時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる8
「まず、ここからマキルカまでどれくらいか教えてほしいな」
「マキルカ、なに?」
「エルフの住んでいる国だよ。髪が金色で目が青くて、耳がちょっと尖ってるやたら美形揃いの……こことは違う大陸に住んでる」
身振り手振りで示すと、フムフムとハチさんが頷き、子ネコたちも頷いた。ニャニはおすわりを二回繰り返した。
「神殿にくる人?」
「あっ、たぶんそう」
「ハチ、マキルカの森わからない。神殿わかる。神殿、とても遠く」
「とても……どれくらい?」
「神殿にくる人、冷たいお山行く。ここ通る。春に行って秋に帰る」
「……冷たいお山も遠い?」
「神殿、冷たいお山、とても遠い。季節変わる」
この大陸にも神殿があり、そして神殿から冷たいお山に行って帰るのが大体一年周期。ここがちょうど中間地点だと計算して、最大で神殿まで約三ヶ月。
神殿からあちこち行くというのがルルさんもやっていた巡行騎士というやつなら、多分体力のある騎士が踏破してその期間だ。森歩きでへばっている私の足だときっともっとかかる。
そして今は夏。ハチさんによると巡行騎士がちょうど通らない時期だ。冷たいお山からの帰りを待って助けを求めるのと、私が歩いてこの大陸の神殿を目指すのと、同じくらい時間がかかる気がする。
「遠ッ!!」
「とー!」
「とおっ!」
「やー!」
私の声に反応した子ネコたちは、ハチさんからもう一つずつジャーキーを貰ってまた静かにカリカリ食べ始めた。
私も貰ったものの、硬すぎて割くのに苦労していたためまだ1つ目の半分も食べられてない。お皿においていると、右手の袖あたりがもぞっと動いてヌーちゃんが顔を出した。
「あ、ヌーちゃんも来れたんだ」
知り合いが増えてちょっと嬉しい。ヌーちゃんは置かれたジャーキーに飛びつくと、ミシィと小さい口でそれを割き、もぐもぐと次々に食べていく。こんもり頬張った状態で私の食べているものに齧り付き、そしてそのまままた袖の中に入っていってしまった。ハチさんにお願いしてもう一欠片を袖近くでチラつかせると、シュッと出てきてガブッとキャッチし、またシュッと戻っていった。
随分慌ただしい。もしかして、距離が遠いと移動にエネルギーを使うのだろうか。ニャニを見ると、ニタァ……と笑われた。
「えっと……じゃあ、人間の国についてはわかる? 誰か来るとか、今どういう状況だとか」
「ニンゲン、ラーラーの森あまり来ない。ニンゲンの作ったもの、ときどき来る。ハチ、ニンゲンの話よくしらない」
そういえば、ルルさんが獣の民はあまり交流しない的なことを言っていた。人が来ずに物が届くということは、大陸の端の方に商人か何かが来のだろうか。
「じゃあ今、この村の近くに人間やエルフはいない?」
「ハチ、いない思う。ラーラーの客、少ない。ラーラーの民、すぐに帰す。ラーラーの客、ずっといる、困る」
「そっか……」
ハチさんたちには、ハチさんたちの暮らしがある。人間やエルフがやってきたらもてなすけれど、それはあくまでいつか帰る客扱いなのだ。だからこそ、ハチさんも私を泊めることをあっさり決めたのかもしれない。
何か働けば宿と食事を提供するというのは私の知っている「もてなし」とはちょっと基準が違うようだけれど、そもそも客を歓迎していないのであればこれでも最大限のもてなしなのかもしれない。
「ハチさん、ありがとう。私もできるだけ早めに帰れるよう頑張るね」
「リオ、たよりない。リオ、ゆっくり頑張る」
「あ、うん……ありがとう……」
ハチさんが心配そうに私の足を見ながらズバッと言った。
頼りなくてスイマセン。
マキルカやシーリースの様子をここで知ることはかなり難しいようだ。そして、私がマキルカに帰るのもものすごく大変そう。そして流石のルルさんでもここにいる私を見つけるのは難しそう。見つけたとして、来るまでが一苦労だし。
ざっくりとした情報だったけれど、とにかくシーリース人がいきなりやってきそうな環境ではないというのは良かった。巡行騎士が来ることもあるなら、最悪ここで秋まで働かせてもらってその人を頼ることもできる。
私が無事だということだけでも中央神殿に知らせられたらいいけれど、ヌーちゃんは相変わらず食いしん坊万歳だし、ニャニはずっと私と一緒にいて離れる気配がない。お願いをしてシーリースまで行ってもらうのも、今はなんだか心細かった。
「リオ、ここ使う。ハチ、藁取ってくる」
「ありがとう。掃除するね」
ハチさんは使っていなかった部屋を私にあてがってくれた。白く埃の被った床やベッドの枠を拭くと、子ネコたちが私の真似をするようにわらわら入ってきた。
手を動かすと、落ち込んでる暇がなくていいな。
今すぐ解決できない状況がもどかしく感じる。けれど、そう思っていたってどうしようもない。
まず神殿を目指そう。そのために、今は掃除だ。
バケツで洗った雑巾を固く絞って、私はぐっと顔を上げた。
「……こらー、ちょっと子ネコちゃんたちとニャニ! 歩き回っちゃダメ!」
掃除の前に、私は埃で黒くなった肉球を順番に拭いていくことになった。役得。
爪の付いたニャニの手足は、置いた雑巾を使ってセルフで拭いてもらった。




