フリータイムでも何時に入ったかつい確認してしまう19
夏の暖かく乾いた風と強い日差しは、よくサカサヒカゲソウを乾燥させた。断面が広くなるよう半分に切って干しておくと大体一日でしわしわに乾く。
一日休んで、一日歌う。アマンダさんは中庭、私は奥神殿と場所を分けて同時に歌うことで、サカサヒカゲソウもフコもその都度沢山収穫できた。
疫病に罹った人はサカサヒカゲソウを煎じて飲み、そうでない人は栄養のあるフコを食べて体力を付ける。私やアマンダさんが提案した手洗いうがいや消毒についての方法も、多少なりとも役立ったと思う。
日々の報告をとりまとめているルルさんも、実際に疫病罹患者が減っていると教えてくれた。
「この街にいる患者は数人ほどにまで減ったようです。疫病かどうか疑わしい時点でもサカサヒカゲソウを服用することで抑えられているのかもしれません」
「よかったねえ」
歌って休むのサイクルを4回繰り返してのち、ジュシスカさんもそろそろ復帰するという話が出た。
本人の症状は半分の期間ですっかり治っていたらしいけれど、数日は引きこもってもらっていたのだ。インフルエンザみたいに数日ウイルスが残るかもしれないので、ルルさんやお医者さんに相談した結果である。
本人はめちゃくちゃ元気らしく、すでに西の小神殿で鍛錬に励んだり、他の神殿騎士や子供たちの看病をして嫌がられたりと精力的に活動しているらしい。
マキルカの国内で疫病による死者の報告は現在のところ5名。これは病気の特定ができていなかった頃の数字で、サカサヒカゲソウを配るようになってからは幸いにも全員が持ち直しているらしい。疫病の症状の重さと共に、サカサヒカゲソウの効力の強さを痛感する。
「サカサヒカゲソウはこの大陸にはない植物ですから、もしリオたちがいないまま広まっていれば恐ろしい被害が出ていたでしょう」
「そう考えると、ある意味ではいいタイミングだったのかもしれないね」
サカサヒカゲソウのお陰で周辺の街でも罹患者は減少しつつあるらしいけれど、今回の流行が終わっても次があるかもしれない。アマンダさんと私は治療の分だけではなく、予備に置いておける分も考えて多めに作る予定だった。
ジュシスカさんが回復し、疫病が心配していたほどの被害をもたらさなくて安心した一方。
今回の件は私たちにとってはあまり歓迎しない状況も招いてしまうことになった。
「アマンダ様!」
「救世主様にお目通りを!!」
「どうか我々にもお恵みを!!」
異世界人の歌に植物を育てる効果があると大々的にバレてしまった件がひとつ。
私だけだった頃はできるだけ伏せるために、フコ育て名人的な感じでしか知られていなかった能力が、種別関係ないということがバレた。そりゃそうである。中庭で育てたらいっぱいサカサヒカゲソウが増やせるけれど、同時に庭に植わってある木とか雑草もモリモリと育ってしまったのだから。
私が奥神殿に篭っていたときのことなので伝え聞いた話だけれど、アマンダさんが歌っているときに中庭に面する窓から種を投げ、他の植物を増やそうとしちゃった人がいてかなりモメてしまったそうだ。犯人はこの世界の薬剤師的な役割をしている人で、他にも貴重な薬が云々などと供述し、そしたら他の人もじゃあアレもとかコレもとか言い出して最終的に神殿騎士がしょっぴいたとかなんとか。
さすがに全部の要望は聞けないのでもうアマンダさんが歌ってるときは全員見学禁止にする動きが出たんだけれども、それはそれで問題が出て今揉めているそうだ。
それがもう一つの問題、歌を直で聴くと力がモリモリ満ちちゃう件である。
「どうぞ、救世主様のお力をお与えください!」
「我々にも!!」
奥神殿は神様と繋がりやすい場所だけあって、神様の強い力を遠くまで行き渡らせることができる。外で歌うとそういう効果は薄い代わりに、アマンダさんの力そのものが人々に強く伝わるのだとか。
居合わせた神官や巫女たちの力が目に見えてアップしてしまったが故に、我も我もとアマンダさんの恩恵に預かろうという人が中央神殿だけでなく、他の神殿や一般の人たちにも出てきているらしい。
もちろんかなり理性的なエルフの人々、しかも神に仕えている人たちなので、そういう人を嗜める側が大多数ではあるけれど、禁止にしても見にきちゃうとか、それを阻止するために神殿騎士を配置すると人手不足がますます激化とか、配置された神殿騎士はアマンダさんの歌を聴けるのズルいとか、なんかそんな感じでモメモメしている。
なので今はピスクさんがアマンダさんに付き、廊下の警備にフィデジアさんが復帰して、ルイドー君も道中の確認などでフル活動していた。
「リオ、足をお止めになりませんよう」
私の実害としては特にそんなに感じることが少なく、部屋と奥神殿往復の引きこもり生活続行になってしまったとか、ルルさんが移動のときさらにピリピリ状態になってしまったとか、たまに巫女さんたちに会うと「救世主サマ」感が強くなってせっかく縮みかけた距離が広がった気がするとか、それくらいである。
アマンダさんは実際歌っている場面をいろんな人に見られている分、あれこれ声を掛けられたり、揉めてる現場を見ちゃったりと大変そうだ。今は緊急時だからとサカサヒカゲソウ栽培を続けているけれど、食事時に疲れた顔をしていることが多くて心配である。
歌う日だった今日もまた一悶着見かけたらしく、アマンダさんの好物が並んでいても浮かない顔だった。
「アマンダさん、お疲れさま……アニマルヒーリングする?」
私がヌーちゃんを渡すと、アマンダさんが無言で受け取って撫で撫でしていた。黒いふわふわの体を片手で抱っこしつつ、近寄っていったニャニが手を挙げるとさらにその手を握り、それからゴツゴツした青い体を撫でまくっている。
うん、いやいいんだけど。癒しになるならほんと何よりなんだけども。アマンダさん本人が違和感を感じてないなら全然いいと思うんだけども。アマンダさんは色々とすごい。
ルルさんや長老の考えとしては、アマンダさんには申し訳ないけれど、今はこのまま彼女に矢面に立ってもらった状態を維持するのが一番ではないかということだった。
アマンダさんが中庭で歌うのも、サカサヒカゲソウが十分なほど確保できるまで。そしてアマンダさんがこの世界にいるのも、帰還の準備ができるまで。
ルルさんや長老は極秘に準備を進めつつ、返してしまった後で「あれはアマンダさん特有の力だったけど、彼女もう帰っちゃったからね」と広めようと狙っているらしい。
私が残ったときにこの事態を引き継がせないために必要なことかもしれないけれど、アマンダさんには色々と頑張ってもらっていてちょっと申し訳ない。
色々いい感じに終わるといいな、と思いながらアマンダさんたちを眺めていると、ニャニがこっちを向いて手を挙げた。
いえ、私はいいです。




