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時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる12

 明るい昼間に見る河原は、カラフルな石が敷き詰められているためモザイク画のように見えた。鮮やかな小石たち、濃く大きな岩、水の流れを挟んでそびえるアメジスト色の断崖。朝靄がない分、随分と鮮やかに見える。

 どこを切り取ってもファンタジーの世界を描いた油画のようだ。


 大きな石や木を目印に、意識を取り戻した時にいた場所あたりへと近付く。

 美しい景色だけれど、特別神秘的なものや神様が出てきそうな気配は感じない。残念ながら、どうやってここまで辿り着いたのかも思い出せそうになかった。

 帰る手掛かりになればと思ったけれど、そんな都合のいいことは起こらないらしい。


 巾着で作った靴越しに石の感触を感じながら川縁へ歩くと、後ろからじゃりっとついてくる音が聞こえた。振り向くとニャニが付いてきている。


「ニャニ、私これから体洗うから、ニャニも離れててほしいんだけど」


 短い手足を動かして歩いていたニャニの動きが止まった。右足と左前足を微妙に浮かせた状態で、それこそ静止画のように動かなくなる。結構バランス感覚いいな。


「……ニャニ? うわっ!!」


 一時停止していたニャニが、しばらくした後でいきなりダバダバと勢いよく走り始めた。ワニの全力疾走を正面で見るのは心臓に悪い。思わず飛び退くと、ニャニはそのまま青い体で水面へと突進していく。


「こここ怖いから!!」


 ニャニの行動はこう、なんでいつも唐突なのだろうか。体が大きくて見た目が凶暴なだけでも充分怖いというのに。

 体をくねらせて上流の方へと泳いでいくニャニを見ながらそう思う。潜りながら泳ぐ青いニャニの体は、水底や外の世界を反射する水面によく紛れてすぐに見えなくなった。


 ニャニも水浴びがしたかったのだろうか。マキルカでも割と泳いでいたし、ここのところ私とずっと一緒に行動していたので水に飢えていたのかもしれない。何しろ、私も早く体を洗いたかったくらいだ。


 青い姿が戻ってこないか気にしつつ、私も服を脱いだ。

 ここに来たときに身に付けていたものと、貰った布でざっくり縫った服。インナー用とその上に重ねる用のワンピースそれぞれ2着ずつが私の手持ちの服全てだった。あとパンツが2枚。

 ここは洗濯物がよく乾くので、インナーで川に入ってそのまま洗ってしまう予定である。


 着替えとタオル用の布を大きい石の上に置いて、そっと川に入る。思ったより水温が低かったけれど、耐えられないこともないくらいの冷たさだった。膝まで浸かってしばらく止まり、また進んで腰まで浸かる。

 状態を屈めて髪を洗っていると、ちゃぷんと音がした。振り向くと、3メートルほどの距離をおいてニャニの目だけが水面に浮いてこちらを見ている。

 いや怖っ!!


「ちょ待っ……いやなんで近付いてくるの怖いから!!」


 両手を突き出して制止を試みるも、ニャニはすいーっと尻尾の動きだけでこちらへと泳いできた。水辺は不利すぎる。

 水に足を取られつつ下がって距離を取ろうとしていると、ニャニが口を開け始めたのに気がついた。ザバァ……と水面から出てきた上顎。まだ水に浸かったままの下顎の内側で、何かがきらめいている。


「ブローチ!!」


 花を咥えている黒いバクの焼物、そして周囲を飾るレース。アマンダさんが私にくれたもの、ここへくる途中に落としたものだった。

 絶対に絶対に口を閉じないでねと念を押しつつ、開いた上顎をそっと左手で持ち上げながら、牙に囲まれた舌の上に載るブローチを取った。レースが濡れて少しほつれているけれど、他に目立った破損はない。

 私の手が充分に離れてから、牙の並んだ顎はゆっくり閉じた。


「ニャニ、見つけてくれたの?」


 縦に瞳孔が走る金色の目が、じっと私を見ながら瞬膜で瞬いた。

 アマンダさんがお別れにと私にくれたもの。せっかく貰ったのになくしてしまって落ち込んでいたのを、ニャニは気付いていたのかもしれない。


 右手でぎゅっとブローチを握る。左手は、少し迷ったけれど、そっと青い鱗の上に伸ばした。金の目がその動きをじっと追うのを見つつ、凹凸のある平たい鼻筋をゆっくりと撫でる。見た目通りにゴツゴツした感触だった。

 短い手足が、やさしく水の中で動いている。


「ありがとう……」


 ぱちりぱちりといつもより多めに瞬膜が動く中で三往復ほど撫でると、ニャニはそのまま水面へと沈んでいった。ゆらゆら揺れる水面越しにその姿を見ていると、尻尾や手足を器用に動かしてニャニが方向転換したのが見える。そしてそのまま、凄い勢いで上流の方へとダバダバ泳いでいった。

 うん、相変わらず行動は意味不明だ。


「ついでに靴も落ちてたら取ってきてー」


 なくした片方が見つかれば、履いてきた靴を使える。そう思って声を掛け、私は一旦川から上がった。レースの部分を指で伸ばしてから、畳んだタオルの上にブローチを置く。


 ルルさんが用意してくれて、私が選び、三姉妹が糸を用意して、アマンダさんがレースを編んでくれたブローチ。色んな人との繋がりが戻ってきたような気がして頬が緩んだ。

 中央神殿に戻ったら、みんなに自慢しよう。ニャニが探してくれたことも含めて。


 そっと撫でてから、また川へと戻る。今度は思い切って肩まで浸かってみた。冷たい水が気持ちいい。

 淡い期待が外れて若干落ち込んでいたさっきとは違って、私は楽しい気持ちで髪を洗った。端切れで体も洗うけれど、ワンピースを着たままなので洗いづらい。

 いっそ脱いじゃってもいいかなと迷っていると、上流からザブザブと豪快な水音が聞こえてきた。飛沫を立てて泳いでいるのはニャニである。


 いやだからそれは怖いって。

 靴も見つかったのだろうかと見ていると、鼻先から尻尾まで上側が水面から出ていたニャニが、途中でトプンと沈む。

 しばらくして浮かび上がったのは、ニャニじゃなかった。


「……しっ死体ーッ!!!」


 うつ伏せに浮き上がる、だらんと力の抜けた体。

 どう見ても靴じゃない。あと人が体を洗っているというのに何持ってきてんだ。ガンジス川じゃねえんだぞここは。


 ギエエエエと内心絶叫しながら浅瀬へと向かっていると、浮いた体が流れで仰向けになる。

 金の髪、伏せた金のまつげ、長い鼻に形のいい唇。そして髪の間から覗く、ほんのり尖った耳。


「……ルルさんーっ!!!」


 ニャニが頭に乗せて運んできたのは、明らかに見慣れたその人だった。






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