フリータイムでも何時に入ったかつい確認してしまう28
「リオ? 何を」
「さっき、ルイドー君の名前を呼んでたよね。ルイドー君がどうかしたの? 大丈夫なの?」
ルルさんが眉を顰めながら私を振り返り、それから階段の方を見る。
「ともかく奥神殿へ。そこでお話ししましょう」
「今話して。お願い。ルイドー君、暴徒の仲間になったわけじゃないよね?」
「まさか」
ルルさん命のルイドー君がそんなことするわけないとは思いつつ一応確認すると、ルルさんもありえないと首を振った。
「なら大丈夫そうだね、よかった」
「何が大丈夫なのですか? リオ、なぜここで止まるのです」
「私がここにいたら、暴徒の人たちが階段を登ってきたら気付くでしょ」
私の言葉を聞いたルルさんが、くわっと怖い顔になった。造作が整ってるだけに怒るとめっちゃ怖い。
「御自ら囮になると?」
「いや、そんな大袈裟なものじゃないというか、屋上に向かわないように……」
「それを囮でなくて何だというのですか?」
「囮ですスミマセン」
今までの人生で、ルルさんに怒られるのが一番怖いんじゃないだろうか。
普段の温厚さからのギャップというのもあるけれど、ルルさんを怒らせてしまったという罪悪感もいい感じに作用してとてつもない申し訳なさに襲われる。あと純粋な恐怖心。なんか鬼神とか見える。
「私がそれを許すと思ったのですか、リオは」
「いやあの、ルルさんいるし、いざとなったら奥神殿に逃げるし、ヤバそうだったらルルさんも一緒に祈りの間入ればいいかなって」
「そんな理由で聖域に人を招かぬように」
「ゴメンナサイ。でもアマンダさんがちゃんと帰るまでは、何事も起こってほしくないから」
ルルさんの怒りのオーラがすごい。この世界の「力」は見えないけど、これは私でも見える。
でも、私はここでまっすぐ奥神殿に引き篭もりたくない。
引き篭もるわけにはいかなかった。
「私が暴徒の人と話をして時間が稼げたら、アマンダさんが無事に帰れるでしょ。そうしたらジュシスカさんとピスクさんも戻ってきてはさみうちにできるから、捕まえやすいんじゃないかな」
「リオは暴徒の危険性をわかっていない。いくら私でも、大勢の人間に一度に襲われれば対応しきれません。話し合いなど望まず、あなたを狙ったらどうするのですか」
「それはそのー、そうじゃないといいなって……」
ルルさんの目が「何言ってんだコイツは」と物語っている。だよね。私もむざむざ危険に身を晒す行為だというのはわかる。でも、せめてアマンダさんがいなくなるまででも時間を稼ぎたい。
「暴徒の人たちに捕まりそうなほど近付かないし、もし危なそうだと思ったら一目散に奥神殿に逃げ込むから」
「できません」
「五分だけでもいいから!」
ルルさんがかぶりを振る。
私の安全を考えてのことだとはわかっている。けれど、私が逃げて引き篭もったことで万が一アマンダさんが帰れなかったなんてことになったら、私はそれこそどうしていいかわからない。1秒も外に出ずに奥神殿で祈りまくって、次に帰還できるチャンスまでの時間を少しでも短くしようとあがく人生になってしまう。
曲がりなりにも救世主をやってる身だ。暴徒が何かを訴え、求める相手として私は不足ないと思う。ここにいることでアマンダさんが帰れる確率が少しでも上がるのだったら、私はテコでも動きたくない。
そう訴えたけれど、それでもルルさんは首を縦に振らなかった。
「リオの気持ちはわかります。しかし、あなたを暴徒と会わせるわけにはいかない。もしそうなれば、あなたは自らあちらへ身を預けるというでしょう」
「いや、言わないよ流石に」
「ルイドーが人質に取られていると知っても?」
「えっ、えっ?」
見上げたルルさんは、冗談とか例え話をしているような様子ではない。
なら、今の話は本当なのだろうか。
「揺らぎましたね。ですから私はあなたと奴らを会わせるわけにはいきません」
「え……本当なの? ルイドー君が? 捕まったの?」
「ええ。先程の声が聞こえませんでしたか?」
遠くで騒ぎがあるような音は聞こえたけれど、一人一人が何を言っているかまでは私には聞き取れなかった。けれど耳の良いルルさんにはルイドー君の声が聞こえていたらしい。
「捕らえられたから、救世主を逃せと叫んでいました。身柄を引き換えに渡させる気だと」
「そんな、いやでも私が引き篭もったらルイドー君はどうなるの?」
「あれも神殿騎士の端くれです。あなたさえ安全な場所にいれば私も戦いやすい。どうにでもなります」
「そんなこと言ったって……」
いくらルルさんたちが強いからといって、無事に助け出せるとは言い切れないんじゃないだろうか。
ルイドー君だって剣の腕は強かったはずだ。それでも捕らえられたのだから、相手にも強い人がいたり、何か作戦があるのでは。
だから奥神殿へ隠れてくれとルルさんは言う。
ルイドー君も、ジュシスカさんたちもそう言うだろう。アマンダさんともう一度話せたら、彼女だってそれを勧めるかもしれない。
でも、みんながそう言うからといって、それに従ってればいいのだろうか。
それが本当に最善の選択だといえるのだろうか。
「……わかった」
「ではリオ、すぐに奥神殿へ」
差し出されたルルさんの手を両手で掴む。手首を持って、それを私の肩に回した。鎖骨の方まで手を持ってきて、しっかり抱え込むように位置を調節する。
「リオ?」
「私も人質になる。ルルさんは、『コイツの命が欲しければルイドーを返せ』って言う役ね」
「はあ?」
ルルさんが最も「何言ってんだコイツ」と思ったのは今この瞬間だったんだろうなあ、と、私はその顔を見て思った。




