混んでるとお一人様は並びにくい16
美しい雨はしばらくすると止み、その後に出た虹も風に流されて消えた。
「アマンダ様がお戻りになられましたね。こちらへいらっしゃるようです」
ルルさんにつられて奥神殿の方を見ていると、しばらくして足音が聞こえ、アマンダさんがやってきた。
目元と鼻は赤くなっていたけれど、その表情はどこか晴れ晴れしている。
神様とうまく話せたようだ。
良かった良かったと喜ぶ私に近付いたアマンダさんは、いきなり何かを早口でまくし立てる。
「エッまって全然わかんない。ぷ、プリーズ、スローリー」
私の反応を見て、アマンダさんもあっと言葉を止める。神様とは英語で話していたので、その勢いで話しちゃったのかもしれない。
必死のヒアリング態勢になった私を見てから、アマンダさんは手を掴む。そして奥神殿の方を指差した。ゴッドがなんとかと言っている。ぐいぐい引っ張ろうとするアマンダさんを、ルルさんが割って入って制した。
「アマンダ様、どうぞ落ち着いてください。リオ、彼女はなんと?」
「えーと、神様に会いに行こう……的な?」
上を指差してゴー? と聞くと、アマンダさんが頷いてイエスレッツゴーと返ってきた。
「神様がどっちの言葉も喋れるから、通訳してもらうのかも」
「彼女が何を伝えようとしているのかはわかりませんか?」
「うんごめん、現状だと全然伝わってない。表情を見ると悪いことではなさそうだけど」
ごめんねルルさん。来世も日本人なら英語学習頑張るよ。でも今は諦めて。
少しもわからないと言うと、ルルさんは難しい顔で頷いた。先に奥神殿へと早足で戻るアマンダさんの後ろをついていくように私の背中を少し押す。
階段を上りながら、ルルさんは真剣な顔で私に話しかけた。
「リオ、私はいつもと同じく扉の外で待っています」
「うん」
「もしアマンダ様の話がどのようなものだったとしても、それを私に伝えてください」
「わかった」
「何かあればすぐに出てきてください」
「話すだけだし大丈夫だよ。神様もいるし」
想定できる危険なことといえば、神様が居酒屋気分で酔っ払うとか、おやつを食べ過ぎてご飯が入らなくなるとかそんなレベルである。
それはいつも通りのことなのに、ルルさんの表情は晴れない。アマンダさんが何か悪い知らせを持っているように感じたのだろうか。
白い扉の前に立って、早く早くと私を待ちかねているアマンダさんの表情を見ても
、私にはそんな風には見えないけど。
「ルルさん、話が終わったらすぐ出てくるから。待っててね」
「ええ、リオ。必ず」
私の肩に触れたルルさんの手が、腕を下って手のひらをぎゅっと握ってから離れる。じっとこちらを見ているルルさんに手を振ってから、私とアマンダさんは部屋の中へと入った。
「いや、ヌーちゃん……」
まず目に入ったのは、テーブルの上で揺れる黒いふわふわなお尻だ。
ポテチの欠片をたくさん付けたそのお尻は、声を掛けると揺れてキッと鳴いた。ツンと小さくとんがった鼻にも、いっぱい粉やらカスやらが付いている。真っ黒なふわ毛も羽根ももはやポテチの欠片ですっかり汚れていた。
「アマンダさんにおかわりもらったの? いやこのサイズでかくない?」
私の上げた日本サイズのポテチの袋は、すっかり空になって転がっている。ヌーちゃんが今頭を突っ込んでいたのは、見たことのないパッケージのポテチ袋だった。サイズが大きく、私があげたやつの倍くらいある。にもかかわらずヌーちゃんはそれをすっかり平らげていて、砕けたチップスをペロペロと舐めとっているところだった。
どんだけ食べたんだい、ヌーちゃん。アマンダさんもめっちゃ驚いてるじゃないか。まさか全部食べると思わなかったって言ってるよ。それは通じたよ。
「ヌーちゃん、ポテチは主食にするもんじゃないから。野菜でもないから。うわベタベタ。ほら、もう空だから」
持ち上げるとまだ食べ足りないとばかりに小さい手足をジタバタさせていたヌーちゃんは、あったかいおしぼりで拭き始めると大人しくなった。アマンダさんが心配しているので、大丈夫だと強調しておく。神獣が訳せなくてミラクルアニマルって言ったけれど多分通じただろう。
ヌーちゃんはポテチの粉がふわ毛の奥まで入り込んでいるので、今日はお風呂確定である。しっかり洗いながら、ポテチの食べ過ぎによって悲劇に見舞われた人類がどれほどいるかを語り聞かせねば。カロリー半端ないぞ。
のんびりペロペロと口周りを舐めているヌーちゃんが大丈夫そうだと思ったのか、アマンダさんが私に話しかける。神様を呼ぼうと言っているようなので、頷いた。
アマンダさんが私のことリィオゥって発音するの、ちょっと好き。
「神様ー、ヌーちゃんがどう見てもポテチ食べ過ぎですけど本当に大丈夫なんですかー」
「ポテチはやめられんからのう……」
しみじみした声と共に、ポテチとビールを持った神様が出てきた。途端に目を輝かせるヌーちゃんをしっかり捕まえておく。
「ちょっと神様、ポテチしまってください。漬物とかにしてください」
「漬物か……きゅうりの気分じゃな」
ぽよんとお腹の出た神様も、ポテチの悲劇に見舞われている一人なのだろうか。神様がパッとポテチを消すと、ヌーちゃんがチィと抗議した。その鼻先を神様が指でつんとつつく。
「健康に問題はないじゃろうが、さすがにちょっと太るかもしれんの」
「やっぱり大きくなったの気のせいじゃなかった……」
「まあ、飽きてしばらくすれば元に戻るじゃろう。ほれきゅうりいるか?」
オレンジ色に漬かったきゅうりをヌーちゃんにスルーされ、神様は自分の口へと入れた。それからどっこいしょとソファに座ったので、私とアマンダさんもその向かいに腰掛ける。すぐに口を開いたアマンダさんが、神様に色々と話していた。
「アマンダちゃんがのう」
「ちゃん?」
「さっき話したことを伝えてないなら、ぜひ伝えてくれと言ってな」
「ちゃん付け? アマンダちゃん??」
余計なことが気になった私に落ち着けといった神様が、一旦咳払いをする。
そして柔和な目で私を見つめた。
「地球に帰る方法についてじゃ」




