なんだか胸のあたりが温かくなった。


 なんか私、ルルさんのこと好きなんだな。


 じっと私を見つめるルルさんの瞳から優しい気持ちが見て取れるように、私の気持ちも伝わってればいいなと青い目を見つめ続ける。するとルルさんが音もなく笑って、リオと唇を動かした。ゆっくり近付いてくる青い目に微笑んでから目を瞑る。


「リオ、夜、あぶない」

「ウオーッ!!」


 いきなり掛けられた声に飛び上がるほどびっくりした。

 瞬間的に恥ずかしさから顔が熱くなる。


「は、は、ハチさん……」

「エルフ、起きた? リオとエルフ、中はいる」

「うん、ごめん、わかった、ごめん」


 ロウソクに照らされたハチさんが、くわあとあくびをする。

 その姿を見て「熊……」と呟いたルルさんに、私はさっきの雰囲気も吹き飛んで慌てて説明をすることになった。


 いや、ルルさん、熊って呟きながら喉鳴らすのはやめてください。






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