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時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる15

 ルルさん。

 私は今、目つきの悪いネコ(身長約2メートル)に、睨まれています。


「…………」

「…………」

「……あの、それで、子ネコちゃんたちのお世話をちょっとだけお休みさせてほしいなーと……」


 ネコの大お母さんは、いわゆる三毛猫である。茶、黒、白で白の配分が多い。子ネコたちは茶、黒、灰色の3色なので、もしかしたらお父さんが灰色のネコなのかもしれない。鼻はピンクで、目はツンと釣り上がって大きかった。

 ズーンと立って私を見下ろしているその姿を前にすると、自分が住宅に忍び込んだネズミになった気分になる。


 圧倒されながらも「フコを探しに行くので子守りを休みたいんですけど」という願いを口にしたものの、大お母さんは動かない。前に一度会ったときも大お母さんは何も喋らず、身振り手振りと子ネコたちの通訳で会話したのだった。


 子守りを休まずに子ネコを一緒に連れて行くべきかと迷っていると、大お母さんはすーっと動いて部屋の中に入ってしまった。子ネコたちよりも随分と体が大きいのに、大お母さんは足音を立てることがない。


「……」


 え。これ、どうしたらいいの。わかってくれたのだろうか。それともダメだったのか。

 隣を見下ろすと、ニャニは片手を上げた。いやわからん。すっと手を下ろしたニャニが反対の手を上げる。いやだからわからん。


 ニャニが下ろしざまにその青い手を私の足の甲に乗せようとしたので避け、じっと動きを止めたニャニと見つめあっていると、目の前に白いふわふわが現れた。

 大お母さんが手を差し出している。きゅうっと丸く握ったそこから巾着が垂れ下がっていた。大お母さんの顔を見ると、さらにズイッと押し付けるように近付けてくる。


 受け取ってみると軽い。恐る恐る巾着の中を覗くと、ゴツゴツしたクッキーが入っていた。


「これくれるんですか? ありがとうございます」


 大お母さんが大きな目を細める。明るい茶色なので、金色にも見える目は微笑んでいるようにも怒っているようにも見えた。人間の表情筋がいかに感情伝達に優れているかわかる。


「あの……クッキーいつも美味しくて、毎日楽しみにしてます。子ネコちゃんたちのことはすみませんけど、なるべく早く帰ってきますね」


 頭を下げてから大お母さんの様子を窺うと、大お母さんは何も言わないまま、それでもゴロゴロと喉を鳴らした。




「ニャニ、もう一個食べる?」


 1人と1ワニで森を歩きながら、私は立ち止まったニャニの口にクッキーを放り込んだ。

 ネコの大お母さんに了解をとったあと、私は一旦ハチさんの家に戻って着替えを持ってから森を歩いていた。向かう先はあの川である。

 フクロウのお医者さんは、川向こうのアメジスト色をした崖、あれのすぐ下流側に一本フコの木が生えていたはずだと言った。崖の上にも何本かあるらしいけれど、歩くのは大変だと。


 私はもはやフコ栽培家として専門誌の取材を受けてもいいくらいなレベルなので、一本見つかればそれでいい。小枝の一本でも頂戴すればそれで増やせるのである。

 まだハチさんが家に帰ってくるまで時間がある。もしフコがすぐに見つかれば、実を育てて持って帰ってから食事の準備をすればいい。

 見つけるのに時間がかかってしまったら、枝だけ持って帰って森の手前の方か家の近くに植えて食事を用意してから育てよう。その場合、誰かに聞かれないよう歌うタイミングに気をつけなければいけないから大変そうだけども。


 森を歩くのも3度目なので大体道は覚えた……とはいえないけれど、ニャニが自信満々で歩いていくので多分間違ってはいないはずだ。大お母さんから貰ったおやつを食べつつ、私とニャニは川へと急いだ。


「ついた」


 見覚えのある大きな石におやつと着替え類を乗せて、私は上に着ていたワンピースを脱いだ。革の巾着で作られた靴も脱いで、ちょっと迷う。


「深さどれくらいかな。探し回ることになったら持っていくほうがいいよね」


 川の深い部分は泳いで行くことになるけれど、靴を水面から上げたままいけるだろうか。とはいえ裸足で歩き回って怪我をしては本末転倒である。濡れても乾かせばいいと思い直して、私は靴を持ちつつ川を渡り始めた。


 まだ朝早い川は少し冷たい。我慢しながら徐々に向こう岸を目指していると、私の隣でニャニがプカーと浮いていた。だらんと手足の力を脱いて、尻尾のわずかな揺れだけで進んでいる。


「……」


 ギザギザの背中に靴を乗せてみた。


「……ニャニ、それ運んでもらえる? 濡らさないでおいてくれると嬉しいんだけど」


 うまくできたらおやついっぱいあげる。

 私がそう言うとニャニは手足を動かしはじめ、そのままスイスイと向こう岸にまであっという間についてしまった。河原に上がってから、体を傾けて靴を置いている。


「やった、ありがとうニャニ」


 私も頑張ろう、と川底を蹴る。川幅は広いけれど、流れが緩やかなので泳ぎきれないほどでもない。

 私は頭を出したままの平泳ぎで、水の色がやや濃くなって足がつかなそうだな、と注意しつつ泳いでいると、隣になぜかニャニがいた。


「……」


 なぜ戻ってきた。

 さながらスイミングスクールのマンツーマン指導のように、私の隣、やや前方を泳いでいる。目線が同じ高さなのでより近く感じた。

 金色の目がじーっと私に固定されている。


「…………」


 ワニに見守られながら川渡った経験ある人って私以外にいる?

 今度アマンダさんに絶対報告しようと心に決めつつ、私は気合を入れて向こう岸を目指した。






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