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時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる16

「タオルも持ってくるべきだった……」


 対岸に渡り、裾を絞りながら私は後悔した。着替えは持ってきているので川を往復したら着替えれば大丈夫だと思っていたけれど、渡ってから探す間のことについてうっかり考えてなかった。

 インナーの薄いワンピースなので水を含んでも重過ぎるというほどではないけれど、体に貼りつくようで中々気持ち悪い。絞れるだけ絞ったスカート部分をパンパンと広げていると、体がふわっと暖かくなった。

 振り向くと、ニャニが頭に靴を乗せて近くに来ている。


「あ、ニャニ」


 どうやらニャニがまたあったかバリアを張ってくれたらしい。濡れた服は不快だったけど、どうやら風邪をひく心配はしなくてよさそうだ。


「ありがとね」


 靴を取るついでに、ちょっとだけ撫でる。するとニャニは鼻先を上げ、それから勢いよく尻尾を振り始めた。左右に弾かれた河原の石が、片側では川に飛んで水切りのようにボチャボチャと水面を渡り、もう片側ではアメジストの崖に当たって硬い音を響かせる。

 どんな強靭な尻尾だよ。

 私はあったかバリアから出ない程度にニャニから距離を取った。あの小石当たったら絶対痛い。


 靴を履き終わり、ニャニの尻尾も落ち着いたところでフコの木を探す。ゴツゴツした足場で転ばないよう気を付けつつ、下流の方へと歩きながら茂みを調べていった。


「あ、これかな」


 段々と低くなっていくアメジストの崖、その崖の高さが1メートルほどになって森に飲み込まれていく境目あたりで、薄黄色の葉っぱを付けている木を見つけた。やや坂になっている場所に生えているので見上げる位置にあるけれど、その木は細く高さも1メートルくらいの若木だった。


 枝を引っ張ると幹ごとしなるほどヒョロイので、フクロウのお医者さんが言っていた木ではなく、新しく生えたものなのかもしれない。小さいけれど葉っぱは知っているものと同じ色形をしているし、枝の先には小さな実が膨らみかけている。それはカラオケルームでよく見た成長途中のフコの実に間違いなかった。


「これ、根っこごと持っていけるかな? その方が早く収穫できるよね?」


 大きな石に顎を乗せてこちらを見上げていたニャニに訊くと、ニャニは片手を上げた。

 周囲を見渡して、握りやすい太さの枯れ枝を見つける。それを持って斜面に足を掛け、周囲の土を少し掘ってから引っ張ると、じわじわとフコの木が浮いて取ることができた。根っこがいくつかブチブチ切れてしまっているけれど、まあなんとかなるだろう。


「ふー」


 土が付いているからか、さほど大きくないのに持ってみると結構重たかった。斜面から降りて一度体勢を立て直し、川縁の方へと運ぶ。着替えがあるところより少し下流に来てしまったので、引きずっていても運ぶのが大変だ。

 ニャニが先を歩いて大きな石をブルドーザーのように避けてくれる。


「先に渡って、向こう岸の浅瀬を引っ張っていこうか。水の中の方が軽い気がするけどどうかな。抵抗があるから流れで重く感じるかな」


 私の声に返事をしてくれるのはニャニの手しかないのでわからないけれど、体力が残っているうちに川を渡った方が良さそうな気がする。

 ニャニの頭に靴を乗せ、フコの木を掴んで川へ入っていると、後ろからガサガサと音が聞こえた。


 振り向くと、ちょうど私がフコを掘り返したところから、村長がこっちを覗いている。


「あれ? 来てたんで……すか……」


 ガサガサと音を立てて出てきた村長は、なぜか四足歩行だった。

 そしてなぜかキラキラも服も身に付けていなかった。

 あと村長の後ろからまた村長が出てきた。村長が4人。


「そ、村長……ですよね?」


 希望を込めて話しかけた私への返事は、グルルルル……だった。

 村長、っていうか、これ村長じゃない。

 普通のオオカミだ。オオカミの群れだ。


「わああああああああ!!」


 フコの実を必死に掴んで、それから全力で向こう岸へ走り出す。バチャバチャ跳ねる水面が走りづらい。

 片手でフコを引っ張りながら片手で水をかき、潜るように深瀬へと進む。息継ぎに水面へ出て後ろを振り返ると、水際へ寄ってきたオオカミたちがこちらを見ていた。

 また水へ潜り込んで、川底を蹴るようにしてフコを運ぶ。水面に体が出るほどの浅瀬になってからは、もはやフコを抱きかかえるようにして川から上がった。


 絶対に私の体力を超えた運動だった。

 乾いた石の上まで歩いた私は、力尽きて座り込む。息を切らしつつ、川を振り返った。

 灰色のオオカミのうち1匹が、頭を水面から出してスイスイとこっちに向かっている。

 オオカミって、泳げるんですね。


「うわああああああ!!!」


 フコの木にしがみついた私の隣を、青い影がかすめていった。

 シャアアアァッ!! と威嚇音を出したニャニが勢いよく川へと戻り、オオカミへと向かっていく。向こう岸で仲間のオオカミが吠えていた。


 一旦水に潜ったニャニが、勢いよくオオカミの首元に噛み付く。そしてそのまま自らの体を捻り、オオカミごと転がるようにして水に沈んだ。


「えええええええええ!?!」


 水面に波を立てながら、ニャニとオオカミが乱闘を繰り広げている。

 何この光景。なんでいきなりディスカバリー番組に。


 水面は段々と穏やかになり、そして最終的にニャニは向こう岸へと上がった。

 その大きな口にはオオカミを咥えている。

 一瞬仕留めたのかと思ったけれど、引き上げられたオオカミはよろよろと立ち上がると仲間とともにキャンキャン鳴きながら走り去っていった。


「おおおお……」


 思わず拍手をする。ニャニがドヤ顔で片手を上げ、それからまたこちらへ戻るために川へと入った。

 なんとか危機を脱したようだ。

 大きくため息を吐いた私を、何かが羽交い締めにした。


「なああああああああ?!!」

「リオ」


 締め付けられるような、というか絞め殺されそうな羽交い締めに恐怖を感じていると、耳元で知っている声が聞こえた。


 振り向くと、青い目が微笑んでいる。

 細められた目は、そのまま閉じて、それからずるずると私に凭れかかった。


「なんでええええええええ!!!」


 叫ぶたびに、わんわんと崖に反響して声が響く。

 川でルルさん発見、再びである。






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