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時間余るかも〜とか言ってても最終的に歌い足りなくなる1

 浮遊感に叫びたくなる気持ちをこらえながら息を止め、できるだけ体をまっすぐにして飛び降りた。うまくできていたかなんて一切考えられないほどだったけれど、大きな水音とともに落下が止まった時点でとりあえず痛みは感じなかった。


 こんな状況でなんだけど、小学生の頃を思い出す。たくさんマットを重ねて、体育館の二階からこっそり飛び降りた遊び。ダメだって言われていたのに、思いっきり飛び込んだプール。

 結構やんちゃだったんだなあ、私。


 ほんのり懐かしい気持ちになりながら手足を動かして水面を目指す。

 目指している。

 目指していたはずなのに、なぜか水面が近くならない。というか、遠くなってる気がする。体がゆっくりと押されているように感じるのは、流れるプールみたいだった。


 いや、うん。ね。

 自分で言っといてなんだけど、マジでそんなこと起こるとは思ってなかったわけで。

 私は無事溺れた。いや無事じゃない。

 全然、無事じゃない。




「ぶぁっ?!」


 体がビクッとなって上半身を持ち上げると、あちこちやたらと痛かった。手のひらの下にゴツゴツしたものがある。お腹の下にも、足の下にも。右足を動かすと、ジャリっと石がぶつかる音がした。

 うつ伏せに倒れていたためかおなか側の服は湿っていたけれど、背中は乾いていた。ゴツゴツの上に体を起すけれど風はなく、暑くも寒くもない。


「えっ何、ここどこ」


 そして真っ暗だった。一寸先も見えないような闇。かろうじて上に星空が広がるのが見えたけれど、かすかな光は私の視界を全く助けてはくれなかった。

 星空キレーイ。都会じゃ見れないねこれは。


 現実逃避気味に星を見上げる私の耳に届くのは、さらさらと絶えず水が流れる音。

 それとゴツゴツした石の感覚からして、私は河原に打ち上げられた状態で気を失っていたらしい。よく死ななかったな。


 奥神殿の島は、周囲を中央神殿に囲まれるようにして浮いている。間違っても川に流れ込むなんてありえない。


 マジで本当にシーリースに来ちゃったのか。


 溺れて気を失った私を誰かがこっそり運んだのでなければ、やっぱり神様が運んだということになるのだろうか。私がシーリースへ行くべきだと。


「……ルルさん」


 頼りなく響いた私の声に、いつも聞こえる「はい、リオ」という声は返ってこなかった。


 真っ暗で動けない。ここがどこなのか、周囲に何があるのかわからないというのは怖かった。水音の合間に遠吠えのようなものが聞こえた気がしてますます心細くなる。

 せめて石に紛れて見つかりませんように。

 私は手探りでうつ伏せになっていた場所に再び寝転んだ。

 狼的なものに見つかるのも、シーリースの人々に捕まるのも、どっちも怖い。


 私の選択は間違っていたのだろうか。

 あのあと、神殿はどうなったのだろう。

 みんな無事なのだろうか。アマンダさんはちゃんと家に帰れたかな、ルルさんは怪我してないかな。ルイドー君もケガ大丈夫かな。


 私はこれからどうなっちゃうのかな。


 自分で選んで行動したくせに、いざこんな状況になると後悔しかなかった。ルルさんの言う通り奥神殿に篭っていればよかったんじゃないか、あのまま説得を続けていればシーリース人も諦めてくれたんじゃないか、もう少し待って神殿騎士の応援が来れば鎮圧できたんじゃないか。

 後悔だけが後から後から出てくる。


「ルルさん、アマンダさん……、ルイドー君、ジュシスカさん、」


 丸くなって見えない風景を眺めながら、涙がこめかみを伝って落ちるのを感じた。

 たったひとり、知らない場所で、私は何もできない。誰かの助けがないと生きていけない。これから起こる出来事に、私は耐えられるのだろうか。

 闇が自分を覆い尽くそうとしているようで、私は手足を縮こませてひたすら泣いた。



 ちちち、と鳥の鳴き声が聴こえて、私は目を開けた。いつのまにか寝ていたようだ。

 泣きすぎたせいか、まぶたがしょぼしょぼして開けにくい。それでも朝が近いのか、周囲の様子がなんとなくわかるようになっていて私は見回した。

 大小の石が転がる河原。穏やかに流れる川に、半分浸かるように生えている大きな木。

 ギシギシ軋む手足で立ち、ふらつきながら歩いて柔らかく打ち寄せている水際まで近寄ると、途端に体がひんやりと冷えた。

 靴が片足分なくなっていることに気付いて、はっとして両手を見た。


「ブローチがない!!」


 アマンダさんにもらったブローチ。握りしめていたのに。

 まだ日が昇っていないのか、ものを探せるほど明るくはないけれど、それでも見回した周囲にそれらしきものは落ちていなかった。

 奥神殿の泉で落っことしたのか、それともこの大きな川に流されるうちに失くしたのか。


 なんだか一気に力が抜けてしまい、近くにあった大きめの石に座り込んだ。

 さらさらと音を立てて流れる川をぼんやり眺める。


 向こう岸までは20メートルくらいだろうか。流れは急ではないので上流ではないのだろう。今いる場所は平らな河原だけれど、ちょうど視線の先は三階建てくらいの断崖になっている。川にせり出すようなその崖は、川の流れに沿って緩やかに下り坂になって黒っぽい木々に紛れていた。

 上流も下流も100メートルほどしかわからないのは、霧が立ち込めているからだった。湿度の高い空気が川の流れとともにゆったりと流れて体を冷やす。


 とりあえず、ここが神殿の近くでも、人が暮らしていそうな場所でもないことがわかった。

 シーリース人にすぐに捕まりそうにないのはよかったのかもしれない。私が見つからない限り、あの人たちはマキルカに構っている暇はないだろうから。


 このまま私がここで誰にも見つからずに死んだら、もっと時間を稼げるのかな。

 ふと思って、シャレにならないなと思った。ここからどこかへ向かって歩いたとして、私が誰かと行き合うのと飢え死にするの、どっちが早いだろう。

 本当に私は何もできない。


 億劫な気持ちで動けずにいると、やがて霧が段々と明るくなってきた。川の上流より光が差し込み、遮るもののない川の上をまっすぐ照らして、霧に明暗がくっきりわかれた。朝日は柔らかく分散してあたりを照らす。そこで私は初めて、目の前の崖が巨大な岩でできていることに気がついた。

 アメジストのような透明がかった濃い紫色の崖が切り立って朝日を浴び、霧がほんのりと柔らかい紫に染まっている。


「きれい」


 水面に朝日が届いてキラキラと輝き、ますます崖が美しく映えた。白っぽい幹の木や、濃い黒の大きな木の間にも差し込んだ光は、川を挟んだ私の方にも降り注いで体を少しだけ温める。

 こんなどうしようもない状況なのに、ここは途方もなく美しかった。


 立ち上がって、大きく息を吸う。しっとり湿った空気が胸いっぱいに入り込んだ。

 足元を確かめて、大きな川へと向き合う。

 最初のフレーズを音に乗せると、あとは自然と滑り出て響いた。


 私は何もできない。

 けれど、私には歌がある。

 歌しかないなら、歌うしかない。


 パラパラと雨が降り、一粒一粒が朝日を流星のように川や崖へ落とした。






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