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混んでるとお一人様は並びにくい21

 白い渡り廊下を一人きりで渡るのは初めてだ。

 渡り廊下から空を見上げると、朝日に輝く細い雨が優しい風で少し傾きながら降っている。雨は屋根に遮られて、風だけが涼しく廊下を通っていった。


「綺麗だなー」


 バチャバチャと音がして下を見ると、ニャニが水面に浮きながらグルングルンと横回転していた。相変わらず方向性のわからないアピールだけど、この距離だと流石に怖くなくなってきたな。見慣れたのかもしれない。


「ニャーニー、おはよー」


 声を掛けると、ますます回転速度が上がった。

 いや、やっぱり怖いな。もうちょっと大人しくしてくれると親しみやすく……は、ならないかもしれないけど、なんかこう、うん。


「リオ!!」

「あ、ルルさんンッ?!」


 いきなり大声がしたと思ったら、ルルさんが渡り廊下の向こう側から猛烈な勢いで走ってきた。がっと肩を掴まれたので、腕にかけたバスケットから中身が溢れないか心配になる。


「あれだけ危険だと言ったのに、なぜ一人でこんなところに!」

「あ、ごめん、ちょっと様子をね」

「早く奥へ。ここで立ち話はしたくない」


 かなりのしかめっ面で私に詰め寄ったルルさんは、そのまま私の腕を掴んでグイグイと奥神殿へと引き返した。

 ルルさん、敬語が抜けるほど怒っている。腕もガッチリ掴まれていて、歩幅も私は小走りになるくらいだった。


 渡り廊下を渡りきって奥神殿へと入り扉を閉めると、大きく呼吸してからルルさんは私に向き合った。


「リオ、もし襲われたらどうなっていたかと考えなかったのですか? 一人で、しかも外に面している場所を通るなど危険極まりない」

「ごめん、でもジュシスカさんたちはここまで来れないし、ルルさんとアマンダさんがお昼近いのに戻ってこないから心配で」

「私は強い。あなたに心配されることなどありません」

 そこでルルさんは言葉を切って、溜息を吐いた。

 敬語に戻っているけれど、まだ怒っているのがわかる。そんなに怒られると思っていなかったので、なんとなく楽しかった気持ちが萎む。


「……いえ、すみません。今のは言い過ぎました」

「こっちこそすみませんでした」

「顔を上げてください。リオ、私はあなたを跳ね除けたかった訳ではありません。……あなたは自分の身がどれほど大事かわかっていない。私は己の身を守る腕がありますが、あなたにはそれがない。もし一人のときに危険が迫ったら、手遅れになることもあるのです」


 腕を掴んでいたルルさんの手が、私の頬を触った。表情を窺うように指で前髪を掻き分けてから、首の後ろに回ってそっと引き寄せられた。


 昨日アマンダさんが気軽に歩いていっていたので、私も軽く考えてしまったところがある。ルルさんはいつも警戒していたのに、ここ最近何事もなく過ごしていたから気が緩んでいたようだ。ルルさんはずっと私のことを心配しているのに。


「ルルさん、ごめんなさい。もうしません」

「どうぞそうしてください。あなたに何かあれば、私は平静ではいられません」


 ほうと溜息混じりにそう言ったルルさんからは、もう怒っている気配はなかった。むしろ気遣わしげに顔を覗き込んでくる。


「感情任せに詰め寄ってしまい申し訳ありませんでした。恐くありませんでしたか」

「全然。ルルさんが私を心配して怒ってるってわかったし、会社とかだともっと怒鳴られたりしてたから」

「……やはりあなたを元の世界に帰すべきではないようですね」


 ルルさんが複雑そうな面持ちで少しだけ微笑んだ。

 怒られるのは恐くはないけど、ルルさんに嫌われたのじゃないかとちょっと不安になった。もういつものルルさんに戻っているのでホッとする。


「それでリオ、どうかしたのですか」

「フコの実を持ってきたの。ルルさん、朝ごはんも食べずにアマンダさんについていったってフィデジアさんが言ってたから、お腹空いてるかなと思ってとりあえず」

「わざわざ私のために?」


 頷くと、ルルさんがちょっと眉尻を下げて微笑み、もう一度軽く私を抱き締めた。


「困りますね。そう言われると、許さざるを得ません」

「へへ」

「許したからと言って、もう二度と一人で来てはいけませんよ。でも、ありがとうございます。大事に取っておきます」

「いや、食べて。食べ物だからフコは」


 いくら日持ちのしやすいものだからといっても今は夏。うっかり腐らせることはないようにしてほしい。食中毒ダメ絶対。

 しっかり強調したのに、ルルさんはフコの実2つのうちの1つしか食べなかった。普段沢山食べるだけに、絶対足りないだろうに。マジで取っておくつもりか。


「リオも昼食はまだなのでしょう? でしたら、戻って一緒に食べましょう。アマンダ様に出てきて頂かないといけませんが」

「うん、ちょっと休憩した方がいいよね。ルルさんもアマンダさんも」


 ルルさんは騎士だからと苦には思っていないようだけれど、ずっと何もせずただ立ちっぱなしでいるのも楽ではないだろう。私が来たばかりの頃も大変だっただろうなあ。今更申し訳ない。

 アマンダさんも、そう根を詰めてばかりだとどこかで息切れしてしまうかもしれない。帰るためとはいえ頑張り過ぎて倒れたら本末転倒だ。一人で抱え込まず、というかカラオケルームを占領せず、一緒に頑張らせてほしい。


 白い石のドアをこんこんとノックする。

 このドア、異世界人にとってはかなり軽いものだけれど、分厚いしノックはさすがに聞こえないかもしれない。


「じゃあちょっと休憩してもらえるようお願いしてくるね」


 ルルさんに手を振ってからドアを開ける。


 中に入った瞬間、聞こえてきた歌声に私は圧倒された。






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