13話 おりる君一号
「着いたぞえ」
「お、お……」
額から落ちた汗がぽたぽたと地面にいくつもの染みを作る。
「重かったぁぁぁぁぁぁああああ…………!!!!」
出発前に急に渡された大量の魔石が入った袋を地面に下ろした。
「ご苦労じゃったの」
「保護装具に使った石だけでもとんでもなかったわよ……」
「うむ、なかなか、これは……」
シルヴィアとブランジェさんも半ば放り投げるように袋を下ろす。
「正直それで足りるかわからんのでな。なんせ落ちるだけでも相当時間のかかる縦穴じゃ。その壁にいちいち穴を開けて降りて行こうというのじゃ、いくらなんでもわらわの魔力だけでは間に合わぬ」
灯光を発動したままの小さな杖を帽子のリボンに差し込んでしゃがみ、ごそごそと鞄の中から棒と針金で作ったような道具を取り出す。
「なんですかそれ」
「昨日帰ってから急拵えで作った魔道具じゃ。まぁ仕組みはごく単純なものじゃが、一回使うごとに魔石一つ使うほどの魔力を消耗するでの。」
「一回使うごとに一つ……?」
消費量がとてつもない。
「うむ。いずれ掃討作戦の実行に移ったとしても、そもそも降りられなければそこで足止めを食らうじゃろう?ならばもののついでじゃ、塔の最上階までとはいえ、しっかり階段を作ってしまおうと思っての」
両手を腰に当ててふんぞり返った。
「まぁ、聞くより見るのが早いじゃろう。ほれほれ、ついて来るがよい。魔石も持って来るのじゃぞ」
手招きしながら先を歩いていく。
底の見えない縦穴の淵。静かに湧き上がる霧が灯光に照らされている様は、得体の知れない生き物がこちらの様子を伺っているような心地にさせた。
「ふむ、この辺から始めるとしようかの」
魔道具の手元に魔石をはめこむと、それを床に押し当てる。
「ほれポチッとな」
取手のスイッチを親指で押した。
すると、破裂音と共に色とりどりの稲妻がジョカさんを中心に長方形を成すよう走り、続いて床が切り離され、石の塊となって縦穴の方に滑り出す。
「あ」
「あ」
「あ」
ジョカさんはそのまま音もなく、人の背を超える大きさの石の塊と一緒に縦穴の底へと吸い込まれて湧き上がる霧の中へと消えて行ってしまった。
「……」
呆然と立ち尽くす三人。
「どうする?」
「どうしようかしら。帰る?」
「まぁジョカ殿ならば一人でも大丈夫だろう」
と各々呟いたところで、眩い光と共に地の底から霧を突き破って天井に直撃する物体が。
「ふむ、危なかったのう。初回は真下に向かって使うから一緒に落ちてしまうのじゃな。失念しておったわ」
パラパラと破片をばら撒きながらこちらに着地。
「ところでわらわを置いて帰ろうとしたな?薄情なやつらじゃ!」
「さすがジョカ耳」
「これ誤魔化すでないわ!」
「ははは、これは失礼」
舌をペロリと出すブランジェさん。
「まったく。さて、初手は失敗したが、次からは大丈夫じゃ。切り出した部分に降りて横に向けて使えば当初の想定通りの結果になるはずじゃの。この魔道具……仮に『おりる君一号』としようかの」
「おりる君一号」
「おりる君一号」
「おりる君一号」
思わず全員が復唱する。
「おりる君一号は当てた点を基準に、瞬間的な空間切断と、切断された物体を切り離すため一定方向に推進力を付与する代物じゃ。このような縦穴で、切り離した部分を無責任に放り捨てられる条件がないと使い所の難しいものじゃが、条件さえ合致すればこの通りじゃ」
そう言って降りると、早速壁に使ってみせる。
今度はジョカさんの足元より低い位置までの縦長の石の塊が切り離され、縦穴に落ちていった。
「おおー」
「これを繰り返して降りていくのじゃ。あまり下の方に当ててしまうと降りるのが大変になるでの、フレッドの胸の高さぐらいに当てながら掘削していくのがよかろう」
「誰でも使えるの?」
「もちろん。そのために魔石を大量に持ってきたんじゃ。ここからは袋持ちを交代しながら行こうぞ。わらわの魔力も回復し次第、節約のために使っていくのじゃ」
「なるほど、了解した。では、先鋒は私が」
「あ、ずるい!私が最初にやりたかったのに!」
「ふふふ、こういうのは言ったもの勝ちというものだぞ」
「ぶーぶー!」
「これ、さっさと始めぬか。日が暮れるぞい」
というわけで、おりる君一号を使う人、後ろから魔石を渡す役、袋持ちと休憩ついでに昼食を取る役を分けてローテーションを組む。ジョカさんは一番後ろで魔力の急速回復のために飲んで寝て食ってを繰り返すことになった。
「角はどうするのかしら」
「角に着いたらわらわが対処するゆえ声をかけるがよい」
「はーい」
黙々と掘削を進めるブランジェさんに魔石を渡していると、不意にこちらを振り返って見つめてくる。
「フレッド殿」
「どうかしました?」
「なんと言えば伝わるかわからないのだが……」
段々と目をキラキラさせながらも、切なそうに声を搾り出した。
「なんだか楽しいぞ、これは……!」
それは何よりです。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
掘り進めること数時間。
「あ、見えたかも!」
袋持ちのシルヴィアが灯光の出力を上げて照らすと、小さく微かに崩れた塔の頂上が見えていた。
「もう少しじゃな。この調子ならば角をあと七回も折り返せば縄梯子の届く距離までいけるじゃろう」
おりる君一号は途中で若干の改良を加え、使用時の淵からの距離と足元からの一定の高さを保つためにシルヴィアの槍に禮鞘と一緒にくくりつけてより効率的に運用されるようになっていた。
「確か瓦礫が散乱しておったな。再構築して塔側から登れるよう階段に仕立てるのも選択肢かの」
下を覗き込む。
「魔石は足りそうかの」
「余裕はありそうよ」
「ならば先にわらわは降りて階段作りじゃな。ブランジェ、何もないとは思うがここは頼んだぞえ」
「任された」
「ではの」
こともなげにひょいと飛び降りるジョカさん。見えなくなったかと思うと魔力の光が一瞬灯り、すぐに消えていった。
「では続けるとしようか」
再びおりる君一号を壁に当てようとした時、眼下から激しい光が巻き起こる。
「む」
「ジョカ姉、何かあったんじゃ」
光に遅れて幾重にも連なる爆発音。
「間に合うかわからないが急ごう!」
「わかったわ!」
止まない光と爆発音を横目に、俺たちは掘削を急ぐのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『ジョカ殿!大丈夫か?』
先に飛び降りて行ったブランジェさんの声が響く。
『なんじゃあの気色の悪い蟲たちは!大きさも大概じゃ!あと臭いもひどくて鼻が曲がりそうじゃ!階段作りどころではないわい!』
続けてジョカさんの声。どうやら無事そうだ。
「とりあえず俺たちは縄梯子で降りようか」
「じゃ、おりる君一号はここでお役御免ね」
組み付けていた槍と禮鞘を外す。
「固定用の穴は……」
「俺が開けるよ」
禮鞘で斜め上と下から魔導剣で壁に穴を空けて繋ぎ、これを二箇所用意。頑丈さを確認して縄梯子の端をくくりつけて固定する。
「先にシルヴィアから降りて。万が一に備えて握っとくから」
「助かるわ」
縄梯子を投げ下ろすと、わずかながら先端が屋根に届いた。
「それじゃ、お先に」
降りられるとはいえ、それでもかなりの高さだ。ぞくぞくと背筋を這うようなこちらの緊張感をよそに、斜面になっている屋根に到達後、豪快に槍を突き立てるシルヴィア。
『いいわよ〜』
合図に手を振って返す。
再度固定の確認。
壁の硬度よし。
結び目よし。
ほつれよし。
いざ。
「こぇぇぇぇぇ……」
プルプルと震える足をかけて、おっかなびっくり一段ずつ降りていく。
いっそ保護装具に頼って飛び降りた方が気が楽のような気もしたが、屋根が斜面である点とブランジェさんみたいな立体機動術を履修していない点で非常に危険だ。
「フレッドー?大丈夫ー?高い所苦手だったかしらー?」
下からシルヴィアの声。縄梯子が揺れにくくなるように引っ張ってくれていた。
「大丈夫、すぐ降りるよ」
「気を付けてねー」
安定した縄梯子をするすると降りていく。
「フレッド、手を」
届く距離になって、シルヴィアが手を差し出していた。
「よ、っと」
手をつなぎ、最後の団は飛ばして屋根に着地。
「ありがとう」
「どういたしまして」
シルヴィアの笑顔を少し見つめてから、屋根伝いに崩れた部分へと急いだ。
瓦礫の山を伝ってフロアに降り立つ。
そこは焦げた臭いと腐臭の立ち込める異様な状況であった。
「うぇっ……」
「やっと来おったか」
振り返ったジョカさんは鼻をつまんで渋い顔をしている。
「おそらくお主らが戦ったとかいう蛇女の破片が腐敗して異臭を放ち、それに蟲が集まってきておったのじゃろうな」
鼻声で簡易に分析。
「ええいブランジェ!気絶するぐらいなら一度外に出るのじゃ!」
「はっ!?」
意識を取り戻したブランジェさんが残像を残して瓦礫の山の頂上まで一足で跳躍した。
「しかし、このままでは調査どころではない。現状維持よりもやる気を維持せねば」
帽子のリボンから杖を引き抜き、中空にぐるぐると魔法陣を描く。
「誘導換気でよいな。シルヴィ、魔石を一つよこすのじゃ」
「あーい」
口呼吸に専念しているのかシルヴィアもまた鼻声だ。
ポケットから一つ取り出して放り投げると、ジョカさんが杖で魔法陣の中央に誘導して空中に固定させる。
「そいっと」
発動すると、描かれた魔法陣が高速で回転し複数に分裂、崩れた屋根の部分から外に向かって中の空気を流し始めた。
待つこと数秒、新鮮とはいかないまでも呼吸に支障のない空気に入れ替わり、いつの間にか張っていたらしい肩の力をため息とともに抜くことができた。
「どうじゃブランジェ?我慢できそうかの?」
『今そちらに戻ろう』
再び一足で舞い戻り、大きく深呼吸。
「ふむ、大丈夫そうだ。感謝するぞジョカ殿」
肩をすくめて返事。
「ならば、手分けするとしようかの。わらわも調査に時間を割きたいのじゃが、帰れねば何の意味もないのでの。先にこのフロアから掘削の最終地点まで螺旋階段を形成して接続することにしようぞ」
「では私は調査と並行して蟲とやらの残りを撃退して回ろう」
拳を握って胸を張るブランジェさん。
「外殻がかなり固い蟲が結構いたので気を付けてください」
「うむ、了解したぞ」
腰に手を当てて回し、背伸びをし始める。
「光を嫌がるから、私たちは灯光を強めにして調査するわ」
「魔物と違って生態系が存在する相手じゃ。張り切って討伐したところで焼け石に水かもしれぬぞ」
ジョカさんが釘をさすと、目に見えてしょんぼり肩を落とした。
「いたずらに刺激するだけかもしれない、か」
「じゃから焼け石ごと追い出せばよいのじゃ」
「そうか!調査を放り出して目に映る全ての蟲を始末してしまえばよいのだな!」
脳筋かな?
「さぁ、各々取り掛かるぞい」
「はーい」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
特に目立った成果もなく、時折ブランジェさんの笑い声が遠くから聞こえるだけで時間が過ぎていく。
「そういえば、このフロアの中心の高いところに大きな球体が浮かんでなかったっけ?」
「あ、そうそう!あそこの大きな、角の生えた女性の像が対になってて、両手で捧げ持ってるみたいな感じの。なくなってるわね」
反対側を振り返ると、こちらの女性の像は半壊しており、腰より上の部分がところどころ砕けて無惨に床に転がっていた。
「壊れた?にしても破片とか散らばってないし」
「変ね、あんなに大きかったのに何も残ってないなんて」
首をかしげつつ、瓦礫をどけたり調査を続けていると、シルヴィアが急に叫んだ。
「ジョカ姉!なんか見つけた!」
「なんじゃなんじゃなんじゃ!」
円柱を作る手を止め、シルヴィアのもとにぽてぽてと駆け寄っていくジョカさん。
「魔力の痕跡じゃな。ふむ、引きずるような跡じゃが……この瓦礫の下かの」
気になって自分も駆け寄って覗き込む。
「青い光……?」
かなり弱々しい光が瓦礫の下でゆらゆらと蝋燭の火のように揺らめいていた。
「どける?」
「いや、よい。このままこちらに吸い出して捕獲するかの」
鞄から少し厚めの羊皮紙の束を取り出し、折ったり切ったりしながら簡易の紙箱を作る。
「ほ~れこっちじゃ~」
蓋を片手に、箱を地面に置いて誘導するような仕種をすると、青い光が箱の中に吸い込まれていった。
「これでよしと」
蓋を被せ、紐で縛って封印を施す。
「得体は知れぬがこれで簡単には消滅せんはずじゃ。詳しい調査は地上に連れ帰ってじゃな」
「危なくないの?」
「んー、勘じゃが多分大丈夫じゃろ」
鞄にしまうと、膝の埃をはたいて立ち上がり周囲を見渡した。
「しかし、グリッチの痕跡は見つからなかったのう。ナナビの結晶ぐらいは見つかると思ったのじゃが」
「見つからないの?」
「ナナビの結晶はわらわの目で見れば、埋もれていたところで立ちどころに見つかるんじゃがの。完全に砕けてしまったか、消滅したのかもしれぬ」
「残念ね……」
結局のところ、今回の再調査最大の目的と言えたグリッチさんの痕跡はきれいさっぱり見つからず、撤退の限界時間を迎えたのだった。




