時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる2
歌っても何にもならないけど、とりあえずスッキリした。厳密には何もならないというか、ちょっと向こう岸の植物がワッサリ伸びてたけど。崖の上もなんか溢れんばかりに花が咲いてるけど。こっちの岸に生えていた木もやたらと大きくなったけども。
すっかり明るくなった周囲を見渡すと、向こうに見えるアメジスト色の崖のように、宝石のようなカラフルな石がたくさん落ちていることに気がついた。ヒスイやルビー、サファイアのような美しい色もあれば、どう見てもウン……カフェオレ色みたいなの、赤錆みたいな色もある。
こんなカラフルな情景は、この世界では普通なのだろうか。それとも宝石がシーリースの特産品だったりするのだろうか。
「ん?」
水面の向こうで揺れるカラフルな色を覗き込んでいると、フッと体が温かくなった。雨と霧で冷えた体が、温室に入ったような暖かさに包まれる。日当たりが変わったわけでもないし、風向きが変わったわけでもないのになんでだろうと見回して、私の心臓は一回止まった。
「ワニーッ!!!」
じゃり、と音を立てて私ににじり寄っていたのはワニ。青いワニ。
いやニャニだった。
ゆっくり片手を上げる仕草が視線の端に映ったので、遮二無二逃げようとしていた体を落ち着けて私は5メートルの距離で止まった。
縦長の瞳孔が走る金色の目、爪の生えた短い手足に長い尻尾、ギザギザのある鱗に長い鼻。ニタァ……と開けた口には鋭利な牙が並んでいる。
「ニャニ……だよね」
手を下ろして、反対の手をゆっくりと上げる。
そんな芸を覚えているのは中央神殿で幾度も私をビビらせたあのニャニくらいだろう。良かった。いきなりワイルドライフで弱肉強食で諸行無常じゃなくて。
ニャニは口を閉じ、じりじりとゆっくり近付いてきた。
知らない土地で、ニャニとはいえ知っている存在がいるということはちょっと嬉しかった。見た目完全に水辺のワニだけど。近寄ってくる姿は普通に怖いけども。
ニャニが距離間2メートルほどに近付いたので流石に逃げたいと思った瞬間、私はまたふわっと暖かさを感じる。
「あれ?」
ニャニから遠ざかるように一歩下がる。するとひんやりした風を感じた。それからニャニの方へ歩くと、一定の距離に近付いた時点で暖かい空気を感じるようになった。
「んん?」
立ち止まったニャニの周囲を回りつつ近付いたり離れたり手を伸ばしたりしてみた結果判明したのは、何故だかニャニを中心として2メートル周囲にほんわか暖かい空気が滞留しているということだった。
気温でいうと25度くらいだろうか。暑過ぎず寒過ぎず、風もあまり感じない。
これは神獣パワーなのだろうか。移動式エアコンとはなかなか羨ましい。
そう思って気が付いた。
少し離れた場所、私が寝転がっていたところは、その形に沿って石が湿っている。そしてその形に交わるようにして、細長い形に色が濃く湿っている部分があった。
「……ニャニ、ずっと一緒にいてくれたの?」
思えば、朝の霧があれだけ冷えていたのであれば夜も肌寒い気温になっていたはずだ。だけど私は寒くなかった。
そして私が枕がわりにしていた石、なんかやたらとゴツゴツしていなかっただろうか。
ニャニはもう一度、静かに手を挙げた。
「ニャニ……ありがとう」
私はひとりじゃなかった。
なんかそう思うと、ネガティヴに浸っていた自分がちょっと恥ずかしい。
へへへ、と笑った瞬間、ニャニの尻尾が激しく動いて石が沢山川に飛び込んでいったので私は真顔に戻った。
「あ、うん。じゃあ……これからどうしようか」
川の向こう岸ばかりに目がいっていたけれど、反対側、私の背後にあったのは森だった。森というか、林というか、見渡す限り木々が並んでいる。
その森がくすんだ色味に感じたのは、落葉の季節なのか枝に葉をつけているものは少なかったせいか、それとも足元の石がカラフルだったせいだろうか。
隣にやってきたニャニに私は問いかける。
「……この森、クマいると思う?」
ルルさんがクマを食べるのは知っているけれど、クマが何を食べるかについては聞いてなかったな。
何を食べるんだろう。シャケか。シャケなら川に来るのだろうか。確か死んだふりは効かないんだっけ。
果たしてニャニの戦闘力はどれくらいなのだろうか。青い頭を見下ろすと、ニャニはニタァ……と口を少し開けただけだった。だからそれはどういう意味なの。
森とか危険そうなオーラがビシバシしているけれど、ここにとどまっているよりはやはりどこかへ移動したほうがいいのだろう。できたら手助けしてくれる心優しい人々が集まる村的なところに行き当たりたいものだけれども、ダメならせめてあの感じ悪いシーリースチームには捕まらないようにしたい。
きっとシーリースにも良い人はいるはず。あと神殿は人間の大陸にもあると聞いたので、もしかしたらそこで保護してもらえるかもしれない。
川があるところに文明ができたというし、このまま流れに沿って歩いていけば誰かに会わないだろうか。
そう思って私が2歩、ニャニが3歩進んだ瞬間、木々の間からぬっと覗く頭があった。
小さい耳と大きな鼻、こげ茶の毛皮。そして二足で立ち上がっているような高さ。
どう見てもクマ。クマクマしいクマである。
噂をすれば影ってこういうことを言うんだろうな、と頭の隅で思いつつ、私は走って逃げるか泳いで逃げるかの選択を強いられた。
ルルさん聞こえますか。
私はやっぱりクマは食べたくないなと思いました。




