フリータイムでも何時に入ったかつい確認してしまう22
日が沈んで暗くなった中で、白い渡り廊下と奥神殿がぼうっと浮かんでいる。
ルルさんに護衛されつつ戻った奥神殿の祈りの間で、アマンダさんは私に向き直った。
両手でぎゅっと私の両手を握る。
簡単に説明はしたけれど私の英語力が不安なので、直接神様に説明してもらうために来たのかと思ったら、そうじゃなかったようだ。
「Rio, I know you like here, but I wish you come back with me」
「アマンダさん……」
ゆっくりと単語を区切りながら私が理解しやすいように簡単な単語で喋るアマンダさんは、私も一緒に地球へ帰ったほうがいいと思っているらしい。
この神殿には親切な人がいっぱいいる。ごはんも美味しいし、動物も可愛い。それはすごくいいこと。でも、この世界はそれだけじゃない。私たちは異世界人だからというだけで狙われる。科学技術も民主主義も未熟なこの世界では、身近にいる人によって安全が左右されてしまう。
ルルさんはとても強くて私を守っているけれど、もし彼が倒れたら? ピスクさんやジュシスカさんがみんな倒れて、知らない場所で暮らすことになったら?
私たちとは生活も習慣も違う場所だから、きっと辛い思いをすることになる。
連れてこられてすぐに大変な思いをしたアマンダさんの視点は、私よりも随分客観的なようだ。
地球にいれば、身を守れる方法も、社会保障もある。私だって会いに行けるし、リオも私の国に遊びに来てほしい。私の家で暮らしてもいい。リオならきっとイギリスでも働けるし、英語だって上手になる。私の家族だって歓迎する。
そう言い募ったアマンダさんは、地球にあんまりこだわりがない私のことも察していたらしい。アマンダさん、勘がいい。
アマンダさんはあまり帰る理由がなくても、この世界よりは地球の方が暮らしやすいと思っているようだ。多分それは間違ってはいないのだろう。
この世界ではここを出たら私はできないことだらけだけれど、地球なら知らない街でも何とかなる。戸籍と保険証があれば職探しもできるし病院にも通える。海外に行ってもパスポートやビザが身分を保証してくれるだろう。こちらではそういうシステムがあるのかわからないけれど、地球よりも発達していることはなさそうだ。
地球に戻って、一から生活を立て直すのも選択肢の一つではある。神様にお願いすれば、もしかしたら少しの間の生活くらいは面倒見てくれるかもしれないし。職探しを頑張って、前よりはちょっとマシな仕事場が見つかって倒れない程度にやっていけるかも。コツコツ貯金を貯めて、有給でアマンダさんに会いにいくことだってできるかもしれない。
でもそういう生活をするなら、この世界の人たちと二度と会えないことになる。ルルさんとも。
「Rio」
問いかけるようなアマンダさんの目に、私は頷くことも首を振ることもできなかった。
しばらくすると、アマンダさんはちょっと残念そうに首を振る。
「You don't have to make a choice right now」
「ハイ……」
まだ時間はある、というのは、神様も言っていたことだなと思う。
でも私が一緒に帰りたいと思ってるのは覚えておいてね、とアマンダさんは付け足した。
それから、まあそれは置いといて、みたいな感じでアマンダさんが取り出したのはスマホだった。画面と私を交互に指しながら、スマホ出してと言われて同じく私のも出す。するとアマンダさんは何か操作をして、再び画面を私に見せた。
有名なSNSサイトである。ものすごいパリピな感じのアマンダさんがアイコンになっていた。それを見せつつ、私のスマホを指さす。
「えっ」
どうやらあなたのアカウントを教えてと言っているようだ。
ない。
悲しいけど繋がるほどの友達もいないのでそのSNSはやってないし、やってる他のSNSだって一年以上放置している。
「ソーリー、アイドント、ハブ……アカウント?」
「Then you make it」
「えっ」
「now」
私のスマホをついついっと操作し、アカウント作成画面を出してアマンダさんが私に押し付けた。
「えぇ……えっと……」
私の横に並んで一緒に画面を覗いている。アマンダさんを見ると、頷かれた。
作るしかない流れだ。
このカラオケルームは神様の謎の力によってネットが使える。充電もできる。
なのでたまにスマホで地球のニュースなどをチェックしていたけれど、最近はほとんどスマホにも触れていなかったというのに。
ここにきて異世界でリア充御用達SNSにデビューすることになるとは。
できたてホヤホヤのアカウントは、アマンダさん主導で撮られた私とアマンダさんの自撮りが載せられ、そしてアマンダさんのアカウントと繋がった。
アイコン自撮りて。別に地球にいないからいいけども、割とハードル高い。
早速送られたアマンダさんのテンション高いメッセージにぎこちなく絵文字を返す。
よく見たら、アマンダさんめっちゃフォロワー多い。何これすごい。
インフルエンサー的なあれなのだろうかと思っていると、アマンダさんがもう一回私のスマホを取り、違うアプリを起動した。
こっちはメッセージや通話をするアプリだ。
「We can talk, if you stay here」
「あ、そっか」
もしアマンダさんだけが地球に帰っても、これで連絡を取ることができる。ネットができるのだから通話アプリも使えるだろうし、SNSに写真を載せれば無事が確認できる。
アマンダさんはもし私たちが別の選択をしても繋がっていられるように連絡先を交換したかったようだ。
「アマンダさん天使……」
ちなみに10分後、私はアマンダさんのプロフィールページを見ていて2歳上だということに気付き、アマンダさんがビクッとするほど絶叫することになった。
10個上くらいに思っていた。
外国の人は大人びてるとはいえ、アマンダさんに比べて私のしっかりしてなさがすごい。
ちょっと落ち込んだ夜だった。




