混んでるとお一人様は並びにくい23
歌手になりたいと思ったことはなかった。
なれると思ったこともなかった。
好きと上手いは違う。私は歌うのが好きで、だからこそ上手になりたいと思って色んな練習もした。ネットには練習法やコツがあふれている。毎日やる気力はなかったけど、試行錯誤して今まで苦戦していた歌が上手く歌えると嬉しかった。
誰かに歌を聞かれるのは好きじゃないから、別にプロみたいに歌えなくてもいい。自分の基準が少しでも上がって、前より上手く歌えたらそれで。
そう思っていたはずなのに、今私の心に浮かんでいるのはアマンダさんの才能に対する猛烈な嫉妬心だった。彼女の歌と自分を比較して、劣っていることに対して物凄くショックだった。
「わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「リオ?!」
ルルさんが戸惑っている。
そうだろう、いきなり奇声を上げて歩き出し、でんぐり返しをしてからダンゴムシ状に丸まった女を前にすれば誰だって戸惑うだろう。でんぐり返しは一応ベッドまで行ってやった。
いくら器の大きいルルさん相手にだって、こんな気持ちは打ち明けられるはずがない。
いや嫉妬ってなんやねんと、私の中に住む架空の関西人がツッコミを入れた。
そう。自己満足できればそれでいいだとか、他人がどう歌ってようが関係ないとか思っていたくせに、いざ上手い人を目の前にするとこれだ。
ショックを受けたということは、無意識に私は他の人よりも少しは上手いと思い込んでいたわけだ。そりゃプロには敵わないけど、好きだしいっぱい歌ってる分普通の人よりは上手いと。かなり傲慢じゃないかもう恥ずかしい。
あと好きの量は測れないし、当然上手いかどうかがその指標になるはずもない。そんなこと頭ではわかってるのに、アマンダさんの歌を聴いてアマンダさんが物凄く歌が好きなんだろうなと思ってしまった。それに負けてるんじゃないかという気もした。
歌に勝ち負けはないのに。
こんな些細なことで取り乱す自分が恥ずかしいし、勝手にアマンダさんを意識している自分も情けない。
アマンダさんは地球に帰りたくて、少しでも早く帰りたくて頑張っていただけなのに。いきなり連れてこられて、しかもいきなり嫌な目に遭って、それでも挫けずに前向きに過ごそうとしているのに。
私の下手な英語も一生懸命汲み取ってくれて、全然言葉が通じない人たちの中で頑張ってる人なのに。
衣食住保障してくれて助かるなーとしか思ってない私より、ずっとずっと苦労しているのに。
「リオ、」
「ごめんルルさん。ちょっと一人で悩むね。ルルさんも一日大変だっただろうからもう休んで。おやすみなさい」
「待ってください。話せないことならば、せめてお側にいさせてはくださいませんか」
「今はむり。本当に。ごめん。一人になりたい。もし整理できて話したいと思ったらちゃんと話すから」
ダンゴムシから人間に戻ってベッドを降り、ルルさんの背中をドアの方へと押す。背筋がしっかりついて重たいルルさんは、私が必死にお願いすると押されてくれた。また明日と言うと、物言いたげな顔をしていながらも頷いてくれる。
誰もいなくなった部屋で私は溜息を吐いた。
いや、誰もではなかった。ニャニがテーブルの下からズルズルと姿を現している。いつもなら早く帰れと言うところだけれど、今はニャニのビジュアルよりも自分のダメさの方が怖い。
もし私とアマンダさんの立場が違ってたら、ルルさんはアマンダさんのことを好きになってたのでは、とか。
そんなこと考えたってどうしようもないことがあれこれネガティブに浮かんでくる。
何不自由ない生活で、毎日楽しく生きているのになんでこんなにウジウジしてしまうんだろう。
「も〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
私はそもそも、色々考え込むのに向いてない。
なのにシーリースのこととか、日本に帰るかどうかとか、あれこれ考え過ぎてちょっと脳がキャパオーバーになっているのだきっと。
そこにアマンダさんの歌がガツンときて、自分でも混乱しているのだ。きっと。
いろんな心配だとか不安だとか、嫉妬とかが混ぜこぜになっている。
しっかり寝てよく食べて、カラオケでもすれば気が晴れるはずだ。落ち着いたらネガティブな感情だってなくなるだろう。そうであってほしい。
結局私は、それから1時間ほど部屋の中をグルグルと歩き回ってから寝た。
長い尻尾をズルズル引き摺りながらニャニが私の後ろに付いてずっとグルグル回ってくれたのが、なんだかちょっと、ほんのちょっとだけホッとした。




