フリータイムでも何時に入ったかつい確認してしまう24
「リオ、行きましょうか」
「うん」
ルルさんと手を繋いで、まだ薄暗い中で渡り廊下を歩く。
今日から五日間、私とアマンダさんはそれぞれ奥神殿と中庭で、日暮れまで歌を歌い続ける。疫病を心配したアマンダさんがサカサヒカゲソウ量産のために毎日歌いたいと願った、というのが表向きの理由だけれど、それで注目を集めているうちに帰還の魔術陣を完成させるのが目的だ。
実際、アマンダさんが帰ってしまう前にサカサヒカゲソウを量産する目的もあるので訝しむ人もあまりいないと思う。たくさん作ったサカサヒカゲソウは、室内のあちこちや小神殿などに配られて室内干しされるそうだ。
患者は減っているので、この五日間で作ったサカサヒカゲソウは多くが予備として回される予定だ。アマンダさんが帰った後、大量に必要となることがあったら、今度は私が中庭で歌うことになる。そうなると今度は私が植物育成能力や「力」目当てにあれこれ言われることになるし、ヒトカラ推進過激派としては誰かがいる前で歌うなんて断じて避けたい。断じて。
歌うのは好きだけど、歌うなら絶対に奥神殿じゃないと嫌だ。少なくとも、人の命が懸かっていたりどうしようもないほど必要に迫られるまでは抵抗したい。
「リオ」
「なに、ルルさん」
前に建つ奥神殿を見据えつつそう思っていると、ルルさんが握った手に力を込めた。その背中には籠が背負われていて、フコの枝とサカサヒカゲソウの種が入っている。腰には剣。
農作業と騎士のハイブリッド姿でもかっこいいのは流石である。
「何があっても、あなたをお守りします」
「うん、知ってるよ」
「それは良かった。どうぞ、これからも忘れないでください」
碧眼をゆるやかに細めて、ルルさんは微笑みながら握った手を少し揺らした。
最近、ルルさんは「ここに残って」とか言わなくなった。私の意思に委ねているのか、私が残ると確信しているのかはわからないけれど、色々ある中でいつも通りに私に付いててくれている。
ジュシスカさんや長老たちとあれこれ話し合うことはあるけれど、そんな忙しい中でも私の体調を気遣い、お茶を入れて、夜になるとベッドへと促す。
疫病やアマンダさん周辺のゴタゴタで中央神殿自体が落ち着かないような雰囲気だけど、ルルさんを見ているとなんとなくペースを見失わないでいられるような気がした。
「ルルさん、自分のなすべきことって何だと思う?」
「リオを守り幸せにすることですね」
「あ、そうですか……。じゃあ、もし私がいなかったらどうしてたと思う?」
「リオがいなければですか? そうですね……」
相変わらずストレートに物を言うルルさんにたじろぎつつ訊くと、ルルさんは少し考えるように視線を上げた。
「特にやることもなかったので、今まで通りフラフラしていたのではないでしょうか」
「フラフラ……してたの?」
「ええ、巡行騎士という名目を頂いていましたから、それに乗じてあちこちに。お恥ずかしいことですが、私は他の神殿騎士より使命感がなかったようで」
ルルさんは「力」も剣も強かったので神殿に預けられ修行してきたけれど、神殿や神に仕えることに対してはあまり熱心ではなかったようだ。宝剣をあげた子に出会ってからは無力さからさらに腕を磨くことに力を注いだけれど、その子が死んでからは虚しく感じてまたあちこちを旅していたらしい。
「ルルさん、意外と根無し草だったんだねえ」
「今はリオがいますから、しっかり根を張れましたね」
「その言い方はちょっと……」
鉢から取り出すとみっちり根っこを伸ばしている植物のイメージが浮かんだ。この場合、私は鉢だろうか土だろうか。荷が重めである。
「今まで多くを旅してきましたから、その分リオに案内できる場所も多くあります。全てが一段落したら行ってみましょう」
「うん、楽しみ」
「新鮮な熊もご馳走します」
「う…うん…うーん……たのし……ふぅん……」
返事を朝日に溶かしつつ、私とルルさんは奥神殿へと入った。
歩き慣れた階段を登り、祈りの間の前で止まる。
「リオは私が守ります。どうぞリオは何も恐れずいてください」
「うん、ルルさんありがとう。行ってくるね」
「はい。お待ちしております」
籠を渡してくれたルルさんに手を振って、私は扉を閉めた。
私が今なすべきことは、ここで歌うことだ。




