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フリータイムでも何時に入ったかつい確認してしまう20

「そろそろ帰る準備始めちゃっていいんじゃないかのう」


 突然神様が現れてそう言ったのは、私が奥神殿で1日カラオケをしてさて帰ろうかという頃である。

 今日も一日サカサヒカゲソウとフコの量産に励み、心なしか腕に筋肉が付いてきたように思えてきたこの頃。アイスティーを飲みつつヌーちゃんがミニサイズポテチを平らげるのを待っていた時に神様が出てきた。

 神様はヌーちゃんのポテチをつまみ食いしようとして、指を思いっきり噛まれていた。ヌーちゃんの食い意地がすごい。


「……帰る準備」

「魔術陣の記述を始めてよいと思うぞ。地に力が行き渡り、特に神官の力もよう満ちておる。アマンダちゃんの歌が効いたようじゃな」


 地球に帰るためには送還のための陣を描く必要があるらしい。力の強いものが力を込めつつ記述することでそれは効力を発する。今回の場合は中央神殿の神官がやってくれる予定のものだ。描き上がった陣にさらに力を込めることで発動し、陣の上にいる人を送り帰すことができる。


「じゃあ、えっと、伝えないと……」

「なんかぼーっとしとるのう、リオちゃん、まだ迷っとるんか」

「いやそりゃ迷いますよ。いきなりずっと生きてきた世界とお別れって割と迷うでしょ。神様だって同じ状況になったらどうします?」

「わし神様じゃし……お別れって存在そのものが消えるとかそんなレベルじゃし……」

「あぁ……」


 なんでもできる、なんでも創れる神様的にはあんまりピンとこない選択のようだ。

 セルフでポテチを取り出して食べ始めた神様に対し、ヌーちゃんが目をキラキラさせて擦り寄っていた。変わり身の速さがすごい。


「リオちゃんはなー、ちょっと見たけど、こっちで暮らす方がいいんじゃないかなーってわし思うけど」

「まじですか、神様お墨付きですか」

「少なくとも地球で社畜生活を続けてたら早々に倒れてたんじゃよ。今月くらいに」

「限界近っ!」


 神様は神様ゆえに、過去とか未来とかも見えちゃうようだ。そしてここに来なかった場合の私、割とやばかったようだ。

 大変だな、辛いなとは思ってたけど、倒れるとかそういうレベルではないと思っていた。でもルルさんも心配していたし、そう思っていた時点で割とやばかったのかもしれない。


「わしは基本見守る主義じゃけど、やっぱり辛いより楽しいと思って貰いたいもんじゃよ」

「確かにここで暮らしてたほうが楽しいです。でもそれは、色々面倒なことを全部地球においてきて、ここでも色んな人に助けてもらってるからじゃないかと」


 神様やルルさんを含めて沢山の人に支えられているからこそ、私は何の心配もなく毎日カラオケするだけで美味しいご飯を食べて暮らせている。

 神様は奥神殿ここにカラオケルームを作らせてくれたのもそうだし、地球にいる家族への仕送りも続けてもらっている。振込もしてもらえない、カラオケもない、この部屋限定とはいえスマホも使えない状態であれば、流石に今ほど気楽に過ごせてなかっただろう。


 ルルさんはこの世界で私を歓迎してくれている最も大きな存在だ。肯定して守ってくれているから、私はこの世界に対して恐怖を抱くことが少しもなかった。シーリースの事情を聞いても彼らの襲撃があっても私がのんびりしていられたのは、ルルさんが守ってくれるだろうという信頼があったからだ。


 他にも、私を守ってくれているピスクさんたち、あれこれと気遣ってくれるシュイさんをはじめとする巫女さん、毎日美味しいご飯を作ってくれている厨房の人たち。沢山の人が頑張ってくれているから今の私の生活が成り立っている。

 その贅沢さをありがたく感じると共に、前の暮らしと比べたときに何もしなさすぎて不安に思うこともあった。

 自分の手で稼いで、自分の足で立つことが人として最低限の義務ではないかと。


 そう言うと、神様はポテチを飲み込んでから言った。


「でもリオちゃんわしとの通信役頑張ってるじゃん」

「じゃんって……そりゃそうなんですけども、歌ってるだけだし……私の労力に対してもらえるものが多すぎる気が」

「どこの世界でも、人は一人では生きておらんのよ。日本では感じにくかったじゃろうけど、あの生活も沢山の人がいて成り立っていたものじゃろ」

「……そう言われてみればそうですね」


 自分の稼いだお金で自分を養っていたと思っていたけれど、スーパーの半額お惣菜だって誰かが作ってくれたものだし、アパートも大家さんが建てたから私が借りて住めていたのだ。会社だって社長が興したから私が給料を貰えてたし。社長も上司もひどい人柄だったけど。会社も消えたけど。


「お金を稼ぐことだけが関わりではないからのう」

「ですね」


 結局私は名残惜しいだけなのかもしれない。過去とか思い出を全部考えずに地球にいた頃の待遇と今の待遇を並べられたら、今の方を選ぶだろうし。ていうか今でも、帰ってどうなるものでもないしな的な気分が強いし。


「大事なのはどこで暮らすかでなく、自分が何をなすのかじゃよ」

「神様……」


 自分が何をするか。

 私は何かをできているのだろうか。


「まあ、ギリギリまで悩むがいいじゃろう。魔術陣は記述に時間がかかるじゃろうから。あ、そうじゃ」


 神様はお手拭きでポテチの塩を拭き取った後、私の右手のひらを取って指でくるりと円を描いた。するとそこに、緑色のサインペンで描かれたような中二病っぽい紋章が浮かぶ。


「えっなんですかこれ」

「正しい魔術陣が残ってなさそうじゃから、ちゃんと戻すために伝えとくからの。これを神官に伝えるがよい」

「なんで人の手のひらに描いたんですか! これ見せるのなんか恥ずかしい!」

「これを伝えたい相手の額に当てるとよい。そのまま情報が伝わるようにしておいた」

「なにそれすごい能力では」


 私の手をメモ代わりに使ったのかと思ったら、伝言板代わりだった。

 この手の印が消えるまで、具体的には24時間ほど、5人くらいになら伝えられるらしい。中二病もびっくりな伝言方法だけども、魔術陣は見た目だけでなく色々と情報が必要らしいので私が聞いて伝えるよりこの方が確実なのだそうだ。


「じゃあアマンダちゃんによろしく。何かあったらまた呼んでくれたらいいからのー」

「待って神様、これ石鹸で洗っても大丈夫ですか?」

「ヘーキヘーキ、お風呂入っちゃっても消えんから〜」


 気軽な感じで頷いて、ポテチの残りを手に神様は消えてしまった。

 じっと手を見る。

 どう見ても水性ペンで描いたような感じなんだけど、これ本当に消えないんだろうか。不安。


「……」


 握らないように、他のものにも触らないようにしつつ私は中央神殿へ帰る準備をした。






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