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時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる3

 歌で世界を救うなんてファンタジックな能力も別に構わないけれど、それとは別になんかこう、もうちょっと実戦的な能力があったらよかったのになー。例えば歌で相手を殴り飛ばせる能力とか。クマを気絶させられる能力とか。


 すっと一度引っ込んで、また木の陰からこちらを覗いたクマの顔を見ながら、私はぼんやりと考えた。

 川を渡る、森を逃げる、ごつごつ石ばっかりの河原を走る。

 これどうやっても負け確定ルートじゃない?


 じっとクマと見つめ合いながら、イベント戦なのかなと思う。

 マジで目が合ってる。わかる。大体50メートルほどの距離があるにもかかわらず、感じる。やっぱり人間危機に陥るとそういう感覚が研ぎ澄まされるのだろうか。

 神様、運ぶ場所間違ってる。


 クマとワニ、人間からするとどっちとも同じくらい遭遇したくない。けれどクマ対ワニだったら、やっぱりクマの方がアドバンテージがありそうだ。やっぱり大きいし、体も柔軟に動きそうだし。

 そもそもニャニは戦ってくれるとかそういう気持ちはあるのだろうか。日頃あれだけ人にシャーしているので、威嚇だけでもしてほしいものだけれど。


 そうこう考えているうちに、クマがすっと木の陰から出てきた。

 やばいこっちに来てる。逃げるが無理なら戦うか、それとも守るか。


「んん?」


 迷いながらクマを見つめて気付いた。

 黒っぽい茶色の毛皮をしたクマは、日光に照らされてキラキラとその体を弾いた。よく見ると、紐に宝石のようなものを沢山つけて体に巻きつけている。金色のスプーンに見える金属もネックレスのように首から下げていた。フカフカの毛皮の上でそれがキラキラ光っている。

 上半身にはそんなキラキラを巻きつけ、下半身にはなんと白い布を巻きつけていた。さほど長さはない、かろうじて腰を覆っているくらいの布である。右の方で雑に固結びにしているので、布もそれに従って斜めになっていた。

 なんかあのクマ、文明的。


 極め付けに、クマ、二足歩行でこっちに来ている。

 あとなんか手に持ってる。


 あれ見たことあるなー。

 人間世界では剣って呼んでるやつなんですけども。

 クマ世界でもそうなのかなー。

 使う気なのかなー。


 ツッコミどころが多すぎてどうしようか迷っているうちに、文明クマは50メートルの距離から5メートルまで近付いてきた。ニャニが向きを変えてゆっくり口を開いたのを、文明クマは小首を傾げながら見ている。

 目が意外とつぶらだ。目だけ見ればニャニより可愛いかもしれない。目だけ見れば。


 そう眺めていると、文明クマは視線をニャニから私に移した。

 やべ、られる。

 覚悟を決めたというよりも行動のしようがなくて固まっていると、クマが大きな鼻をフンフンと鳴らしてから。牙の生えた口を開く。


「おまえ、人間か?」

「えっはい。えっ?」


 若干舌ったらずだったけれど、牙の間から出てきたのは咆哮ではなく言葉だった。

 度肝を抜かれた私を見ながらフンフンとまた鼻を揺らした文明クマは、軽く周囲を見渡した。


「おまえ、困ってるのか?」


 低い声で聞き取りにくいものの、きちんと人語である。


「え……あ、はい。あの、困ってます」

「おまえ、迷ったのか?」

「えっとー……そうですね……」

「おまえ、村に来るか?」

「えっ? 村?」


 私が訊き返すと、クマは口を閉じてこくんと頷いた。なんだかぬいぐるみ的な動きだ。


 文明クマの暮らす村だろうか。

 歓迎会、ただしメインディッシュは来客本人みたいな展開が頭に浮かんだ。


「迷ったやつ、村に呼ぶ。迷ったやつ働いたら、宿と肉あげる」

「あの、助けてくれるってことですか?」

「おまえ、ちゃんと働いたら宿あげる。迷ったやつ、出てくまでラーラーの客人」

「ラーラー……?」

「ハチ、ラーラーの民。ハチ、迷ったやつ助ける」


 声が低いのに対して舌ったらずでちょっと幼い喋り方なので、なんだか文明クマの印象が定まらない。

 けれど、どうやら私に危害を加えるつもりはないようだ。というか助けてくれるらしい。


 水はあるけど宿も食べ物もあてはない河原と、牙はあるけれど文明もあるクマ。

 どちらを選ぶかといったら、一択しかない気がした。


「あの、助けてください」

「ハチ、助ける。おまえ、付いてくる」


 文明クマはまたこっくり頷いて、それから私に背中を向けた。やってきた森の方へと歩いていく。


「ハチさん……ですか? よろしくお願いします」

「ハチ、よろしくされた。おまえ、名前教える」

「あ、リオと申します」

「人間の名前、よくわからない」

「あの、梨の音って書いてリオって読みます」

「ハチ、梨は好きだ」


 てくてくと二本足で歩く文明クマもといハチさんが、ちょっと嬉しそうな声になった。

 梨も好きだし人間も好きだ、美味しいから。という展開を警戒しながら付いていく。


「あとこのワニ……神獣はニャニです」

「ニャニ、ラーラーの民。ハチ知ってる」

「あっ、そうなんですか」


 さすが神獣、クマ界でも知名度があるらしい。

 安全なクマだったなら早く教えてくれてもよかったのに、と隣を歩くニャニをちょっと睨むと、ガサガサ歩いているニャニはニタァ……とわずかに口を開けていた。怖い。


 二足歩行でも結構早いハチさんは、それから森を迷いなく進んだ。

 体力のない私と手足の短いニャニが遅れると立ち止まり、近付くとまた歩き出すので会話も特になく、肉食獣ふたりと餌候補ひとりは森をそこそこ長い時間歩く。

 太陽が高い位置に来たところで、ようやくハチさんが言っていた村が見えた。


 小川と森に囲まれた場所に、意外なほどしっかりした村が見える。広く楕円に村を囲う柵が巡らされていて村が視界に収まらないほどには広いことがわかるし、柵の土台はレンガのようなものでできていた。外側には排水を助けるためか溝まで掘られている。

 入り口の手前、溝を越すために渡された板の上では何かを話している二頭のトラがいた。

 文明トラ。

 柵の向こうには二足歩行の猫もいる。

 文明ネコ。


「ハチとリオとニャニ、村ついた」


 ハチさんはそう言うと、そのまま村へと歩き出す。

 私は覚悟を決めて足を踏み出し「あ、」と声を出した。前を歩くハチさんの耳がピクピクと揺れる。


 ルルさんとの会話が蘇る。

 この世界を構成する四つの大陸。

 十字の溝で隔てられたそれらのうち、マキルカは西南に位置している。そのマキルカのちょうど北側に位置する大陸。

 そこに住むのは、獣の民だとルルさんは言っていなかっただろうか。


「あの、ハチさん。ハチさんは獣の民ですか……?」


 くるりとクマの鼻がこちらを向いた。犬歯をチラチラさせながら、舌足らずの返事が返ってくる。


「ハチ、ラーラーの民。人間、獣の民と呼ぶことある」

「マジでか……」

「ハチ、嘘言わない」


 ルルさん事件です。

 ここ、シーリースじゃないみたいです。






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