フリータイムでも何時に入ったかつい確認してしまう16
布の端を引きずる。もう籠に入れるのもダルいのでルルさんにやってもらう。
お尻でドアを開けながら出てきた私の手からルルさんが布を引き受けてくれた。
なんか外が明るい気がする。もう朝なのかな。
「ふう……じゃあ」
「お待ちください」
ガシッと手首を掴まれて、私は祈りの間に入りそびれた。
「リオ」
「なに?」
「休憩しましょう」
「あともうちょっとやる」
ルルさんの握力が、戻りがたがる私を軽ーく止めていた。
振り向くと、ルルさんが真剣な顔して「その言葉はもう4回目です」と答える。
そうだったっけ。
「じゃあ、あと一回だけやったら休む」
「それも先程聞きました」
「じゃあもう一回だけ」
すっ……とルルさんの目が細まって、私はヤベーなとちょっと思った。
ちょうどやってきたミムさんが、空の籠の中に布に乗せたままのサカサヒカゲソウを入れていく。作業をしながら心配そうに私を見た。
「リオさま、どうぞ一度お休みくださいませ。もう日が昇りましたし、薬草も随分増えましたわ」
「私は平気だから、休憩はもうちょっと増やしてからがいいんだ……けども……」
チラッとルルさんの顔を見ると、氷の無表情をしている。怖っ!!
ニャニより怖い。
「……や、やっぱりちょっと休憩しようかな〜……ってね……」
顔色を窺いつつ私がそう言うと、ルルさんがにっこり笑った。
それからいきなり私を持ち上げる。
「え?!」
子供を抱っこするように持ち上げてから少し移動して、それから私をそっと下ろした。
空の籠の中に。
「えええ?!」
「よいしょ」
なんか可愛い掛け声と共に、ルルさんが籠を背負う。
私が入っている籠を。
この籠結構大きいと思ってたけど、私が座って入っても結構余裕あるな〜。
ちょうど首から上が出て視界を確保できる高さだな〜。
いやそうじゃない。
「何これ?! なんで?! おろして?!」
「暴れないでください」
「えっなんで私が怒られるの? ルルさんが怒られる側じゃない?」
道具にはそれぞれ用途があり、明らかに違う目的で使っている。
この籠もまさか人間を運ぶことになるとは思ってもみなかっただろう。
背負われると、ルルさんの方へやや傾くので中でバランスが取りづらい。ルルさんの肩に手を置いてバランスを取りつつ説得していると、隣でミムさんも同じように籠を背負っていた。ただしこちらはサカサヒカゲソウの入った正しい使い方をしている籠である。
「あらあら」
「あらあらじゃない。あらあらじゃないよ!」
それだけで終わらせていいことではない。スルーしないで。
ルルさんに何か言ってあげて。
そう頼むとミムさんは頷いた。
「では階段は私が先に降りますわね」
「そんなんどーでもいい!!」
何が「では」なの? エルフの人たち大丈夫?
ルルさんも何も言わずミムさんに続いて階段を降りる。
何? 荷物は黙ってろみたいなこと?
「ちょルルさん、自分で歩くしごめんなウワ階段怖ッ!!!」
「動くと落ちますよ、リオ」
若干前傾体制をとって降りるルルさん、その背中で怯える私。
籠のまま落ちたらそのまま下まで転がっていきそう怖い助けて。
結局私は籠の中でルルさんと背中合わせになるよう後ろ向きになり、三角座りをすることによって安定性を得た。怖いけどこの体制が一番落ちなさそう。
階段を降りるルルさんの足取りをゆらゆらと感じつつ無事を祈る。籠が案外丈夫そうでよかった。
階段を降り終わり、ルルさんたちは渡り廊下に差し掛かった。
奥神殿から出た瞬間に溢れる日差しの明るさに目を瞑る。
「う、眩しい」
「もう昼近いのですよ」
「そうなんだ」
「一度伝えましたが」
「すみません」
育ったサカサヒカゲソウを渡したらすぐに次を育てないと。
そう思いながら渡していたせいで、あんまりルルさんの話を聞いていなかったらしい。申し訳ない。
「もう随分多くを干しています。今日は風もありますし、明日の分は街の患者を含めて全員に薬を配ることができます」
「症状の軽いものなら、随分楽になる筈ですわ」
でも、干している今日一日で患者がもっと増えるかもしれない。
明日の分は確保しても、明後日も明々後日も薬は必要だ。他の街にも必要としている人が沢山いるかもしれない。
そう思っていると体が跳ねた。
ルルさんが籠を背負い直したらしい。
「怖っ!!」
「ああすみません、もうすぐですから」
「いや下ろしてくれていいんだよ? 今すぐ下ろしてほしいくらいだよ?」
私の話をナチュラルにスルーして、ルルさんが私の部屋の前まで戻る。
離れた場所にいたルイドー君がこっちを指差してゲラゲラ笑っていたので、私の繊細な心は傷付いた。
微笑ましげに見ているピスクさんの瞳にもそれなりに傷付いた。
できるだけ籠の中に隠れるように座り込みつつ部屋の中へと運ばれ、ようやくルルさんの背中から籠が下される。猫の子でも持ち上げるように取り出され、私はベッドの縁に腰掛けた。
もうお外出たくない。
「ニャニ! ルルさんにシャーってして! ルルさんがひどいことした!」
「まさか、私がリオを傷付けることなどする筈もありません」
「私のガラスのハートが粉々! パウダー状!!」
椅子の下からヌッと顔を出したニャニに言うと、ニャニはルルさんに対してまたシャー……? と煮え切らない威嚇をした。なんでルルさんにだけ当たりが柔らかいんだこの神獣は。ひいきか。ひいきなのか。
ルルさんはルルさんで私の抗議を気にすることなく、ハイハイみたいな態度で靴を脱がし、あったかい濡れタオルを用意して私に渡してくる。
騙されるか……飲み頃のお茶を渡されても絆されるものか……!
「すみません、リオが心配なあまりつい」
「つい、でできることじゃないよアレ」
「お詫びに添い寝して差し上げますね」
「ルルさん、お詫びの意味わかってる? ねえ?」
「さ、着替えてください。お手伝いしましょうか?」
相変わらず押しの強さで自分の思い通りに物事を運ぶ人である。
急かされるように着替えてベッドに押し込められ、ルルさんがその隣にグイグイ入ってきた。せめてもの抵抗として背中を向けて寝ると、ルルさんがしっかり抱きついてくる。どういうこと。
「声が嗄れかけています。治癒しますから、リオはお眠りください」
「その力で病気治せないの?」
「病は外傷とは違いますから。できたとしても、患者一人に対して膨大な力を必要とするでしょう。薬草があるならその方が早い」
神殿も力もそれほど万能ではないらしい。神様は何を考えて病気なんか作ったのだろう。
ルルさんが後ろから腕を回して、私の首のあたりをそっと手で包んだ。それが温かく、変に冴えていた神経がゆっくりと鎮まる。
「ルルさん」
「はい」
「……私が休んだ分作れなかったせいで、死ぬ人がいるかもしれないと思うとすごい怖い」
「あなたは十分治療に貢献していますし、もしそうなったとしてもリオのせいではありません。患者が死ぬ原因は疫病で、助かるかどうかは本人の力によります」
「でも、薬があったらもっと治るわけだし……」
「今はお眠りください、リオ。今日はほとんど眠っていませんから。少ししたら起こしますから」
「すぐ起こしてね」
首と背中からルルさんの体温が伝わってくる。チャカチャカずるずると部屋の中でニャニが動き回る音が聞こえる。モゾモゾと布団の中から出てきたヌーちゃんが私のお腹あたりで丸まるのを感じる。
「おやすみなさい、リオ」
ルルさんの声が優しく聞こえる。
気持ちが緩むと眠くなってきて、私は意識を手放した。




