時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる13
この村のお医者さんは、ものすごくでかいフクロウだった。大きな目でじーっと横たわるルルさんを眺め、それから顔を近付けて心音を聞いている。
私たちは別室で行われているそれを見ながら、テーブルを囲んで一休みしていた。ルルさんを運んできたのは、初日に連れてこられた村長の家である。子ネコたちはトトトと歩きながらみんなにお茶を運んでいた。
「ハチ、ラーラーの客を2人も招くとは、よい行いをしたな」
「ハチ、つれてきた。リオ、見つけた」
体力を使ったハチさんは、オオカミの村長が出した蜂蜜入りの瓶をとても嬉しそうに舐めている。超メルヘン。
私は肩にタオルをかけて半乾きの髪を乾かしつつ、温かいお茶で体を温める。子ネコたちの大お母さんが作った木の実ざくざくクッキーは、今日はスパイスの効いた味だった。ヌーちゃんがちゃっかり出てきて、大きなクッキーを抱えながらざくざく食べている。
両手で瓶を持って蜂蜜を舐めるハチさんをうんうん頷きながら見ていた灰色のオオカミがこちらを向く。
「リオが見つけたのかね」
「あ、私というか、ニャニが……あの、知り合いなんですあの人」
「そうか……川に溺れて助かる客人とは運がいい。リオもあのエルフも、ラーラーが大事に思う客人なのだな」
ラーラーというのは、自然の摂理のような概念を指しているようだ。前にハチさんに訊いてみたら、答えにくそうにしながらもそんなことを言っていた。
ラーラーは森、ラーラーは恵み、ラーラーは空。そう言ったハチさんの隣で、子ネコたちはお肉を指してラーラーがくれたと言った。
食べ物を与え育み、そして死をもたらすもの。だからここの人たちはラーラーの民であり、そしてここで迷って生き残った者、ラーラーが死なせなかった者を客人として迎える。
獲物が取れるかも、木々が枯れるかも全てはラーラーが決めたこと。だからラーラーの民はラーラーを敬いながらも、神というひとつの人物像を崇めることはないようだ。
「村長、客人は体がとても疲れている。このまま休ませて力を蓄えることができれば目を覚ますだろう」
「そうか。ではここで預かろう。ハチも客人が2人では大変だろうからな」
フクロウのお医者さんがそういうと、村長は頷いてそう提案する。鼻周りについた蜂蜜をペロペロ舐めとりながら、ハチさんもこくこくと頷いた。
私はお茶でクッキーを流し込んで立ち上がる。目を閉じていたニャニもぱちりと起きた。
「あの、ルルさんのところに行ってもいいですか?」
「構わんよ。眠っているがね」
フクロウがふかふかの頭で頷いたのを見てから、ルルさんが眠る部屋へと入る。相変わらず白い顔をしているけれど、見つけたときよりはマシになっている気がする。閉じた瞼にかかっている髪をそっと避けると、まだしっとりと濡れていた。
「ルルさん」
いつも目を細めて返事をするのに、ルルさんは少しも反応しない。手を握ってみても、冷えたそれは力が抜けたままだった。
居場所を知らなかったはずなので、普通に探していればこんなに早く再会するはずがない。状況を考えても、私と同じように奥神殿の泉に飛び込んだと考えるのが妥当だろう。
水中は力が乱反射するので平衡感覚が狂い溺れると言ったのはルルさん本人だ。それを知っていて、それでも飛び込むなんて自殺行為である。
私が飛び込んだから。だからルルさんは、危険を承知でそうしたのだろう。そう考えると胸が潰されそうに辛い。
ニャニが見つけてくれなかったら、知らない間に死んでいたかもしれない。あのまま一生会えなくなっていたかもしれない。そう思うとぞっとした。
もしそうなっていたら、私は耐えきれない。
両手でルルさんの手を包み、ゆっくり撫でて温める。剣を握る硬い手は、冷えてはいるけれどきちんと脈があった。
ふと足元を見ると、ニャニがじっとこちらを見上げている。
というか、私の足の甲を地味に踏んでいる。あまり重くはないけど、なんか距離近くないか。
「ニャニ、今日はルルさんに付いててあげてくれない? 神獣だし」
ニャニは私をじっと見つめている。心なしか私の足を踏むニャニの左前脚に力がこもった気がした。
ルルさんの容体も見守ってくれるだろうし、私も朝ニャニを踏む危険がなくなる。いいことづくめではないか。
よろしくねとニャニに言ってハチさんたちの方へ戻ろうとした私の手首を、何かがガッと掴んだ。振り向くと、ルルさんの手がしっかりと力を入れて掴んでいる。
「ルルさん?」
何の表情も浮かんでいなかった顔が、今は辛そうに顰められている。
意識が戻ったのだろうか。枕元に近付いて声を掛けると、ルルさんは呻くように喉を震わせた。そして吐息だけの声で言葉を紡ぐ。
ゆ、る、さ、な、い……
「………………」
お、も、て、な、し、でも、ミ、ソ、サ、ザ、イ、でもない。
ゆるさない、だった。ルルさん、今、確実に許さないって言った。
残った力を振り絞ってその5文字を呟いたルルさんは、またふっと眠るように力を抜く。
怖い。
「……ニャニ、やっぱり今日も同じ部屋で寝てくれない?」
そっとルルさんの手をベッドに戻してから頼むと、ニャニはニタァ……と笑った。




