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混んでるとお一人様は並びにくい18

「帰らないでください」


 直球である。


 アマンダさんと一緒に奥神殿の祈りの間から出てすぐ、ルルさんはどんな話をしたのか聞きたがった。立ち話ですませるものでもないので昼食を食べながらでも、と私が言うと、中央神殿へ戻るなりルルさんがジュシスカさんたちに指示をして、テキパキとランチの用意を仕上げてしまった。

 5人分。アマンダさんとフィデジアさん、ルイドーくん、ピスクさんとジュシスカさん。以上。


 ルルさんと私の2人分はお盆に乗せられ、私の手を引いたルルさんによって別になってしまった。

 連れていかれた先が私の寝室、というかベッドが備え付けられた大きな部屋だった。尋問する気満々じゃないですか。

 結局、私が「せっかくだから外で食べよう」と提案して、私とルルさんは奥神殿の下で昼食をとることになった。


 草は少し伸びていたけれど、布を敷けば支障はない。前に立てたままだった木の棒に布で屋根を張るとピクニック気分である。

 そこで異世界風手巻き寿司風なものを食べ、ルルさんが急かし、私が神様に言われたことを説明した瞬間、ルルさんがズバリ直球を投げたのだった。


「いや……別に帰ると決めたわけじゃ」

「では今、帰らないと決めてください。私があなたを護ります。あなたを必ず幸せにします。どうか元の世界へ帰ることを諦めてください」

「いつにも増して押しが強い」


 ランチにつられて付いてきたヌーちゃんは、私が健康に気遣ってあげたサラダの葉っぱをゆっくり食べている。ニャニは水に入っていたけれど、仰向けで流されるでもなく、私たちのいる簡易テントの近くで目だけ出して漂っていた。獲物を狙うワニの体勢である。怖い。


「いや普通そこはさ……私の気持ちを尊重するとこじゃない?」

「リオはこの世界で暮らすことが嫌ではないでしょう? ならばずっと共に暮らしましょう」


 不意に前ジュシスカさんが言っていたことが思い浮かんだ。

 うん、確かにルルさんは自分の好きに生きているな。


「リオは元の世界に対して、帰りたいと思ってはいません」

「断言するねえ」

「そのことについての罪悪感と、思い出に変わったが故の懐かしさだけです。アマンダ様を見て、リオもそう感じたでしょう。彼女のように帰郷を求めてはいないと」


 神様の話を聞きに行く前にルルさんにぶっちゃけてしまっているので、私の心情はお見通しのようだ。ズバッと言われると、なんだか本当に私は情のない人間だな。


「リオ。どのように育ち、周りにどのような人がいたとしても、恩があるからという理由でそれを選んではいけません。誰かの優しさに報いることは重要なことですが、それを義務として捉えてはいけません。どこでどのように生きるかというのは、本人にしか決められないことです」


 青い目が真っ直ぐ私を見て、真摯な声がそう言った。

 ルルさんは強い。こうして真っ直ぐに自分の思うことを貫けるから、剣も強いのかもしれない。


「……ん? あの、どう生きるかは本人にしか決められないなら、ルルさんが私に残るよう決めさせるのもアウトなのでは……?」

「私はあなたの心を後押ししているだけです。もし私が本気でとどめようとすれば、リオの意思など関係なくそうすることもできますが、そうはしたくないので」

「エッ物騒」


 めっちゃしれっとした顔でルルさんが手巻き寿司風なものを食べる。

 物理的な対策を講じていなければ強要ではないというのは、かなり屁理屈だと思う。でもいやもうここまで堂々としていられるのほんと羨ましいな。

 私の手から落ちそうになった薄切り肉を、ヌーちゃんがすかさず引っ張って食べた。


 外は日差しが強いものの、涼しい風が吹いていて日陰は全然暑くない。アマンダさんの歌で降ったあの雨のおかげだろう。暑さを嫌うヌーちゃんも今日は膝の上で大人しくしている。まだほんの少し残っている雨粒が、風に揺れる草を輝かせていた。


 ルルさんの押しの強さがすごい。だけど、私にとってその方が楽だというのを知っていて、わざとそうしているのかもしれないとちょっと思った。

 その方が迷わずにすむから。


 たぶん、私は地球に帰らない。だけどそれは、地球に帰る方がここにいるより面倒なことが多いからという消極的な理由だ。帰るのが絶対に嫌だという気持ちからでもなく、この世界に残りたいという気持ちからでもない。

 もし帰ったとしてもなんとか生きてはいくだろうけれど、できたらこっちで暮らしたい。それくらいのぼんやりした気持ちしか持っていない。

 だからこそ、帰るか帰らないかという決断も、気持ちよく選べないのだろう。


 なんか思い返してみると私、自分の意志をぼやかして生きてた感じがする。親が進路を選んだ時も、特に進学したいってわけでもないし、親を説得するのも難しそうだからいいかくらいの気持ちだった。仕事でもそう。思えば高校でも、中学でも誰か気の強い子の意見に賛成していた気がする。


「うわっ……私の意志力、低すぎ……?」


 思わず古い広告を思い浮かべながら口に出してしまうほどボーッと生きてたな。元ネタを知らないルルさんが怪訝な顔をしている。


「リオ、そうやって自分を蔑むのはやめてください」

「いや、うん、でも実際そう思うというか……まあしょうがないよね。過去は変えられないし」


 ヌーちゃんにもう一枚サラダの葉っぱをあげると、水辺で大きな口が開く。怖いのでそれにも投げると、うまくキャッチしたニャニがシャクシャクと音を立てながら葉っぱを食べた。


「まあ、すぐに決めなきゃいけないわけでもないから。もうちょっと、納得がいく結論が出せるといいなーって思う」

「それは帰らないという前提で、心の整理を付けるという意味ですよね」

「ホントに押しが強い!」






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― 新着の感想 ―
[一言] 帰らないでくださいって言われてみたいものだ
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