フリータイムでも何時に入ったかつい確認してしまう26
「お帰りなさいませ、リオ」
「ただいまー」
夕方になり、最後の収穫物が入った籠を引きずり私は祈りの間から出た。籠の縁に掴まっていたヌーちゃんを抱っこしつつ、籠はルルさんに任せる。
渡り廊下を歩いていると、夕焼けに染まりつつある空にはまだキラキラと雨が降り注いでいた。
「アマンダさん、まだ歌ってるみたいだね」
「じきに戻ってくるでしょう。……ほら、歌が止んだようです」
「あ、ほんとだ」
日光で輝いて無数の流星のように見えた雨がまばらになり、ぼんやりと明るい空気だけが残る。祈りによって降った雨が上がってすぐ、風が吹いてその空気をかき混ぜるまでの瞬間は、どこか幻想的に見えて美しかった。
この光景も、そう見ることはなくなるんだろうなあ。
ちょっと寂しい気持ちになりながら渡り廊下を進み、一旦寝室へと戻る。軽く汗を拭いて着替えてから部屋を出ると、ルルさんが薄い布の巾着のようなものを私に差し出した。巾着は生成り色の生地にピンクや緑で草花が描かれている。ふっくらした巾着部分は、手で持ち上げるとカサカサと包み紙が擦れる音がした。
「これが例のお菓子です」
「包装も可愛い! このままお土産に持って帰ってもらえるね! ルルさんありがとう」
ルルさんの手を握って上下に振りつつお礼を言うと、ルルさんはにっこりと微笑んだ。
「リオの分は、また街が落ち着いたら食べに行きましょう」
「そうだねえ。おっさんブローチのお店もまた行ってみたいし」
熊食を避けるため、街に遊びに行きたい旨をさりげなく強調しつつ、食事をとる部屋へと移動する。ルルさんが扉を閉めようとしてその動きを止め、それから外を覗いた。
「ルルさん、どうかしたの?」
「アマンダ様がいらしたようです」
「えっほんと? ちょうどいい」
少し離れた部屋からバタバタと走ってきたのは、まだ上着に腕を通している途中のアマンダさんだった。
こちらの服ではなく、召喚された時に着ていた洋服に着替えている。アマンダさんは私を見るなりリオ! と声を上げた。廊下へと戻ると、ピスクさんも険しい顔をして廊下の向こうを見ている。
「アマンダさん」
「Ruido is left behind. I think something happened」
「ルイドーくんがどうかしたの? ルルさん、何かあったって」
アマンダさんが一緒にいるジュシスカさんを指差して、彼が急かしたけど何が起こったのかわからない、というような感じのことを言った。ルルさんがジュシスカさんの名前を呼ぶと、ジュシスカさんが口を開く。
「恐らくですが、暴動か何かが起きたようです……ルイドーに事の確認と背後を任せ、私はアマンダ様の安全を確保しました」
「暴動?! どういうこと?」
「……暴徒を近くで見たわけではないので、聞こえてきた声から推測すると、サカサヒカゲソウを神殿が独占していると」
「独占なんかしてないよ!!」
「リオ」
思わず声を荒げると、ルルさんが私の背中に手を当てた。そっと撫でられてちょっと落ち着いたけど、ありえないデマ過ぎてムカムカする。
「そもそもシーリースに送るために育てたんだし、今でもその分は確保してるでしょ? 街にも配ってるのになんでそんなこと言ってるの?」
「死を招く病は人々を混乱させるものです。それを増長させようという者がいるならば尚更」
マキルカにいるシーリースの人たちには「マキルカが国で独り占めしている」と吹き込み、マキルカの人々には「患者が増えているのに神殿が薬草を出し渋っている」と吹き込んだのではないか、とルルさんが推測した。
「……それもシーリースの人がやったの?」
神殿を人々が襲撃すれば、それに乗じて異世界人を狙いやすくなる。アマンダさんが帰るという情報を掴んでいるのかは知らないけれど、異世界人を狙うシーリースはこの混乱を待っていたのかもしれない。
「リオ、落ち着いてください。あなた方の安全を確保します。アマンダ様は移動を」
ルルさんに言われてハッと気が付いた。
そうだ。そんなことを考えてる場合じゃない。
神殿が混乱しているからこそ、アマンダさんの帰還を遅らせるのはもっと危険だ。
アマンダさんは心配そうに胸の前で手を握りながら私を見ていた。言葉がわからないアマンダさんは、私が取り乱したらもっと不安になるだろう。
私は大きく息を吸って、意識的に気持ちを落ち着かせた。
「ルルさん、もうアマンダさんは帰れると思う?」
「シュイたちが戻っていないから準備が完全に終わってはいないでしょうが、まもなくは」
「じゃあ、もう魔術陣のとこに行ったほうがいいよね」
ルルさん、ジュシスカさん、ピスクさんを順番に見る。3人とも表情がいつもより厳しいのは、あまり油断していい状況ではないからだろう。
屋上へは、ここからだと少し回り道をすることになる。中央神殿はフィデジアさんの率いる神殿騎士が守っているはずだから暴徒が中に入ってくるのかはわからないけれど、移動するなら早くしたほうがいい。
「アマンダさん、レッツゴー」
エメラルドの瞳を見つめて手を差し出すと、アマンダさんはぐっと唇を噛んで頷き、それから私の手に自らのものを重ねた。




