時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる14
まだ薄暗いのに目が覚めた。
二度寝できそうな感じもしないので、起き上がる。ベッドから降りようとして、足を下ろし、床につく少し前にハッと気が付く。慌てて動きを止め下を向くと、ニャニがじっと待ち構えていた。
危ない。今日も踏むところだった。
「ニャニ、踏んじゃうからどいて」
ベッドに寄り添うようにして伏せていたニャニは、しばらくしてからガッと手足に力を入れて胴体を持ち上げた。意外に高く持ち上がったので、足の裏に青い鱗の感触が当たる。足を持ち上げる暇もなく走り出したので、鱗のゴツゴツが擦れて瞬間的に足裏がくすぐったくなり、私は声を上げてしまった。
一頭身分進んだニャニが、こちらを振り向くように鼻先を持ち上げて手を上げる。
「いやだから、ほんと何なの。なんで踏まれようとするの?」
ニタァ……と口が開き、ギザギザの牙が覗く。
ニャニのこの踏まれることに対する情熱は何なのだろうか。早く飽きていただきたい。
「おはよう。リオ、早い」
「おはようハチさん」
着替えてリビングへ行くと、ハチさんがまだ出かける準備をしているところだった。
キラキラのネックレスをつけた体に、真っ赤なスカーフを巻いている。
「ハチさん、今から村長の家行ったら迷惑だよね」
「村長、怒らない。村長、起きない」
「え、寝てるのに入ってもいいの?」
「リオ、うるさくしない」
静かにしてればいいらしい。なんと治安のいい村なのか。
家人がまだ寝ている家に忍び込むのはちょっと気が引けるけれど、ルルさんのことも心配だ。様子だけ見させてもらおうと、私は森へ出かけるハチさんと一緒に家を出た。ニャニも後ろからついてきている。
「エルフ、人間と似てる。ハチ、難しい」
「そうだね。エルフの人は、耳がちょっと尖ってるよ。人間は丸いの」
ホラと髪を耳にかけて見せると、茶色のつぶらな瞳がじーっと私の耳を見て、こくこくと頷いた。
「ハチ、耳尖ってる。エルフ同じ」
「えっ、う、うん」
私から見ると熊の耳は丸い気がするけれど、ハチさん的には尖っている認識らしい。フカフカの毛がないと尖っているのだろうか。
触ってみたい感情を抑えつつ、ハチさんとは村長の家の前で別れた。そのまま入っていいと言っていたので、そっと扉を開ける。村長の家のドアは、古そうなものだけれど蝶番が使われていてちゃんと開くようになっているのだ。
薄暗い中で、さらに薄暗く見える家の中を覗き込む。
「おじゃましまーす……」
そっと呟いても、返事はない。本当に入っていいのか迷っているとニャニが先に入っていった。尻尾を引きずりながらゆっくりと中へ入っていく。
先に行ってくれるのはいいんだけど、なんで今足の間をわざわざ通っていったのか。腑に落ちない気分でその後ろについていく。
ルルさんのいる部屋は、ドアが開け放たれたままだった。中に入ると、昨日と同じ状態で横になっているルルさんがいる。
「ルルさん」
まだ眠ったままのようだ。額に触れると体温を感じるし、首元に指を当てても脈がわかる。けれど、顔色が悪いせいか、眠り続けている姿はなんだか不安になる程生命力を感じられない。眩しいほどのイケメン顔なせいで、大理石でできた彫刻のようだ。
川ではちゃんと水を吐いていたし、昨日はめちゃくちゃ不穏な感じだったけれど手や口が動いてもいた。なのにまだ起きないのは、どこか調子が悪いところがあるのではないだろうか。日本にいればCTスキャンとかで何かわかったかもしれないけれど、ここにはそんなものはない。それが中央神殿であっても同じはずだ。
「ん?」
薄いブランケットを肩までかけ直してあげていると、お腹のあたりがむくむくと動いた。めくると黒いふわふわが顔を出す。
「ヌーちゃん。ルルさんといたんだ」
昨日は疲れていたせいかベッドに入るとすぐに寝てしまったので気付かなかったけれど、ヌーちゃんはルルさんと眠っていたらしい。小さな手足でルルさんの胸の上を歩いて、顔のあたりをフンフンと小さい鼻で嗅いでいる。
「もしかして、今までもルルさんのとこにいたの?」
食い意地の張っているヌーちゃんは、今まで食べ物の気配がするとほぼ確実に出没していた。でもこの村に来てからは数える程しか顔を見せず、食べ物をその場で食べず咥えて帰ってしまうこともあった。
もともとヌーちゃんは中央神殿で暮らしていたバクなので場所が変わったせいかと思っていたけれど、何となくこうしてルルさんについていた気がする。
「ヌーちゃん、ルルさんまだ起きないのかな。もし夢で苦しんでたりしたら、助けてあげてね」
ふわふわな体を撫でながら言うと、黒くてまん丸の目でじっと私を見上げてからキッと鳴いた。それから体を捩り背中に生える黒い羽を一枚咥えると、抜いて私の手に渡す。それからヌーちゃんはルルさんの首と枕の間に潜り込むようにしていなくなってしまった。
私が寂しがらないように羽をくれたのだろうか。優しい。
「起きたかね」
「うわビックリしたッ!!」
いきなり真後ろから声を掛けられて私は飛び上がった。地味に私の足に前足を乗せていたニャニも余波でよろついた。そして声を掛けてきた人もビックリしたのか縦に細長くなっていた。
「……すまないね、脅かしてしまって」
「イエこっちこそすみません」
棒のように細くなっていたフクロウのお医者さんが、じわじわと元のフォルムに戻る。それから私の隣に立ってルルさんを覗き込み、ふむと少し曇った声を出す。
「あの、ルルさんなんで起きないんでしょうか」
「起きてもいい頃だが。弱っていて起きられないのかもしれないね」
「えっ、でも、起きないともっと弱っていきますよね。どうにかできませんか?」
顔の下半分の羽毛をふかっと膨らませながら、お医者さんはふうむと唸る。
「滋養のあるものを食べさせて待つしかないが」
「滋養……フコとか?」
「フコの実かね。まあ栄養はあるが、小さいから腹を満たすほど探すのが大変そうだ」
フクロウさんによると、この辺でフコというと小石くらいのサイズなのだそうだ。フコの木もあまり実を付けないため、木を一本見つけたとしても収穫量は少ない。
木の特徴や味を尋ねてみると私が知っているフコと同じようだけれど、小さくて実りも少ないためにここではあまり食べられておらず栽培もされていないようだった。
それでも、こんな状態で食べさせるのにはうってつけのものだ。フコはそれだけ食べていても生きていけるといわれるほど栄養満点だし、擂って水分を加えればスープとしても食べられる。
「私、フコ探してきますね。柔らかくて食べやすいですし、ルルさんも食べ慣れているものなので」
「しかし、一日分でも大変だと思うが」
「大丈夫です。フコの木が一本でもあれば、何とかできます」
フコの大量生産は私の得意とするところである。
自信を持って頷くと、フクロウのお医者さんは首を傾げながらもフコが生えているところを教えてくれた。




