時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる9
子ネコたちが帰ったあとに作られた夕食は、ザ・焼いた肉だった。あとスープ。
意外にもハチさんは植物性のものを食べるらしく、鉤爪のついた手で器用におたまをかき混ぜて素朴な味のスープを作ってくれた。
肉は焼いただけ、スープも具材と塩を入れただけという手間のかからないものだったこともあって、私が手伝うことはほとんどなかった。野菜の皮剥きが早く終わったとハチさんは喜んでくれたけれど、普段使われない包丁を使うことになってハチさんが研いでいたので時間的にはむしろ余計にかかっていた。
食べ終わったら、あとは寝るだけ。
ハチさんの家にはお風呂があったものの、水を汲んで薪で沸かすのが面倒なので普段は川に行くそうだ。長年使われていないだけにかなり古びていたので、私も体を拭くだけにして寝ることにした。
藁を敷き詰めて、シーツを掛けただけのベッド。
暗い中で横になっていると、風で木窓が軋む音や、かすかに聞こえる遠吠えなどが気になってなかなか寝付けなかった。
そこはかとない不安で胸がざわざわして、眠気が来る前に目を開けてしまう。
暗闇に落っこちてこの世界に来た日の夜だって、こんなに不安になることはなかった。
それはやっぱりルルさんがいたからだろう。夜中に目が覚めてしまったときも、しばらく座ってボーッとしていると部屋の外からルルさんがそっと声を掛けて入ってきた。耳がいいからか私が起きたのに気がついていたようで、優しい味のお茶を用意してくれたり、この世界のちょっとしたことを話してくれたりした。
サービス過剰だなあとか思いつつも、ルルさんの気遣いを受けているうちになんだか気持ちが緩んで眠れたのだ。
ルルさんはかなり気のつく人だったので、私が不安になりそうなことは先回りして説明してくれたり、心配しないよう準備をしてくれていた。こうして一人でいると、物凄く大事にされていたんだな、とわかる。それと同時に、その優しさが恋しかった。
会ったら、きっと怒られるだろうな。ルルさんの怖い顔、めっちゃ怖いんだよな。
心配性がさらに進化してそう。渡り廊下にネットとか張られたりして。
私を守るのが仕事なのに勝手にいなくなって、自分を責めてないかな。
……ちゃんともう一度会えるのかな。
考え込んでいると、ズル、ズル、と何かを引きずるような音が聞こえ始めた。
一瞬この世界の怨霊でもやってきたのかとビビッたけれど、わずかに聞こえる爪の音からニャニが動く音だということがわかった。どうやら、部屋の真ん中で円を描くようにぐるぐる動いているらしい。
何やってるのだろう。
もしかして、私が不安にならないように存在をアピールしているのだろうか。
「ニャニ、ありがとう」
そっと言うと、ドタドタと足音が煩くなった。
暗闇なのにダバダバと手足を動かして走っている姿が浮かんでくるのが、何だかんだ言って青ワニ姿に慣れているようでちょっと悔しい。
「いや、静かにして。うん。お願い。ハチさん起きちゃうから」
木の板なので余計に音が響く。
シーッと注意すると、ニャニがズルズルと側に来る音がした。小さく擦る音が断続的に聞こえてくるのは、尻尾だけを揺らしているかららしい。
……まあ、ニャニがいるからきっと二度と会えないってことはないだろう。
神獣だし。あったかバリアを作る力とかあるし。見た目がもっとマイルドだったら嬉しかったけども、なんかもうワニも見慣れてきてしまった気もするし。
いざとなったらルルさんのとこに行ってここまで案内してもらおう。
「あっ」
そういえば、私、ルルさんたちの前で歌ったな。何曲も。
ルルさんだけでなく、ルイドー君とか、シーリース人のひととか、暴徒の人たちとか。後ろにジュシスカさんたちもいたような気もする。
「あぁ……あああああ〜」
あの時は必死だったから考える暇なかったけれど、皆当然聞こえてただろうし音も外したし声だってヒョロってたしそんなの聴かれたって思ったら死ねる気がしてきた。
どうしよう。会いたいのに会いたくない。
帰ったらみんな記憶喪失になっててくれないかな〜!!!
頭を抱えて悶絶していると、どこからともなくヌーちゃんが出てきてキッと鳴き、そのふわふわな黒いお腹で私の目を覆うようにのしかかってきた。
バクの能力なのかアニマルセラピーなのか、冴え過ぎてしまっていた私の意識がそこでスコンと眠りに落ちたのは幸いである。
夢の中に出てきたヌーちゃんは、お小言をこぼすようにキッキッと言ったあと、夢の空間をモリモリ食べてからいなくなった。
うん、そうだよね。起きてしまったことは変えられないよね。
とりあえず、あの惨劇はなかったことにしよう。もしルルさんたちと会って蒸し返されたら、その時は私が責任を持ってあの金髪の頭を殴打して記憶を消去しよう。
むしろ、記憶を消すために今すぐルルさんに会いたくなってきた。不安になってる場合じゃない。
ニャニとヌーちゃんの気遣い、そして決意のおかげで私は次の朝までぐっすりと眠ることができた。




