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フリータイムでも何時に入ったかつい確認してしまう15

 その夜。

 ゆさゆさと揺さぶられて私は起きた。


「リオ、起きてください」

「おぉ……ルルさんありがとう、今巨大なニャニのお腹に潰されそうに」

「申し訳ありません、どうか奥神殿へ行っていただきたい」


 おすわりをするニャニの下で逃げ惑う夢にまだ半分浸かった私を、ルルさんが真剣な顔で起き上がらせた。胸の上で寝ていたヌーちゃんがころころと膝に落ちる。


「え? なに? どうしたの?」

「ジュシスカが疫病だとわかりました。サカサヒカゲソウが必要です」


 一気に目が覚めた。

 ヌーちゃんを枕の上に置いてベッドから飛び降りる。


「今すぐ行く」


 靴を履くのももどかしく、広い部屋を横切って廊下へ出る。扉の前で警備をしていたピスクさんも、アマンダさんの部屋の前にいるルイドー君も、硬い表情をしていた。言葉を交わすことなく、奥神殿を目指す。ルルさんが柔らかいガウンを羽織らせてくれた。


 ジュシスカさんの症状が回復せず、明らかに一般的な風邪ではないと判断した小神殿の騎士が医師を呼ぶと、街で増え始めている病と同じ症状だと診断した。

 腹部や背中に落ち葉のような赤い斑点が浮かぶのが特徴で、風邪のような症状がどんどん悪化して死に至る。医師が今まで見たことのない病だということから、ジュシスカさんがもしやとサカサヒカゲソウの話をした。そこから中央神殿に問い合わせが来て、シーリースで罹患者が増えていた例の疫病だとわかったのだという。


「ジュシスカの分には、昨日までに干していた分を持たせました。しかし小神殿の神官や神殿騎士にも同じ病と思われる者が出ています。民にも配るにはとても足りません」

「ジュシスカさん、大丈夫なの?」

「種を持ってきたシーリースの男によると、根を煎じて飲ませれば徐々に症状は治るそうです。意識がなくなれば手遅れにもなり得るようですが、ジュシスカの体力であれば持ちこたえるでしょう」


 症状が重ければそれだけサカサヒカゲソウが必要になる。干した根を煎じて薬にするので、すぐに使えるわけではない。今症状が出ている人が多いのであれば、一刻も早くサカサヒカゲソウを増やさなければいけないのだ。

 いつもシーリースの人に渡している倍、もしくはそれ以上が必要になるかもしれない。


 小さな種の入った袋と大きなカゴを受け取って、私はルルさんに頷いた。


「増え次第すぐに部屋から出すね。私はしばらく奥神殿から出ないつもりだけど、もしルルさんが心配だったら運ぶのを三姉妹の誰かに手伝ってもらって」

「そのつもりです」

「ジュシスカさんに何かあったらすぐに教えてね」


 はいという返事を聞いてすぐ、私は祈りの間へと飛び込んだ。

 部屋の壁際、棚の上に畳んで置いてある布を広げる。そこに種を蒔いて、私は息を吸った。

 頭に浮かんだ歌をとりあえず歌い始める。大きな声で、種によく響くように願いながら。口から出たのは、少し古い歌だ。勢いがあって、歌い慣れている曲。

 こんなに切実な祈りを込めて歌ったことはないかもしれない。


 サカサヒカゲソウは疫病を治すための貴重な薬草だ。それはわかっていたけれど、どこか他人事だった。遠い国で苦しんでいる人たちに対して、良くなりますようにという気持ちはあったけれど、それは穏やかな気持ちだった。


 今は恐怖の方が強い。

 ジュシスカさんが、街の人たちが、死んでしまったらどうしよう。他の優しい人たちがいなくなってしまったら。私のせいで助からない人がいたらどうしよう。

 大きな恐怖が目の前で立ち塞がっているように感じる。


 こんな気持ちで歌うのは良くないのかもしれない。そう不安にも思いながらサビに力を込めたけれど、種は無事に発芽し始めた。少しホッとした気持ちでメロディを追いながらマイクを探す。脳内で流れる間奏の間にカラオケのリモコンも取りに行く。


 どれくらい必要になるのかわからないから、余るほど作っておきたい。

 花が咲いて根が太くなったら、布の端を持って籠の中に入れる。重くなった籠を引きずって扉の外に出すと、ルルさんがそれを引っ張り、代わりに空の籠を渡してくれた。それを受け取って私はまた戻る。

 残した花を優しく触れ合わせて歌うと、受粉して種ができる。それをまた布の上で広げて歌う。


 移動させる時間がもったいないから、扉の内側すぐの床に布を広げた。曲を探す暇も惜しみたくて同じ曲を何度も歌う。息切れをしたら水を飲んで、疲れたら座ってまた歌う。腕がだるくなったらマイクスタンドを使って、汗が鬱陶しくなったらおしぼりで拭いて。

 私はただひたすら花を咲かせ続けた。






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