5話 最低ランク付与試験-3-
炎の揺らめきが意味するものとは。
二人揃って揺らめく炎の傾く反対側に視線を向け凝視する。が、焚火の魔法では十分に空間を照らせるわけではなく、オレンジ色の光が苔むした壁を優しく撫でているだけである。
おもむろにシルヴィアがハンドブックを取り出し、1ページ目を開いた。
「これは開けば魔法名だけで使えるのよ」
そう言って、ハンドブックを壁に向かって掲げる。
「『灯光』」
唱えると同時、ハンドブックの魔法陣の中心からまばゆい光が発せられる。
「うわっ!まぶしっ!」
「あ、ごめん、あんまり直接光を見ないで」
あまりの光の強さに一瞬めまいを起こしたが、頭を振って気を取り直す。空間が一気に照らされ、想像以上の広さと、隅っこに棒で吊るしてあるウェアラットが見えた。あそこで血抜きしていたらしい。
「…これって」
「調査済みのはずよね、この遺跡」
見方を誤れば、ただの壁だ。しかし疑問を持って見てみれば、周囲との違いに気付く。石造りの隙間に強力な光が当たり、ほとんどの壁は目地になにかしら土などの光を反射するものが映る。しかし、壁の一部分、ちょうど背の高い人間が横に二人分ほどの広さの壁の目地は、真っ暗なままだ。
「まさか隠し扉か?」
「恐らく。でも、この石壁をどうにかしないといけないわね」
それからしばらく、いくつかの石を叩いたり引っ張ってみたりするが、特に反応はない。魔法による施錠かといくつか試験魔法を仕掛けてみるが、反応はむしろ魔法そのものを完全に弾かれる形となった。強力な抗魔術がかかっているらしい。
「間違いないわ。この先に道がある」
「根拠は?」
「魔法が弾かれたからよ」
ちょっとみてて、とシルヴィアが魔石の一つを取り出す。
「この壁に魔法を使うと…」
キィン、という音とともに魔石が紫色に光り、そのまま無造作に壁に投げつける。空中に放たれたと同時、魔石は紫の色を大きく広げ光の玉となって壁に突進した。そして、光の玉が壁に触れた瞬間、光は一瞬で霧散し、魔石が壁にぶつかって跳ね返ってくる。
「他の壁は…」
同じように、今度は別の壁に放り投げる。すると、爆発音とともに石壁の一部が砕けた。
「こういうことよ。ここの壁は厳重に守られてるわ」
「なるほど」
遺跡探索の話は冒険者たちからよく聞いている。よく話題に上がるのは強力な魔物との戦闘や遺跡内のトラップだが、時折隠し扉のことも聞く。さまざまな紋様が描かれている手順タイプや、特殊な鍵が必要で拓本から鍵を作らなくてはならないもの。その他多種多様であり、その中には―――
「すぅ…―――」
大きく息を吸って構える。シルヴィアが不思議そうな顔でこちらを見た。
「―――はあああああああああああああああああ」
掛け声一閃。ショートソードを体に寄せ、体当たりの要領で突く。
ガンッ、と頭と右肩を打ち、尻もちをついた。
「いってててて―――」
「ちょ、なにやってるのよ」
目を丸くして呆れているシルヴィア。肩をすくめてため息をつき、ゆっくりこちらに寄ってくる。
「言っとくけど、怪我は応急処置しただけでちゃんと治ってはいないんだからね。無茶しないでちょうだい」
「ああ、ごめん。でも―――」
フレッドの言葉に首をかしげるシルヴィア。
「読みは当たってるかもしれないぜ」
そう言って体当たりした壁を見る。
ショートソードが当たった壁の石が、ひとつ抜けている。
「うそでしょ、こんなので」
再びシルヴィアが目を丸くする。
「グッドラックの冒険者たちに聞いたんだ。隠し扉はだいたいめんどくさい仕組みになってることが多いんだけど、たまに力技でこじ開けるタイプのがあるって」
フレッドが得意げに手の甲で鼻の下を拭った。
「盲点ね…手前までの特殊扉で散々魔法障壁とか拓本とか解錠手段で奔走させておいてのこの配置、設置したのはよほど意地の悪い古代人ね」
シルヴィアが両手を腰に当て鼻息をもらすと同時、ひとつ抜けた石が、壁の向こうから戻ってきて塞がった。
「うえ、まじかよ」
「予想はできてたわ。おそらく形が崩れると一定時間で元に戻るよう形状記憶の魔法がかかってるのよ。そうでなきゃ、この壁がこじ開けられないままずっとここまでってことはないでしょう」
うーむ、とフレッドが唸る。
「とりあえず、今日は帰りましょう」
「えっ」
シルヴィアからの意外な言葉に驚く。
「大発見かもしれないのにか?」
「大発見かもしれないからよ」
ハンドブックをパタンと閉じると、周囲の明るさは一気に消え、再びぼんやりとした焚火の明かりに包まれる。シルヴィアが左手の人差し指を立ててフレッドの鼻の前に突きつける。
「『冒険者たるもの、危険な冒険をさらに危険にするべからず。準備は怠るな。食糧が尽きたら引き返せ。念には念を入れて万全の態勢で臨め!』」
決まり文句のようにフレッドの目を見つめて言う。
(か、かわいい…)
「第一、あなたまだ試験も終わってないのよ。ランク付きでもないのに勝手に遺跡探索したらつかまっちゃうわ」
それもそうだった。おつかいのような試験すらちゃんとこなさずに探索してしまったら違反でランク試験取り下げになりかねない。
「いったん帰って、明日は準備して、明後日改めて探索に来ましょう」
「そうだな、それがいいかもしれない…って」
フレッドが言いかけて、目を丸くする。
「えっ?」
「えっ?」
さも当たり前そうな顔をするシルヴィア。
「一緒に潜るのか?同じギルドの人とじゃなくて?」
基本的にギルド間での冒険者はそういった依頼がない限り一緒にパーティを組むことはない。
「別に禁止されてるわけじゃないわ」
その通り、禁止されてるいるわけではない。
「手柄を横取りして後味が悪くなりたくないだけよ。たまたまとはいえ一緒に見つけたんだから、公平に山分けしましょ」
そっぽを向きながら人差し指でほほをかく。
(か、かわいい…じゃなくて)
頭を振って気を取り直す。
「わかった。今日のところはとりあえず帰って準備しよう。帰りながら計画を練るか」
「そうしましょう」
そうして、途中だった帰り支度を再開する。
「あ、忘れるところだったわ」
暗がりに歩いていくシルヴィア。
「これ、買い取るわ。お代は明後日渡すわね」
ウェアラットの肉の塊を先端に吊るした棒を肩に担いで出てきた。
「さ、帰りましょう」
そういって、ウィンクしてみせた。
短いけど試験編がここまでで一旦地上に出ます。