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グリーンベッドジャンパーズ  作者: 裏側の飛鳥
第一章 緑の大地へ
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7話 地上準備-2-

スコットおじさんに餞別もらいました。

―――噴水広場―――


 向かいの管理小屋の扉の上に設置された時計を見る。おおよそ11時40分。

「遅いなぁ」

 集合時間は11時半。シルヴィアのことだ、時間厳守のタイプだと思って10分前には来たのだが、まさか自分が待ちぼうけになるとは。思わず口に出してしまう。

 遺跡情報統括院の地方支局は区役所街にあり、ここから歩いて20分ほど。乗合馬車を使うか判断が難しいが、現地で集合すると人が多すぎて待ち合わせがしづらいらしく少し離れたこの噴水広場で、ということになっていた。

 広場での朝の市は終わり、夕の市に向けて屋台の人たちは簡単に片づけを済ませ、昼食の準備をしている。気温はまだ低い方だが、はるか天空の大樹の葉からこぼれる春の陽がとても心地よい。しかし、噴水のへりに腰かけ足をぶらぶらさせているのは傍からみてあからさまな待ち人来たらずの光景で、なんとも気まずい。

 なんとなく振り返って、噴水の向こう、かなたにそびえる大樹を仰ぐ。あの根元にはルヴンヴァルト城とその城下町がある。らしい。まだ行ったことはないのでどんなところなのかは伝え聞く限りだが、とても美しい古都がそのまま残っているという。もし遺跡探索で最前線の功績を挙げたりできれば、用事が出来ていくこともあるかもしれない。

 そして、さらにその大樹の向こう。一年中陽の当らない極寒の地があるという。南側のこちらに比べ北側のその地は大樹に太陽の光を阻まれ、常に猛吹雪の中にあるらしい。かつての物好きな探検家たちが幾度となく挑んだが、多くは数日と持たず撤退を余儀なくされ、一部はそのまま戻ってこなかった。そのため、北側の断崖はおろか地形すら謎のままである。

 そういえば、ローゼンクォーツ在籍の冒険者の数人は最前線に挑んでいるとおやっさんが言っていた。地方のギルドでも実力があれば参加できるのかもしれない。掃討やマッピング、測量に比べ最前線は冒険者の花形。一部では英雄扱いもされるし、もちろん自分も強く憧れを抱くものだ。中でも『轟鉄拳のオルディス』と『凍王ケインズ』は自分と同世代の男子には大人気だ。まぁ、当たり前だが本人がどんな冒険者なのかは見たことはない。

 そんなことを考えて時計を見ようと顔を戻す。と―――

「…」

 女性が半目で腕を組んで目の前に立っていた。

「おまたせ」

 一瞬誰かわからなかったが、声でシルヴィアだと気付いた。なぜか機嫌が悪そうだ。

「あ、おはよ・・・じゃなかったこんにちは」

 わかりやすくいえば、結構なおめかしをしている。昨日会ったときの三つ編みはほどかれ腰までまっすぐ伸びており、春らしい淡い色合いのカーディガンにワンピース、帽子を被っている。紐の幅の広い布製の鞄を肩にかけていた。髪をかき上げる仕草から、ちらりと赤いピアスも見えた。

「本当にごめんなさい、こんな時間になるはずじゃなかったのよ」

 申し訳なさそうに、かつ少しいらいらした口調で謝るシルヴィア。

 はっとして、自分の格好に目をやる。お世辞にもしゃれた格好とは言えず、言ってしまえばこのまま遺跡探索に潜って行っても問題ないような雑な格好だった。人の多いところで女性と歩くのだから、こういうことには気を遣ったほうがよかったのかもしれない。

「いや、こちらこそごめん、変な格好で」

 先に謝っておく。

「あ、ううん、それはいいのよ、実は私も最初は適当な格好で出てくるつもりだったんだから」

 そう言って小さく両手を上げる。

「でかける直前で(あね)さんたちにつかまっちゃって。着せ替え人形で遊ばれてたのよ。時間に遅れるって言ってるのに『女は待たせて価値が出るのよ』なんて言って放してくれなかったんだから」

 お手上げの仕草をしながらシルヴィアがそう語る。男子禁制だったり伝統があったりとお堅いイメージのギルドだったが、今の話で随分と親近感がわいた。

「さ、待たせておいてなんだけど、行きましょう?予定より遅れちゃったから着くころには区役所街のカフェはほとんど満席でしょうけど」

 軽くウィンクをしてみせ、踵を返してシルヴィアはすたすたと歩き始める。慌てて立ち上がり、埃をはたいて追いかけた。


―――区役所街―――


 遺跡情報統括院…通称、『遺情院』…に限らず、この地域一帯を治める領主の事務的な機関はほとんどがこの街に集中している。これは他の地域も同じで、各種手続きなどで訪れる人々や事務官たちをターゲットにした飲食店などが立ち並び、大きな街を形成している。通り沿いには行商もあちらこちらでテントと声を張り商売に勤しんでいた。

「まぁ、しょうがないわよねぇ。いつものカフェに行きたかったんだけど、ほらあれ見て」

 人ごみの喧騒でなかなか聞き取りづらいが、シルヴィアが言いながら指さした方向を見る。そこには店の入り口で20人ほどが並んで待っており、見ている間にも一人二人と行列が伸びていく。

「すごいな、祝日でもないのにこんなに人がいるのか」

「お昼休みにかかるとこうなっちゃうのよ。あと20分早くつければ楽に席が取れたんだけど」

 二人して声を張り上げる。なにせ、人に押され流される中そこらで売り子の口上が乱れ飛んでいるのである。

 あの店はあきらめることにして目的の遺情院の方向へと人波に乗って移動する。

 このままだとはぐれてしまいそうだ。そう思って、とっさにシルヴィアの手をつかむ。

(あ、しまった)

 シルヴィアがびっくりしてこちらを見たが、すぐに笑ってこう言った。

「正解ね!」


「ふはぁぁぁぁぁぁ」

 比較的空いている路地に逃げ込み、大きくため息を吐く。空いているとはいえ、大通りほどではないが行商のテントがちらほらと並んでいる。

「あー、のどかわいちゃったわね」

 人の熱でのぼせそうだったほどで、シルヴィアは帽子を脱いでぱたぱたと顔を煽いでいた。

「あら、そこのお二人さん。のどが渇いてるなら冷たい水はどうだい?」

 斜め向こうのテントの方から話しかけられる。顔を向けると、テントの奥のカフェらしき入口からおばちゃんが顔をのぞかせていた。

「あらおばさま、そこではランチもいただけるかしら?」

 帽子を被り直し、姿勢を正しながらシルヴィアが返事する。

「あっはは、かわいいお嬢さんだね。お任せあれ、うちは安くておいしいって事務官の坊っちゃんたちもよく来てくれるとこだよ!」

 そういっておばちゃんが笑顔で手招きした。


「いつもはギルドのお使いで来たりしてただけだから大通りしか見てなかったんだけど、脇に入ったところもおしゃれなお店があるのね」

 観葉植物と置物がほどよく配置されたカウンターとテーブル3脚のやや小さい店舗だ。

「あら、褒めてくれるなんて嬉しいねぇ。今日は二人してデートかい?」

 にこにこしながらおばちゃんが水を出してくれる。

「あ、いえ、遺情院に用事があって」

 変な誤解になる前にきっぱりと訂正する。

「おや、若いのに冒険者なのかい。お嬢さんもかい?」

「え、ああ、えっと、はい、私も冒険者です」

 妙にしどろもどろに答えるシルヴィア。その顔を見たおばちゃんが何かに感づいたように眉を一瞬上げた。

「へぇー、かわいい顔して。遺情院に用事ってことは二人ともグリーンベッドジャンパーズなんだねぇ」

 冒険者の客も多いのだろう。遺情院と聞いただけでいろいろとピンとくるのかもしれない。いわゆる便利屋としてギルドに依頼を出す一般の人も多く、ギルドに所属しているすべての冒険者が遺跡探索に関わっているわけではないのだ。遺情院に行くのはランク付きの冒険者のみで、施設への入場も基本的に規制されている。

 その後、ホットサンドとスープのランチを食べて、なぜかサービスで果物のデザートまでもらってカフェを後にした。出るときに気付いたが、看板にカフェの名前が『デイムーン』と書いてあった。

(あね)さんたちにも教えてあげよっと」

 随分と上機嫌なシルヴィアの横顔を見ながら、遺情院へと向かった。


―――遺跡情報統括院・ドーニゲッツ支局―――


「すげぇ、美術館みたいだ」

 警備にバッジを見せて館内に入ると、思わずそんな言葉が出ていた。

 入って右手のカウンターでは忙しそうに事務官が手続きをこなしているが、その他は話し声はするものの外の喧騒に比べれば天と地の差ほどの静けさである。かつての遺構を再利用しての施設とは聞いていたが、精密な石造りの壁や床、天井は鏡のようにピカピカで、その荘厳さで襟を正してしまうような気品を感じる。

 高い天井からは照明とは別に、かなり複雑に小さい木のブロックが繋げられたオブジェのようなものがいくつも吊り下げられている。

「あれを見に来たのよ」

 一番奥の比較的小さなオブジェをシルヴィアが指さした。

「これってなんなんだ?」

 オブジェたちを指さして聞く。

「ドーニゲッツ領に点在する遺跡の立体模型よ。私たちが見に来たのは昨日の試験場の立体模型」

「なるほど」

「立体模型が一番有名なんだけど…ってことはあんまりここのこと知らないのね。簡単に説明するわ」

 ふふん、と得意げな顔で説明してくれた。

 なんでも、ランク付きになることで遺跡探索への自由参加が認められるが、同時に遺情院での共有情報の閲覧も認められるようになる。これは遺跡探索での冒険者の事故を減らすと同時に、効率的に成果を挙げられるようにするための国からの配慮で、治めている領主の義務となっているらしい。また、逆にランク付きにならないと閲覧許可が出ない理由は犯罪者集団への情報漏えいを最小限に抑え、盗掘や潜伏、及び冒険者たちへのトラブルを防ぐためだそうだ。

 説明を受けながら試験場の遺跡…見てみると『マルゼ丘陵遺跡』とちゃんと名前が付いていた…の立体模型の下のカウンターまで移動してきたが、ここだけ列もなく受け付けもいなかった。

「行き止まりの判断が出された遺跡だものね。誰も情報なんて欲しがらないわ」

「それもそうか」

 今から挑もうという遺跡がだれも見向きもしないというのは少し寂しい気がした。

「でも、おかげで並ばずに済んだわ。そこの呼び鈴鳴らしてちょうだい」

 カウンターの上に置かれた小さいベルを持って振ると、音に気付いた事務官が奥から出てきた。

「こんにちは。珍しいですねぇ、マルゼ遺跡の資料がご入り用ですか~?」

 他のカウンターの事務官が厳しい顔で職務にあたっているのをみて多少緊張していたのだが、対応に来てくれたのはぎりぎりカウンターから顔が出る程度の背の低い優しい物腰の女性の事務官だった。頷いて返事をする。

「もしかしてー、遺情院のご利用は初めてですか~?」

「あ、はいそうです」

 恐らく一般の冒険者たちと比べてテンポが悪かったのだろう。首をかしげながら確認された。

「では閲覧できる資料についてご説明しますね~。遺情院では冒険者の皆様から寄せられた情報をまとめて編纂し、資料として保管しており、館内での自由閲覧ができるようになっていまーす。資料の原本は館外への持ち出しを禁止していますがー、有料で資料の一部を転写したものをお渡しすることができます~。資料には『棲息魔物』、『俯瞰地図』、『採取可能鉱石』などいくつか分類がありますのでーこちらから選んでいただきます~」

 そう言って資料の分類一覧が書かれた板を見せた。

「じゃあ、この『棲息魔物』と『俯瞰地図』の二つを見せてもらえるかな」

 項目を指さしながら注文する。

「かしこまりました~。では、あちらのテーブルでおかけになってお待ちください~」

 てててて、と奥の方に消えていくのを見届けて、案内されたテーブルに向かった。


「俺が倒れてたのはここか」

 運ばれてきた分厚く大きな本を開きながら、記憶を頼りに精密に描かれた俯瞰地図を眺める。

「そうね、ちなみに私が待ってたのはここよ」

 シルヴィアが横から手を伸ばし、入口からルートを確認するように指でなぞっていく。

「うわ、なんだー隣の隣にいたのかよー。ここでこっちに行ってたら試験終わってたじゃん」

「でも、ここで試験終わってたらここの扉に気付かなかったわよ?」

「ああ、そっか」

 そして、ここに二人でいることもなかった。

「棲息魔物の方は?」

「んーとね、それなんだけど…」

 二人で資料を読み解き、実体験と比べていく。

 ―――数時間ほど続け閉館の案内が館内に響くころには、ある程度情報の整理整頓ができ、頭の中で形が収まっていた。

「この場所とこの部分の転写をもらっておこう」

「過去に掃討された魔物の中にいくつか危ないのがいるわね。一覧を転写でもらっておきましょう」

「はい~料金はこちらになります~」

 こうして、遺情院での情報収集は終わった。

 ちなみに転写料金は結構な額で、スコットに借りたお金がなかったらまったく足りていなかった。


「お疲れ様」

 日も落ちて閑散とし始めた大通りを並んで歩く。

「初の遺情院はどうだった?」

 シルヴィアの質問に肩に担いだ転写の束を揺らして見せる。

「なんていうか、今まで冒険者って最前線の人たちのことばっかり考えてたけど、これだけしっかりした情報を作ってる冒険者たちがいるんだっていうのをちょっと実感したよ。すごい仕事してるんだなって」

 そういうと、シルヴィアが笑った。

「そうね。先輩たちが作ってくれた土台があって、私たちがそれを今から使って、今度は私たちが作った土台を後輩に引き継いでいく。私はちょっと早く踏み出したけど、明日はフレッドの第一歩。初陣なんだから、気合い入れて万全にいきましょ!」

「おう!」

 シルヴィアが拳を空に突き上げたので、それにならって自分も真似をする。

 未開の遺跡に挑む。まさかこんなに早くその日がめぐってくるとは夢にも思っていなかった。

「あ、そうそう、明日は私のギルドに集合でいいかしら。装備品が多いのよ」

「了解」

 期待と不安が入り混じる高揚感に浮足立ちながら、暗くなっていく空を追いかけるように家路についた。

気が付いたらただのデート回書いてました。

次回から遺跡に潜ります。

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