8話 マルゼ丘陵遺跡攻略-1-
さぁ潜ろう
「右に2!正面に1!」
「後方に2!じゃあ全部で5だ!」
青い炎が踊る燭台が向こうまで続く幅の広い通路。そこで、俺たちは魔物に囲まれていた。
青く光る瞳、青い炎が灯る尾、しなやかな毛と皮を持つ犬のような体躯を持つ魔物。
「一匹でも結構厄介なんだけど!」
飛びかかろうとした2匹にシルヴィアが槍を薙ぎけん制、俺は背中あわせに低く構え2匹を目で威嚇する。昨日調べた資料の中に似た魔物があったが、少し容姿が違う。
「こいつら見たことあるのか?」
背中越しにシルヴィアに問う。
「あるわ。中層の探索に荷物持ちで連れて行ってもらったときに姉さんたちが何度か戦ってたの」
注意を逸らさずに続ける。
「弱点は尻尾よ。あの炎を切り飛ばすとなぜか絶命するわ」
言い切るのが早いか、俺の方の2匹が同時に飛びかかってくる。
たいまつを持った左手のバックラーで一匹目を受け流し、二匹目の牙をそのまま手甲で受け、下からショートソードで腹を貫いた。が、怯まない!一方シルヴィアの方の3匹も遅れて同時に飛びかかり、シルヴィアはそれを前方に転んでかわし、合計5匹すべてがこちらに突っ込んでくる。
「ナイス!」
俺はそう叫び、胸元の魔石を左手でつかむ。俺の全身から周囲に紫の稲妻が放たれ暴れるように走り、感電した魔物たちの動きを一瞬止めた。
「はぁぁぁぁぁ!―――」
シルヴィアがその瞬間を逃さず、目にもとまらぬ動きで5匹すべての尾を槍で斬り飛ばした。
しばらくふらふらとした足で魔物が身体を支えようとしていたが、斬り飛ばされ床に転がった炎が消えると同時に地面に崩れ、骨だけ残して5体すべての肉体が煙のように霧散した。
「ね」
周囲の状況を確認するように槍をゆっくり薙いで、柄を床につけ槍を立てる。
「ほんとだ。あきらかにこれは生き物じゃないよな」
「何とも言えないわね。一応骨はあるし、生き物の形はしてるのだけど」
青くぼんやりと照らされている回廊にたいまつの赤い炎が混じる。
「こいつら、何て名前なんだ?」
「うーん、まだ新種の部類らしくてちゃんとした名前は決まってないみたいなのよ。姉さんたちは簡単に青犬って言ってたけど」
資料にあった似た魔物は『鬼犬』と表記されていたが、尾に青い炎は灯っていなかった。毒のようなたぐいのものは持っておらず、純粋に身体能力だけで襲ってくるタイプの魔物で、先ほど噛みつかれた際の咬力も相当なものだった。
「そういえば、早速実戦だったけどそれの使い心地はどう?」
シルヴィアの言ったそれとは、服の中に装着した『保護装具』と呼ばれる指先から足先までを何本もの紐でつないだ魔道具だ。
「壁を吹き飛ばす時もびっくりしたけど、すごいなこれ。さっきもこれがなかったら腕が捻りきられてたかもしれない」
そういって肩を回したりしてみる。
「それならよかったわ。初めて使う人は逆に振り回されてしまうことが多いのだけど、やっぱり男の子は勘がいいわね」
保護装具に施されているのは瞬間筋肉保護―――恒常的にではなく一瞬だけ発動することで魔力消費を抑える強化魔法で、胸元の魔石が心臓や肺の動きを検知して発動する仕組みらしい。保護とは言うが、実際のところ筋肉の動きを補助する効果もあるらしく、普段の自分の倍以上の力が瞬間的に出せるようだ。シルヴィアも装着しており、先ほどの見事な槍さばきもこれによるもの。また、緊急の場合用に魔力を開放して周囲に雷撃を放つ機能もついている。
「なかなかギルド外の人には貸してくれないんだけど、ガチャコ姉が珍しくすんなり貸してくれたわ」
「ガチャコ姉?ってあの受付にいた人?」
ギルドの入り口から奥の方に見えた緑髪の丸眼鏡をかけた女性を思い出す。
「そうよ。本名はガリアンヌ・チャコールって言ってね。ギルド内ではガチャコって呼ばれてるの。ギルドの備品管理してる人なんだけど、使えるもの以外にも変なもの集めてるコレクターでね。いろんな取引するから結構すごい人脈持ってたりするわ。普段は明るい人だけど夜中に突然不思議な笑い声がしたりしてちょっと怖いの」
憧れる人も多いギルドらしいが、彼らがこの実態を聞けばどんな顔をするのだろう、と思った。
通ってきた道を振り返りながら、鞄から紙束を出す。
「ちょっとマッピングしとくか」
「―――そうね。そこそこもぐっちゃったし、一旦マーキングしながら戻りましょう。私が警戒するわ」
俺はショートソードを腰の鞘に戻し、軽石をポケットから取り出して地面に×印を書いた。
「よし、戻ろう」
探索からおよそ1時間半。まっすぐ戻れば20分とかからないだろう。それだけ、入口からここまでは分岐の多い入り組んだ通路だったのだ。幾度となく行き止まりと思われる小部屋にたどり着き、そのたびに戻ることを余儀なくされた。そんな右往左往を繰り返した中での先ほどの戦闘である。
分岐点には進行方向に矢印を書き、行き止まりだった方には×印を書いていく。そうこうすること30分ほど、入口の壁にたどり着いた。
「安全第一とはいっても、あんまり進んでないとげんなりするわね」
「仕方ない。初日からいきなり一気に進められるとも思ってないさ。さぁて、今度はマッピングだ」
軽石をポケットに戻したいまつをシルヴィアに持ってもらい、今度は紙と、先をとがらせた黒鉛の塊を包みから取り出す。とても面倒だが、これをしないと帰れないし、ギルド報告もできない。最前線に行く冒険者は簡易マッピングぐらいはしなければ、探索の証拠にならないため必須の作業だ。不毛とも思える往復だが、マッピングを進めることで現在位置と構造が少しずつ見えてくる。測量と違ってマッピングは描く人間の感覚でよく多少おかしな構造になったりするため、その都度修正していく。再び先ほどの戦闘エリアまでたどり着いた。
「よし、こんなもんかな。どう?」
シルヴィアに見せる。
「へぇ、なかなか正確じゃない。練習とかしたの?」
感心した様子だ。
「うちの冒険者に実際描いたマッピングの紙をよく見せてもらってたんだ。描き方も教えてもらった」
入口からの簡易マッピングだが、我ながらよくできていると思う。こうしてみると、行き止まりだった小部屋の向こうがどこの通路にぶつかっているのか等々、ずいぶんわかりやすくなる。
「今何時かしら」
思いついたようにシルヴィアが言う。胸ポケットから懐中時計を出してみると、時計の針は16時を過ぎている。
「魔物も見当たらないし、休憩しよう」
たいまつを床に置き、鞄に腰かける。
「そろそろたいまつも油が切れるな」
このたいまつは油に浸した布を金属の棒に巻き、それに火をつけている。弱めの火で節約しているが、遺跡に潜り始めてからおよそ5時間、何度も布を差し替えての使用で残りが少なくなってきた。
「この青い炎の燭台のおかげで真っ暗闇ではないのだけど、ずっとこの光のままだと気をやってしまいそうだわ」
今さらだが、あの隠し扉というか隠し通路からこちらへ入って来た時の、突然の景色の変わりように驚いた。保護装具を使って力任せに壁を蹴り破りしばらく進んで曲がると、そこからこの青い明かりの通路が続いていたのだ。それまで完全な暗闇であった遺跡の様子が一気に様変わりしたのである。
「さっきの青犬といい、ここは最前線とまではいかないけれどかなり危険な区域ね。あんまり深追いはしないほうがよさそうだけど、今日はどれぐらい探索しようかしら」
はいこれ、とシルヴィアが棒状のお菓子をくれる。
「さっきみたいな戦闘もあり得るし、20時を目途になるべく安全な場所を見つけてそこでキャンプにしようかと思う」
ここまでの構造を考えると、先ほどまであったような小部屋がこの先も出てくる可能性がある。そういった場所でキャンプすれば結界に使う魔石の使用数も温存できるだろう。
「賛成。それにしても、初めて本格的な探索に来た割にいろいろやってのけるのね。グッドラックも後進の育成に積極的なの?」
お菓子をかじりながらそんなことをいう。
「前から冒険者になるって決めてたから、自分で多少勉強してたのさ。でもやっぱり実戦になると知らないことだらけで面食らうよ」
随分甘いお菓子だ。なんというか、砂糖の塊をかじっているような。
「そういうとこだけじゃなくて、戦闘の連携のこともよ。強さも分からないような魔物の攻撃を保護装具だけで受けようなんてよっぽど度胸がないとやれないわ。一手に引き受けての放電もとっさにできるなんて。あれ私ただ避けただけよ」
怖いことを言われた。
「それを言うなら、放電で怯んだのを逃さなかったじゃないか」
口にお菓子をくわえながら、片手を顔の前でぶんぶんと横に振る。
「避けてすぐ構えるつもりだったから」
どうやら、すんなりやれたと思った連携は振り返ると大分危険な橋を渡っていたらしい。
「…お互いに気をつけましょ」
「そうだな…」
やたら甘いお菓子に少し胸やけしそうになりながら、ぼりぼりと食べ進めるのであった。
もうちょっと進めるつもりでしたが1話分としては長くなりそうなのでいったんここで区切ります。