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フリータイムでも何時に入ったかつい確認してしまう31

「リオ、下がって」


 ルイドー君たちの方へと近寄ろうとした私の手首を掴み、ルルさんが強い調子で止めた。その険しい顔を見て、正面にいる人たちを見る。


「私は痛いの嫌なんで暴力反対なんだけど、なんかこの状況だとどうしようもなさそうな感じするよね。話も聞いてもらえないようだし」

「我々の要求は伝えた。救世主に話を聞く意志があるならこちらへ来ればいい。我々も無用な血を流すよりその方がいいだろう」

「うん、そうなるよね。わかった」

「リオ!」


 掴まれた手首に痛むほど力が込められる。ルルさんの本気の握力だと、冗談じゃなく潰れそうだ。その目は敵ではなく私を睨んでいる。

 そんなに怒らないでと言う気持ちを込めて、掴まれていない方の手でルルさんの左腕を撫でてみたけれど、自分の手汗が気になってうまく宥められたかはわからなかった。手汗どころか、心なしか緊張で震えてる気がする。


「リオ、変なことは考えないでください。シーリースへ行っても何の解決もしません」


 まだ何もしていないのに、なんか息切れしてきた。背中もじっとりしているし、頭が嫌な感じに痺れている気がする。

 私の選択が間違ってるんじゃないか、やめたほうがいいんじゃないかという気持ちが重くのしかかっているような気がした。むしろやめたい。


 でももう、後には退けないのだ。

 私がここにいればこの人たちはどうやっても連れ帰ろうとするだろうし、ルルさんはそれを防ぐために戦うだろう。ここは聖域で、血で穢してはいけないと言っていたけれど、ルルさんは私を守るためなら躊躇わない。


 下を向いて、自分の靴を見る。ルルさんがハンパない靴擦れをした私のために特別に用意してくれた柔らかい靴。細かな絵柄の入ったそれを眺めて気持ちを落ち着かせた。白い石でできた床をしっかり踏みしめて、右の踵で4回リズムを取る。

 それから、私は歌い始めた。


 声量もなく、緊張で乾いた喉が音程をひっくり返した歌い出しに早々私の心が折れそうになる。顔と言わず上半身がどっと暑くなって、額に汗が吹き出たのがわかった。首が見えない何かに締められているように強張っていて声質が変になっている。涙が湧いて視界が歪んだ。


 誰もいない。誰も聞いてない。ここの世界の人たちは地球の音楽を聴いたことがないから、間違ってもバレない。誰も上手いとかヘタクソとか思わない。

 右の踵だけを見つめながら、私は自分を洗脳した。ここは奥神殿カラオケルームだ。いつも通りに歌えばいい。


 有名な洋楽を選んだのは、アマンダさんに届けばいいと思ったからだ。

 友達を思う歌。メロディがキャッチーで何度も練習した歌だ。ここに来てからも幾度となく歌っているし、歌詞もほぼ覚えている。


「リオ、なぜ」


 私の手首を掴む力がほんの少し弱くなった気がした。

 効いてる。私の歌でも。こんなヒョロヒョロの音量でも。

 少しお腹に力が入って、口が開きやすくなった気がした。というか、今まで体に音が全然響いてないのも気付けてなかった。いくらアマンダさんが屋上にいるといっても、こんな音量じゃ届くわけない。


 しっかり息を吸って、音量を上げる。

 そのために顔を上げたけど、人を視界に入れたくなかったので私は思いっきり渡り廊下から外を見るように体の向きを変えた。


 パラパラと雨が降っている。

 夕陽を溜めた水が、細く斜線を描くように降り注いでいた。

 私が力を込めると、まばらだった雨が増えて建物を叩き、サァッと軽い音が聞こえた。

 アマンダさんの時と同じ雨だ。私が歌っても、同じ雨が降っている。

 自分の歌で雨が降るところを初めて見た。


 サビの勢いに乗るように、勇気を振り絞って周囲を見渡した。

 私の腕を掴んでいるルルさんは、ものすごい眩しい光があるように目をほとんど閉じるようにして、ゆるく首を振っていた。剣を手放さないようにしているのか、柄を握る手に強い力がこもっているようだ。

 視線を移してシーリース人の男性を見ると、彼にも同じように効いているようだ。眩しそうに片手で目を多い、動きを止めている。


 でも、まだ足りない。

 その男性と、エルフの人たちはほとんどが動きを止めていた。けれど人間らしき数人の男性は、やや眩しそうな顔をしながらも目は私を捉えている。周囲の人の様子がおかしいと、仲間に何やら声を掛けている人もいた。


 自らの「力」が強い人にほど、異世界人わたしの歌で目くらましができる。逆に言うと、あまり力のない人間にはそれだけ効きが悪いということだ。


 もっと強くないと、あの人たちは動けるままだ。

 私には、歌の力がどれくらいなのか見えない。強くするには、声を大きくすればいいのか、音をうまく取ればいいのか。これ以上強くできるのだろうか。


「リオ、」


 迷いとルルさんの呼び声に一瞬歌が途切れそうになって、慌てて持ち直す。

 冷静になると羞恥心に押し負けそうで、こめかみに伝う汗を感じた。


 どうしよう、と迷った声に、力強い声が重なるのが聞こえる。

 ハッと顔を上げると、雨脚がより強くなり、プリズムで周囲が明るくなっていた。私が追う主旋律に、低い音程が綺麗に重なる。


 アマンダさんだ。

 屋上にいるアマンダさんが歌ってる。

 私の声が聴こえてる。


 自分の声と、誰かの声がハモっているのがなんだか不思議な感覚だった。アマンダさんが上手いからか、つられるより綺麗な和音が楽しくてより自分の音を意識できるようになる。

 背中に入っていた変な力が抜けて、すっとまっすぐ立てた。聴こえてくる方を見上げて、アマンダさんに届けるように自然と声も大きくなる。


 中央神殿に囲まれたこの空間に、歌が反響して溜まっているような気がした。

 ふと、確信めいたものを感じて視線を戻す。

 歌いながら私の手首を掴む手にそっと自分の手を当てると、ルルさんの手がすんなり離れた。そのまま渡り廊下を歩いて、剣先を下げている人たちを軽く押す。すると戸惑ったような顔で目を泳がせながら、その人たちは押されるがままになった。


 立ち尽くしているうちの1人の手からナイフを貰って、膝をついているルイドー君の手首に巻きついた縄を切る。それから腕を掴んで引っ張って、集団の中からルイドー君を引き離した。

 顔を顰めて目を瞑っているルイドー君が、周囲を探るように手を伸ばしながら歩く。それを誘導して、ルルさんの腕に捕まらせた。人の気配に反応したルルさんが、リオ、と口を動かす。私を掴もうとした手を避けて、私はルルさんたちから離れた。


 もう少し、時間稼ぎが必要だ。

 終わった歌を、私はもう一度歌い始めた。






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