フリータイムでも何時に入ったかつい確認してしまう17
体感で寝坊したってわかるとき、あるよね。
あった。今。
「寝すぎた!!」
いきなり起き上がった私を、お茶をカップに注ごうとしていたルルさんが見ていた。
「リオ、いきなり起き上がっては」
「ルルさんなんで起こしてくれなかったの?! すぐ起きるって言ったのに」
自己責任だけど、ついルルさんに八つ当たりしてしまった。
学校なら怒られて終わるけど、会社なら怒鳴られて終わるけども。
今は人の命がかかってるのに。
「歌ってくる」
「リオ、待ってください」
「お茶は後で飲むから置いといて」
「そうではありません。リオが急ぐ必要がないのです」
「どういうこと? ジュシスカさんは?」
散歩に行きたすぎる犬と飼い主みたいな構図になりながら、ルルさんは奥神殿に戻ろうとする私を引き止めた。
ルルさんが付いてくるなら教えると言ったので、私は進行方向に負荷をかけるのをやめた。ルルさんが軽く溜息を吐いてから、私に上着を着せ、前をしっかり止めて、奥神殿とは反対の方に歩き出した。
「ルルさんどこ行くの?」
「すぐそこです」
「ジュシスカさんは?」
「薬を飲んで眠っているそうですよ」
サカサヒカゲソウを乾燥させた根を煎じて飲んだジュシスカさんは、まだ症状はあるものの悪化はしていないらしい。西の小神殿にいる他の患者にも薬が行き渡り、初期症状の者はすでに治りかけてもいるらしかった。
薬の効果はかなり高いようだけど、全員が治るのに必要な分にはまだ足りないはずだ。
さっさと奥神殿に戻って作業を再開したいのにルルさんは何で逆に進むのだろう。
そう思っていた私は、階段を降りてしばらく進んだところで気が付いた。
「……アマンダさん、起きて大丈夫なの?」
「ええ、三姉妹がもう治ったようだと……リオ、そんなに急がないでください」
廊下に作られた窓のところで、神官か巫女のような人たちが集まって中庭を見下ろしている。そこから聞こえてくる歌声に耳を傾けているのだろう。
見ようと急ぎ足になる私とは裏腹に、ルルさんの歩みは遅くなった。
「すみません、力が眩しくて周囲の気配が探りにくい。リオはあまり前に出ないでください」
「大丈夫だよ。神官っぽい人たちしかいないから」
ルルさんが私の手をしっかり握って慎重に進む。私は全然オーラとか力とか見えないので普通の廊下にしか見えないけれど、ルルさんにはホワイトアウトしたように感じられているようだ。
護衛がしにくくなるからと警戒しているようだけれど、窓際に集まっている人たちも全然動かないので多分同じような感じになっているのだろう。よく見ると、目を瞑って手で顔を覆っている人もいる。
私たちの歌、目くらましに使えそう。
ルルさんを引っ張る形で窓際まで近付き外を見下ろすと、やっぱりアマンダさんがいた。
三階の窓まで聞こえてくる力強さ、安定した旋律に心を湧き立たせる歌。
普段鍛錬に使われていたり、メルヘンを走らせたりするグラウンドのような中庭である。外周に何本か木が生えているだけで他には何もないところだ。
固い土が露出しているはずのそこが、一面草に覆われていた。
「サカサヒカゲソウ、めちゃくちゃ生えてる」
アマンダさんがいて、その近くにルイドー君と三姉妹が彼女を守るように立っている。彼らの足元が隠れるほど、独特の形をした薬草が伸びて花を咲かせていた。
伸びやかな歌声に呼応するように、それが成長を続けているのがわかる。周囲に生えた木も、早送り映像のように枝を伸ばしていた。
陽に当たり輝く細かい雨が降り、さわさわと葉が揺れている。
「救世主様……」
近くにいた男性が、思わずというようにそう呟いた。周囲の人がそれにつられたように、救世主様だと口々に囁いている。
私たちがいるところ以外の窓にも、人々が集まっているのが見える。
みんなが、植物や雨さえも、アマンダさんの歌に聞き入っているように見えた。
そりゃそうだ。こんなに綺麗な歌声だもん。
しかも私でも知ってるほど人気の曲だ。演奏が特徴的なロックなのに、アカペラでこれだけ伝わってくるなんてすごい。
アマンダさんは、ほんとにすごい。
アマンダさんが体で取っているリズムに合わせて手を叩く。するとちょうど間奏に入ったアマンダさんがこっちを向いて、リオ! と手を振ってくれた。それに振り返しながら手拍子を続けると、アマンダさんも同じように手を叩いた。
「リオさま」
「こうやって手を叩いたら、アマンダさんきっともっと歌いやすいよ」
変則的なリズムだけど難しくはない。私が見せるように手を叩くと、周囲にいた神官や巫女さんたちも眩しそうな顔をしながら真似をしてくれた。音が大きくなると、ほかの窓からも手拍子の音が聞こえ始める。
力が溢れる中でリズムを取るのは難しいのかパラパラと崩れて聞こえる音もあるけれど、大きくなったリズムが中庭に溢れる。アマンダさんはそれに乗って、負けないようにさらに力強く歌った。
私にはこの世界にある「力」は見えないけれど、音楽のパワーはわかる。
アマンダさんを中心に広がるそれが大きくうねり、人々を巻き込んで神殿自体を包み込んでいるように感じた。
「Ri-o!!」
「アマンダさーん!!」
中庭へ下りて手を広げるアマンダさんに走って近付くと、ぎゅっとハグされたあとに頬を包んでうりうりと撫でられた。
「You look so great! I’m so worried you might get sick!!」
「よくわかんないけど元気になったみたいでよかった〜」
アマンダさんは私をもう一度ぎゅっとハグしたあと、ダバダバ走ってきたニャニの長い鼻を持ち上げて同じようにうりうりと撫でている。笑顔で何か話しかけているアマンダさんに対して、青いワニなニャニがなんか嬉しそうに手を挙げていた。
あれ? 私ニャニと同じ扱い? ニャニが私と同じ扱い?
気付いてはいけない事実に気付いている私の周囲では、まだどこか夢見がちな神官や神殿騎士たちがサカサヒカゲソウの収穫をしていた。種は地上に撒かれただけなので大体は拾うだけでいいけれど、いくつかの苗は地面の中にしっかり根付いているようだ。
私が入るほど大きな籠が、次々と満杯になって運ばれていく。
奥神殿で歌うより、何倍も多い収穫量だった。この前にも一度収穫したらしいので、私が寝る前に増やした量を合わせたものよりずっと多くのサカサヒカゲソウが穫れたのだろう。
「これ以上増やすと、干す場所がなくなります。屋上も使いたいので、雨が降らないように今日はもう二人ともお休みになって頂きたいのですが」
「うん、そう伝えるね」
もう夕暮れに近く、空も赤くなり始めている。
私はルルさんに頷いてから、アマンダさんへと話しかけた。




