フリータイムでも何時に入ったかつい確認してしまう27
ジュシスカさんを先頭に私とアマンダさんが続き、すぐ後ろをルルさんが、さらに後ろをピスクさんが歩く。
屋上へと向かう階段に差し掛かったところで、アマンダさんと手を繋いで先を急ぐ私を止めたのはルルさんだった。
「リオ、止まってください」
アマンダさんと手を繋いでいない方の腕を掴んだルルさんが見ていたのは下へと向かう階段だった。じっと耳をすませるように動かなかったルルさんが、小さく「ルイドー」と呟いたのが聞こえる。
「ルイドー君がどうかしたの?」
「暴徒と思しき集団がこちらへ近付いてます。リオは奥神殿へ引き返してください」
「そのほうがいいでしょう……ここでお別れを」
立ち止まったジュシスカさんがルルさんに賛同した。
屋上へ追い詰められれば逃げ場はない。地球へ帰るならそれでも構わないけれど、ここへ残るのであれば奥神殿へ隠れるのが一番安全だ。私にとっても、私を守るルルさんにとっても。
アマンダさんを見る。急に立ち止まったことに戸惑うように、私たちを交互に見ていた。
「アマンダさん」
向き直ると、アマンダさんも私を見る。腕に引っ掛けていた巾着を手に取って、アマンダさんの腕に引っ掛けた。
「プレゼントフォーユー」
「Rio」
「ユーウィルゴー、アイウィルステイ」
ハッと大きな目が見開かれて、それからほんの少しだけ頭を振った。その手をギュッと握る。
「アイムハッピートゥー、ミート、ユー。サンキュー」
「Thank YOU for everything, Rio」
表情を一瞬だけふにゃっと崩したアマンダさんが、ぐっと唇を噛んで頷いた。それから私の手を改めて握るようにして何かを押し付ける。ぎゅっと小さなものを私に握らせると、アマンダさんはギュッと私にハグをした。
力強い腕が素早く私を抱きしめて、それからチュッチュッと両頬にキスをもらう。めっちゃ照れるけれど、慣れないなりに私もアマンダさんへと返した。
「I’ll call you later, okay?」
「オーケー。グッドラック」
「You too!!」
アマンダさんは顔を上げて、ルルさんやピスクさんにもお礼を言った。それからジュシスカさんに付いて階段を上がる。
アマンダさんの鼻が赤くなっていたけれど、私も多分人のことは言えないレベルで真っ赤になっていると思う。鼻も目も。
ぐっと堪えてから、私はピスクさんを見た。
「ピスクさん、アマンダさんに付いていってあげて。お願い」
「しかし」
「私はルルさんがいるし、いざとなったら奥神殿に逃げれば大丈夫だから。絶対無事に帰してあげて」
ピスクさんは戸惑ったように眉を下げたけれど、ルルさんの頷きを見て顔を引き締めた。
「必ずやお守りいたします。リオ様もどうぞご無事で」
「ピスクさんもね」
「リオ、こちらへ」
丁寧に頭を下げてからアマンダさんたちを追うピスクさんを見送ることなく、私はルルさんに手首を握られて今来た廊下を引き返す。
ぎゅっと握っていた手を開くと、アマンダさんが握らせたものがコロリと手のひらで転がった。
ヌーちゃんのブローチだ。
七宝焼きのような光沢のある小さなブローチは、私がプレゼントのひとつとしてアマンダさんにあげたものだ。裏にピンの付けられた焼き物だけれど、私が選んだ時とは少し違う。
花を咥えるバクを包み込むように、レースの飾りが付けられていた。色とりどりのひらひらしたレースを繋ぐ緑のレース。小さな花に囲まれているようなデザインのそれは、台座の裏の金具に縫い付けられていた。
よく見ると、裏に青い糸で「Rio」と縫い取られている。
いつ用意したのだろう。毎日忙しかったし、色々あって疲れていただろうに。三姉妹に相談していたのだろうか。私が帰らないときのために、私に何かプレゼントできることがないか、考えていてくれたのだろうか。
「アマンダさん……」
夕焼けのように綺麗な髪、彫りの深い顔立ち、ほんの少し浮いたそばかす。力強く伸びる、美しい歌声。
彼女こそが、私にとっての地球の象徴のように感じた。
もう二度と出会えない。
ほろっと落ちてしまった涙で濡れないように、ブローチをぎゅっと握りしめた。それからぐっと力を込めて立ち止まる。
「ルルさん、止まって」
私にはまだ、やることがある。




