混んでるとお一人様は並びにくい24
アマンダさんに顔色を心配されてしまった。
よく眠れていないのが顔に出ていたらしい。大丈夫です元気ですと伝えつつ、手紙を渡す。アマンダさんが早朝から奥神殿に行っている間に書いたものだ。
今日も早起きなアマンダさんに間に合わなかった。ピスクさんによると同行したルルさんが昼に戻ると言っていたということだったので、私は潔く諦めてゆっくり朝食を食べ、英作文に勤しんでいたのである。
あんまり長時間歌っているとあなたの体が心配ですということと、私も歌いますので時間で区切って交代しながら歌うのはどうですかという提案。あとはもしアマンダさんが良ければ、街を見たりメルヘンな馬メルヘンと触れ合ったり、そういう思い出を作りませんかというお誘い。
上手く伝えられる自信がなかったので、文字にして渡すことにしたのだ。私のヘタクソな発音よりも、ヘタクソな英作文のほうがいくらかヘタクソ度が低いはず。多分。
アマンダさんがすぐにでも帰りたいという気持ちはわかる。いきなり連れてこられて不自由な生活を強いられていれば誰でもそう思うだろう。でもそのまま帰って思い出したくない過去として抱えていくよりは、ちょっとでも楽しく思い出せるようなことがあった方がいいのではないかと思ったのだ。
悪い人もいるけれど、この世界にもいい人はいっぱいいるし、美味しいものもあるし、楽しいものも可愛いものもある。せめて、この世界のことを思い出すときに「全部が嫌ってわけじゃなかったな」くらいには思ってくれたらいい。
そういう気持ちで書いてみたけど、余計なことだったかな〜と読んでいるアマンダさんを見ているうちに思えてきてしまった。
ネガティブの虫、引き続き絶賛大量発生中である。
やっぱいいです……と言い出さないために視線を逸らすと、部屋の隅でニャニがすっ……と片手を上げた。
そうだよね。書くべきか悩んで書くことにしたんだし、今更迷ってもどうしようもないよね。でもとりあえずアマンダさんがビビるといけないから隠れて隠れて。
ソファの下を指してニャニを隠れさせているとアマンダさんが顔を上げた。
近付いて、手紙の文面を指差しながらアマンダさんが喋る。アマンダさん、なんか外国の香水っぽいいい匂いがするのはなんでなんだろう。カラオケルームで使ったのだろうか。
体調については特に変化もないから大丈夫だけど、心配ありがとうということ。
手助けしてくれることはとても嬉しいから、どうせなら一緒に歌った方が二倍になっていいのではないかということ。
あと、ぜひ私のオススメな場所を案内してくれたら嬉しいということ。
アマンダさん、こんな状況なのにとても優しくてポジティブだなあ。
うるせえこんな世界にいられるか俺はカラオケルームに引きこもるぜとか言ってもおかしくはないのに。私に対しての気遣いもあるのだろうなと思うと、本当にすごい人だなと思う。
この世界での残りの生活を、アマンダさんが少しでも楽しく過ごしてくれると嬉しい。
でも一緒に歌うとかそういうのはマジで無理。マジで。
「シング、ノー、トゥギャザー。ノー。ノートゥギャザー」
「No together? Why?」
ワーイ? もくそもない。私が爆発してしまう。羞恥心と劣等感と嫉妬心で。
そんな思い出はアマンダさんの異世界生活を彩るわけにはいかないので、私は頑なに拒否をした。
いやいきなり「一緒に歌おう」とか外国人のコミュ力ハンパないな。やっぱり歌に自信があるからそういうことを言い出せるんだろうな。とまで考えてネガティブに気付き、私はグッとこらえた。ニャニが頑張れと言いたげに……しているかどうかはわからないけれど、ソファの下から上半身だけ出して片手を交互に上げていた。
私がモヤモヤしているのはどうしようもないけど、それは完全に私の都合なので外に出さないようにする。それが昨夜寝付けずに考えた結論だ。
せめてそれくらいのプライドは持っていたい。
結局、私の頑ななノートゥギャザーにより、アマンダさんはシングトゥギャザーを諦めてくれた。ただ、本当に私の調子が悪そうなので今日はゆっくり休んで、交代で歌うのは明日からにしたらどうかとの提案付きである。
アマンダさん、めっちゃイイ人。歌も上手いしな。
「オーケー、サンキュー。サンキューフォーユアカインドネス」
私が教科書で丸覚えした文章でも笑顔で頷いてくれるとこも優しい。そして私の英語力もいい感じに鍛えられてきた気がする。気のせいかもしれないけど。
思えば、絶対に使わないだろと思っていた英語をこうして使えるのも、この世界に来たからだ。日本にいたままだったら、きっとまた会社勤めに明け暮れて外国の人と喋る機会すらないままに暮らしていた。
ネイティブなアマンダさんは教科書通りの発音ではないし、伝わらないことも割とある。けれど教科書で習った文章や熟語から理解できたという会話も多かった。日本の英語教育は役に立たないと思っていたけれど、意外に何とかなっている。
異世界に来て、こうして日本での生活を見直すのはなんだか不思議な感じだ。
「離れてから気付くものもあるということだろうか」
「何がですか?」
「うわっ」
すっとルルさんが近付いて声をかけてきたのでビックリした。
見上げると、昼食の用意が整っているのでそろそろ移動してはどうかと提案してくる。アマンダさんに英訳して、私たちはフィデジアさんたちが待つ部屋へと向かった。
「リオ」
「なんですかルルさん」
「離れて気付くものもあるからといって、故意に離れることはしないでくださいね」
「しないし、多分なんか勘違いしてる」
ルルさんがにっこり笑って、私の手をぎゅーっと握った。アマンダさんがそれを見て生温かく笑った。ニャニは手を挙げた。




