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フリータイムでも何時に入ったかつい確認してしまう32

 同じ歌を繰り返して3回目。その途中でアマンダさんの歌が不意に止んだ。

 雨が弱くなる中で、屋上の方からラブユー、リーオと叫ぶ声が聞こえる。


「ラブユー、アマンダさん!!」


 力の限りにそう叫び返すと、そこから先は何も聞こえなくなった。


 アマンダさん、帰ったんだ。無事に帰れた。

 これでもう大丈夫。

 私は右手の袖でぐっと涙を拭いて、それからしっかりと構えた。


 歌が途切れて、「力」で目が眩んでいた人たちが再び動き始める。

 最初に私と目が合ったのはルルさんだった。


「リオ!」

「動かないで!!」


 手を伸ばし近寄ろうとしたルルさんに叫ぶと、目を見開いて動きを止める。


「そっちの人たちも動かないで。動いたら私の命はないから」


 見せつけるように肘を張って、私は自分の首元に当てたナイフを皮膚へより近付けた。


「何を馬鹿なことを!」

「どっちも動かないでね。動いたら私の命はないからね」


 さっきルイドー君の縄を切ったときに使わせてもらったナイフをそのまま拝借して、私は私を人質に取った。ルルさんができないので自分でやろうという魂胆である。


 ルルさんをはじめ、暴徒として武器を持つ人たちも、襲撃をしたシーリースの男性も私の脅しでとりあえず動きを止めた。ルイドー君は「何やってんだ馬鹿」などと罵っていたので、あとでシャーの刑に処したい。


 といっても、私はナイフとか戦いとかそういうのは素人である。

 自分の命を盾にしたところで、隙を見て取り押さえられる可能性の方が高い。特にルルさんなど平気でやってのけそうな気がする。

 なので私は保険をかけることにした。


「……救世主、そんな馬鹿な真似が通じると思うか?」

「確かに致命傷を負うほど自分で傷付けるのは無理かもしれないけど、それでも怪我したまま落ちたらどうなるかわからないと思うよ。少なくとも、あなたもルルさんも泳げないから助けられないでしょ」


 私がいるのは、渡り廊下、中央神殿側から見て左側。

 白い石で作られた手すりの上に登り、左手で柱にしがみついていた。

 踵が少しはみ出している後ろには何もない。ただ離れたところに水面があるのみである。


 この世界では「力」がよく見える人ほど泳げない。もともと神殿騎士をしていたルルさんも、力が増したというシーリース人の男性もその筆頭だ。

 ましてここは聖域、ここらで一番力の強い水といってもいい。

 武器を持つ人間のうちにも、泳げる自信がある人はいないようだ。ラッキー。


「リオ、どうかおやめください」

「ごめんルルさん、やめない」

「リオ!」


 ルルさんが再び近付こうとしたので、私は手すりから少し体を離してそちらから離れようとした。抱きついていた柱に手を添えるだけになって、バランスが悪い。落ちそうで怖いけれど、ルルさんはそれで近付くのを諦めたようだ。


「シーリースのおじさん。悪いけど、私はシーリースが好きじゃない。いくら正しかったとしても、それを盾に誰かを傷付けたらその時点で同じだと思う。あと、人の話を聞かないのはどうかと思う」

「それで? 救世主自らが脅せば我々が引き下がるとでも?」

「そうしてくれたらいいなーと思ったけど、なんかそんな感じもなさそうだしプランBに移るね。じゃあ今からプランBを発表しまーす! イエーイ!!」


 ひとり盛り上がってみたけれど、誰も乗ってくれなかった。

 寂しい。せめてニャニがいれば手を上げてくれたというのに。

  暴徒の集団の背後には、どうやらアマンダさんを無事見送ったジュシスカさんとピスクさんが駆け付けたようだったけれど、ニャニは置いてきたようだ。

 私は気を取り直して説明を始めることにした。


「簡単に言うと『ここから飛び降りて神の意志を占おうゲーム』です。イエーイ」


 やっぱり誰も乗ってくれなかった。つらい。


「この高さなら、打ち所が悪ければ死ぬかもしれないよね。もしおじさんたちの言う通りにシーリースに救世主が戻るべきというのが神の意志なら、神様が私を死なせずにシーリースに運んでくれるはず。もしここに残るべきだと思うなら、私を助けた神様は私をこの場で助けて終わり。もし神様がいないなら、私が死んで終わるかも」


 神が導いたとかなんとか言ってくれていたので、それを利用させてもらうことにした。


「もし私がシーリースに運ばれたら、その時はちゃんとシーリースで祈る。だけど、その時はおじさん本人が保護してくれることが条件。もしおじさんがシーリースに帰らずに誰かが保護しようとするなら、私は革命とか反乱とかを企んでる人たちに味方する」


 シーリース人の数人が少しざわついた。おじさんは黙ってこちらを見ている。


「私が落ちても無事だったら、神様がここにいろって言ってるわけだから絶対にシーリースには行かない。もし無理に連れ帰ろうとするなら、ルルさんや他の神殿騎士たちと殺し合いになるから、お互い無事ではすまないと思う。そのまま大人しく帰るなら、神殿騎士にはこの人たちを攻撃しないでいてもらう」


 人材は無限ではない。ルルさんたちが本気を出してしまえば、この人たちも無傷では帰れないだろう。背後をジュシスカさんたちに抑えられているせいか、彼らもそれはよくわかっているようだった。


「もう1人の救世主はたった今帰ったから、この世界には私しかいない。どうする? 乗る?」


 アマンダさんがいないことを知ったシーリース側がまたざわつく。


 奥神殿がある小さな島を囲うこの泉は、見たところ深さも十分、この位置からなら足先からうまく着水すれば傷を負うリスクはほとんどない。けれど、溺れる人が多いこの世界では、飛び込みの安全性なんてさほど浸透していないだろう。


 ぶっちゃけ、神様がどこかに運んでくれるってことはないと思う。なのでこの勝負はそもそも暴徒の皆さんには勝ち目がない勝負だ。

 けれど神の意志を信じてる発言をした以上、彼らは可能性を否定しにくい。そして私を連れて帰るにはこれがベストだ。と思ってもらうしかない。


 万が一神様が本気出して私がシーリースに運ばれたとしたら、彼らはここで暴れている時間などない。急いで帰って私を見つけないと、革命を目論む人たちのアイコンにされてしまうのだから。

 どう転んでもこれ以上ここで暴れる意味はなくなる。我ながら天才的な案である。


 シーリースの男性とじっと見つめ合っていると、彼が頷いた。


「わかった。その代わり、お前が我々の手に入ったら、反抗せず、ここへ戻ろうともせず、言うことを聞け」

「いいよ」

「リオ! やめてください!!」


 もし飛び込んで私が濡れたまま上がってきたら、その時はその時でどうにかしようとしているのか。

 男性はさほど考えもせずに頷いた。

 反対したのはルルさんだ。


「ルルさん、ごめん。本当にごめんなさい。あとでちゃんと謝るね」

「リオ!!」


 持っていたナイフを通路へ投げて、それからルルさんたちに背を向ける。

 しっかり足から着水できるよう、私は思いっきりジャンプした。






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