時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる10
ラーラーの民が住む村に来て3日が経った。
「うー……」
窓の隙間から差し込む朝日が、6時ごろにちょうど目元へ直撃する。その眩しさで起こされるのは久しぶりで新鮮だった。中央神殿では寝室には窓がなく、壁を繰り抜くように作られたベッドではなかったことだ。
伸びをしてから起き上がり、あくびをしつつ床に足を下ろす。
その足の裏にトゲトゲとぐにっとした感覚が伝わって、私はギャッと叫んだ。
「ニャニーッ!! だから何でそこにいるの?! 踏むからやめてって言ってるでしょー!!」
この感覚も3回目である。
初日の朝に踏んだときは、ハチさんだけでなく離れた場所にある隣家の旦那さん(巨大クマ)までも駆け付けるほど絶叫してしまった。異様な感触、横たわる青くて大きなワニ、そして見上げる金の目。多分私はホラー漫画に出そうな顔をしていたと思う。
ニタァ……とわずかに口を開けたニャニは、私に怒られてからゆっくりと手足を動かし、部屋の中でぐるりと回転してこちらを向いたかと思うと右手を上げた。
「いや、おはようじゃないでしょ。何なの? 踏まれるの好きなの?」
ニャニが手を下ろし、そして反対の手を上げる。
いやなんで上げた。好きなのか。踏まれるのが好きなのか。
何が楽しくて朝から神獣の性癖を知らなくてはいけないのだろうか。おかげで目は覚めたけれども、こんな目覚め方全然嬉しくなかった。
「体重掛けてたら怪我してたと思うしやめてホントに。私ニャニの死体とか見たくないからね」
着替えを終えて、部屋の外でじっと待っていたニャニに怒りつつ居間へと向かう。暖炉の火が小さく燃えているそこでは、床の上で派手な服を着た子ネコ三兄弟がお腹を上にして寝ていた。
またこの子ネコたち、人ん家の床で寝てる。この世界は基本土足なのに。
昨夜しっかり掃除しておいてよかった。
夜明けとともに起きて狩りに出かけるハチさんは、私が起きる頃には当然もう家を出ている。私はハチさんが帰ってくるまでに暖炉でちょっとした朝食を作り、掃除や仕事をして待つというのがルーティーンになりつつあった。
脂身を小さく切って鍋に入れ、溶け出た脂で切った野菜とお肉を炒めて水を入れる。塩も入れようと後ろを振り向くと、3ネコたちが黒目をまん丸にしながら並んでじっと鍋を眺めていた。じっと、じーっと。
「もうすぐできるから、手と顔洗ってきてね」
「手ーあらった」
「くるとき洗った」
「あらった」
「うん、それはいいことだけど、床で寝てたからね。洗い直してね」
ぶーぶー文句を言いながら、桶に用意した水に肉球を浸し始める。ついでに食事も家で食べてきたはずだけれど、食べ盛りなのか子ネコたちは食事の用意があると必ず食べるのだった。ハチさんも特に何とも思っていないらしいところからみると、子供は地域で育てるタイプの村なのかもしれない。
ここは治安がいいのかご近所付き合いが濃密なのか、玄関の戸が開いている家は誰でもお邪魔していいようだ。親切心や興味で気軽に入ってくる色んなタイプの獣の民に最初はびっくりしっぱなしだけど、ようやく慣れてきた気がする。
訪問者は、見た目が虎だったり鳥だったりトカゲだったりして私がビックリすること以外には特に悪いこともなく、むしろ興味深そうにあれこれ訊いたり話をしてくれたり、そのお礼に食べ物などをくれたりする親切な人たちばかりだった。
「ねーリオたべていい?」
「食べていい?」
「たねていい?」
「いいよ。熱いから気を付けて食べてね」
ブロッコリーのような野菜と小さい芋、それから肉がたっぷりのスープを、子ネコたちがハフハフしながら食べていた。木の器に自分の分を入れて、それからお肉をニャニの開いた口に放り込む。
食事が終わると仕事の時間である。
ハチさんのために鍋にお肉を追加して煮込みながら、私は籠の中に入っている木の実を剥く。この木の実はハチさん曰く「一番美味しい木の実」という名前で、一番外側に黒くて硬い殻があり、その中にある白っぽい実には水色の薄皮が付いている。白い実はとても美味しいのだけれど、薄皮の味が非常に悪く、一緒に食べると渋くて苦いのだそうだ。
実にぴったり張り付いた薄皮は、炒ってもなかなか外れない。鉤爪の指でもうまく剥がせないので、私にお鉢が回ってきたのである。これまでは遠くの村にいるサルの民に皮剥きを頼んでいたらしく、手間が省けると喜んでもらえていた。
硬い殻は既に割られた状態の「一番美味しい木の実」に、硬い枝を削って作った竹串のようなものをそっと当てて薄皮を剥いていく。
子供の頃に手伝いで向いた栗の渋皮よりは、実が硬めな分剥きやすいかな、くらいの難易度なのであまり苦戦するほどではなかった。綺麗に剥けるとちょっと嬉しいので、熱中して黙々とできる作業である。
子ネコの質問や遊んでという要望に応えつつ作業を進めても、1日のノルマは簡単に終えることができた。ちなみに子ネコの遊び相手も仕事のひとつである。遊びたい盛りの子ネコがニンゲンに夢中になっているのが有難いとネコの大お母さんが子守を頼んでくれたのである。ちなみに大お母さんはとても大きかった。
子ネコは青いベストの子がアオ、赤の子がアカ、緑の子がオワリである。20人兄弟の末っ子たちらしく、「もう産むのは終わり」という意味で最後の子がオワリだそうだ。それを聞いて私は日本でも昔は同じような名付けがあったという話をなんとなく思い出した。
「ねーリオ遊ぶ?」
「リオさわっていい?」
「リオおやつする?」
「もうちょっと待ってね。今日はハチさんに川に連れてってもらうから、そしたら外で遊ぼうね」
退屈そうに訊いてくる子ネコたちにそう言うと、まだらの耳と尻尾が揃ってピーンと立った。ピンクの鼻をコクコク上下に動かした3人は、大人しくニャニを囲んで遊び始める。
表情が変わらない分、仕草に出るのがとても可愛い。好奇心は強いけれど暴れたりはしないので、子守といってもそれほど大変ではなかった。
薄皮剥きも一日中やるわけではないので辛くはない。村長にはそのうち他にも仕事を頼むと言われたけれど、あまり大変なものはなさそうだった。大変な作業はできないだろうと判断されているのかもしれない。家建てられないし。
報酬はお金ではなく、物で貰うことになっていた。服や靴、そしてマキルカまで旅をするために必要な旅装などである。
「ハチ!」
「あーハチかえってきた」
「ハチー」
子ネコたちが、捏ね回していたニャニからハチさんの方へと走っていく。
「ハチさん、おかえりなさい」
「ハチ、帰った」
「ごはん食べますか? ちょうどいい感じに冷めてると思います」
黒い鼻がコクコクと頷いたのを見て、器の用意をする。背負っていた籠を下ろしてのっそり手を洗うクマ姿は、なんだか相変わらずメルヘンである。
「ハチー川行こう!」
「遊びいく」
「みずー」
「ハチ、食べる。こねこ、待つ」
わーいわーいと喜ぶ子ネコを置いて、ハチさんは座って食事を始めた。
ハチさんはあまり口数は多くないけれど、私の質問にはきちんと答えてくれるし、私が家事の手伝いをするようになって助かったとも言ってくれている。
今のところ、問題なく過ごせている。きっとこのまましばらく暮らしていくことになるだろう。
私はそう思っていた。この時点では。




