時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる6
「これ、ハチの家。リオ、ここで寝る」
「はい」
ニャニと共にハチさんに連れてこられたのは、先ほどいた場所と同じく意外なほどしっかりした家だった。屋根があり壁があり窓があり、そしてドアがある。ただしドアも窓も木製の引き戸だった。ガタガタと戸を引いて開け、こちらを手招きするクマの姿はなんだか可愛い。手招きしている手によく見ると物凄い鋭利な爪が付いているけれども。
「ハチの家、とても立派。ずっと前の人間、家作った」
「そうなんですか」
太い丸太で柱や梁を作っている家はハチさんの自慢らしく、茶色い毛皮に覆われた顔がどことなく機嫌良さそうに見えた。
この家はハチさんが生まれる前に来た人間が建てたものらしく、前の住人から貰い受けたそうだ。長老の家の次くらいに立派な家らしい。
私に肉は焼いて食うのかと訊いたハチさんが、大きな暖炉に薪を入れる。
確かにこんな立派な家に住んでいたら、人間にまた建ててほしいと思うかもしれない。私もほしい。
「ハチ、水汲む。リオ、ここに座る」
「あ、ありがとうございます」
テーブルはしっかりしたものだけれど、椅子は丸太を短く切ったものだ。いくつかあるその中でも、ぼろぼろのクッションが乗っているものをハチさんは指した。私が座ると、濡れた黒い鼻で頷いたハチさんが鍋を持って家から出ていった。ニャニは私の隣でお腹と顎を床に付けてリラックスしている。
クッションはやや黒ずんでいてところどころ穴が空き、刺繍も糸が切れているところがあった。座っても柔らかさがほとんど感じられないほど薄くなっていたけれど、一つしかないそれに座らせてくれたのはハチさんの歓迎の気持ちなのかもしれない。
お前がランチだ的な展開はなかった。
ハチさんは外見がクマだということを除くと怖いところもなく、すんなり私を家に泊めようとしている。河原で途方に暮れていたことを考えると、仕事をすれば宿や食べ物が貰えるというのは奇跡のようにラッキーな展開に思えた。
けど、それからどうなるのだろう。
マキルカとは遠く離れた大陸の中で、ここはどういう位置にあるのだろう。私はマキルカに帰れるのだろうか。シーリースの人たちはもう追ってこないのだろうか。疫病はどうなっただろう。
ルルさんはどうしているだろうか。
「ねー」
暖炉を眺めてぼんやり考えている私を呼ぶ声が聞こえて振り向くと、開けっ放しの引き戸からネコが3匹……いや3人こちらを覗いていた。
「あ、さっきの」
3人は鼻を寄せ合って暫く考えていたようだけれど、やがて一列になって入ってくる。みんな同じ、茶色と黒と灰色のまだら模様、お揃いでオレンジ色のスカーフをボーイスカウトのように巻いていて、ベストの色は違っていた。
先程お茶を運んでくれた青ベストを着たネコが先頭、真ん中が真っ赤なベストで、一番最後が緑だった。どれも濃い色で、首から巻いたキラキラも相まってよく目立つ。
トットッと二本足で歩いているネコは、両手を合掌するかのように合わせ、その間に葉っぱを挟んでいる。カエデの葉のような大きさのその葉っぱを、近付いてきたネコ3人は私の膝の上に乗せた。
お店やさんごっこだろうか。
見ていると、顔を見合わせたネコのうち青ベストのネコが口を開いた。
「おおおかあさん、ニンゲンにあげなさいって」
「ありがとう……?」
「ニンゲン、とっても弱くて、キズなおしの葉っぱ使いなさいって」
まさにニャーと鳴いたら可愛いだろうなと思える高い声で、ネコは舌ったらずながらも元気に喋る。
「あ、傷薬なんだね。ありがとう」
お礼を言うと、ネコトリオは目を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。得意げに見えてとても可愛い。
使い方を尋ねると、揃って同じ方向に首を傾げた。いやすごく可愛いけれども。
「アオたちキズなおししらない」
「おとうさん使った」
「おとうさんいない」
「そ……そっかー。怪我がないのは良いことだよねー。ありがとうねえ」
大お母さんとやらは、3人に使い方までは教えてくれなかったらしい。
とりあえずお礼を言うと、3人は囲むように私に近付いてきた。
「ニンゲン、毛すくない」
「足の形がヘンだね」
「手さむい? いたい?」
ネコの肉球が、私の腕をペタペタ押している。柔らかい感触がたまらない。
なるほどここが天国か。ルルさんにめっちゃ自慢したい。
思わず頬が緩むのを自覚していると、ハチさんが戻ってきた。手のひらや足をフンフンと嗅いではペタペタしているネコを見て、ぐぅと唸ってから近付いてくる。
「こねこ、やめる。触る、とても失礼。おおおかあさん、怒る」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごねんなたい」
手を引っ込めたネコたち、最後の舌ったらずさが絶妙に可愛い。
ハチさんはそんな3人に、親しくない相手を不躾に嗅いだり触れたりしてはいけない、怒って殺されることもあるから、と説教をしていた。
私も澄ました顔で座りながら、その教えを肝に命じておく。危なかった。ハチさんがあと5秒遅かったら私がトリオの頭を撫で回しまくるところだった。
よく考えたら親しくない相手にベタベタしないのは当然のことだけど、それで殺されるかもしれないとかめっちゃ怖い。あとでハチさんに他にもそんな物騒なタブーがないか確認しよう。
中央神殿にいた頃は幸いにも私が知っているマナーとそう変わらない作法だったし、ルルさんが事あるごとにわかりやすく教えてくれた。
けれどここにルルさんはいない。細かいことにも自分で気付かなければいけないのだ。
私はちょっと寂しくなった気持ちを、頑張らねばと振り払った。




